思わぬ客
かつては、族の溜まり場か、あるいはどこぞのクラブみたいな様相を呈していたハーレーのブリッジであるが……。
エリナ主導の下に掃除や模様替えをされた結果、現在ではかなり宇宙戦艦のブリッジらしさを取り戻していた。
それでも、クルー個々人の席はステッカーやらスプレーによる自己流のサインやらで彩られているが、そこら辺はクオリティ・オブ・ライフを高めるための工夫でもあるので、とやかく言うつもりはなかった。
かつての宇宙海賊旗艦……。
現在は、秩序維持機構IDOLの旗艦となっているブリッジで、俺は勢いよくキャプテンシートへと腰かける。
すでに、総員配置についており……。
後は、俺が命令を発するだけだ。
「全クルー、発進準備フェーズを開始。
システムチェックに移ってください」
「アイ、アイ、マム。
通信リンク、全モードクリア。
管制室との接続、安定しています」
「プラネット・リアクター臨界。
エネルギールート正常。
プラズマ・ジェット、スタンバイ状態」
「全火器セーフティーモード維持」
「重力場の影響を考慮した脱出経路確定」
「環境モニター正常。
艦内の酸素、気圧、温度、すべて基準内」
「重力コントロール正常。
艦内Gは1で設定」
ブリッジクルーたちの報告を受けた俺は、艦長席の周囲に浮かべたホログラムウィンドウにも目を走らせる。
報告通り、問題のある項目は存在しない。
「メインブリッジ、発進準備を完了。
各セクションは、最終チェックの報告を」
『居住区画、問題なし』
『貨物区画、積み荷の固定確認』
『整備ドック、問題なし』
俺の下に、各セクションの責任者から次々と報告が舞い込む。
それに軽くうなずき、俺はいよいよ発進の号令を行った。
「よろしい。
IDOL旗艦ハーレー、発進せよ。
ティーガーは、これに追従すること」
「アイ、アイ、マム。
プラズマジェット、起動」
「面舵一杯。
海面移動を開始します」
操舵手の操るハンドルに導かれ……。
ハーレーが、帝都オリビエの海面を滑るように移動し始める。
モニターを見れば、唯一の随伴艦であるスタジアムシップ――ティーガーも、同じように移動を開始していた。
港湾部に与える影響を最小限のものとするため、この宇宙港からの離発着は、数キロメートル隔てた海上で行うルールとなっているのだ。
「ふぅ……。
やはり、離発着というのは、何度繰り返しても緊張しますね」
一通りの指示を終えた俺は、シートに体重を預けながら大きく息を吐いた。
まだ、仰角を上げて飛び立つシーケンスが残されているが、束の間息を抜ける時間である。
「お嬢様、ご立派です。
ところで……」
そんな俺の隣で、メイド服姿のエリナが労いの言葉をかけてくれた。
最近はアイドル業のマネージャーをやる機会が多い彼女であるが、本業はあくまでも俺お付きのメイドである。
幼い頃から着てきたロマーノフ大公家伝来のメイド服は、肌の一部であるかのごとく様になっていた。
「……どうしてあたし、ここに座っているのでしょうか?」
……今は、俺の隣にあるサブシートへ座っているけど。
これは、単なる副艦長席ではない。
いざ俺が出撃した際には、代行として全艦の指揮を預かる者の席なのである。
「何度目かの質問には、いつもと同じ言葉で返しましょう。
――受け入れなさい。
わたしが出撃して不在の際、安心して艦を任せられるのはエリナを置いて他にいません」
「他に適任者、いくらでもいそうな気がするんですが……。
そもそも、あたしはただのメイドですし」
「IDOLにおいて、一番偉いのはわたしで、その次に偉いのがエリナというのは、すでに末端まで浸透しています。
で、あるからには、他の適任者などいようはずもありません。
これは、経験や能力、スキルの話ではなく、納得の問題です。
大勢の人間が乗り込み、一個の生き物として動くためには、全員が信頼し納得できる人間を頭に据え置く必要があるのです」
不満げなエリナへ、スラスラと持論を述べた。
まあ、こんなのは表層的な理由でしかない。
彼女を代理艦長に任命する最大の理由は……。
「何より、わたしが安心して出撃するには、最も信頼する人間に艦を預けなければなりません。
わたしのメイドとして、主が帰る場所を守ってください」
「もう……ずるいです」
ぷくりと片頬を膨らませるエリナだが、それ以上の文句はないようだった。
「ふふ、仲がよろしいですね」
そんな俺たちの様子を見て、ゲスト用のシートに座ったアレルがほほ笑みかけてくる。
オーダーメイドのスーツをびしりと着こなし、優雅に腰かける彼の姿は、まさに貴公子という言葉がふさわしかった。
……今は参考人として、あらゆる通信機器を剥奪された上で乗船している身分だけど。
ついでに、ミストルティンと彼が皇星ビルクまで乗ってきたラノーグ公爵家の旗艦も、港に置きっぱなしの状態で情報局から調査を受けている。
「まあ、幼い頃からの付き合いですから。
それより、アレル様には不自由な思いをさせますが、しばらくはご辛抱ください」
「贅沢を言える状況じゃないのは、理解しています。
少々の不自由で身の潔白が証明されるならば、それでよしとしましょう」
シートに座ったアレルが、そう言って肩をすくめた。
現在、彼の置かれている立場は非常に微妙なものだ。
確かに、テロの実行犯は彼と繋がりがある。
そもそも論として、統治している領民の中から皇帝暗殺を目論み、実行する人間が出てきている時点で責任問題というものがあった。
が、だからといって、即座に糾弾するほどカルス帝も短気な人物ではない。
そのため、こうして俺たちに同行し、身の潔白を証明する機会が与えられたのである。
実際、ラノーグ公爵領を調査するにあたっては、トップである彼に色々と協力してもらわないと始まらないし。
んで、決定のスムーズさから考えると、あらかじめ皇帝は彼と会って一種の談合を行っていたな。これは。
「お話の最中、失礼します。
調査団のヒラク氏が、是非、離発着時のブリッジを見学したいと申し出ているそうです」
「ヒラク社長が?
……まあ、構わないでしょう」
クルーからの言葉に、二つ返事で了承する。
現在、このハーレーには、皇帝が編成した調査団も乗り込んでいた。
ラノーグ公爵領までの移動時は居住性に優れたティーガーの方で過ごしてもらうのだが、何事も見聞を広めるのが大事ということで、今は見学中なのである。
……まあ、見学というか、海賊上がりの連中がしっかりやってるか、皇帝に代わって査察してるんだろうけど。
答えてからほどなくして、ブリッジの自動ドアが開く。
「見学の要請を許可して頂き、感謝します。
ほら、君もご挨拶しなさい」
ただ、いつも通り純白のスーツに身を包んだ彼には、連れがいたのだ。
「ヒラク社長のいとこのはとこの子のクリッシュです。
皆さん、よろしくお願いしまーす」
――きゃるん!
なんて効果音がしそうな仕草で、笑顔と共に敬礼してきた少女……。
光加減で色合いの変わるヘアスプレーで染めた長髪が印象的な彼女は、他でもない……。
クリッシュであった。
――ほ、ほ、ほわあああああっ!?
――ほわああああああああああっ!?
……わたしは動揺のあまり、キャプテンシートからズリ落ちそうになったのである。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090325629896
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090325679785
そして、お読み頂きありがとうございます。
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