新たなオーダー

 クリスマスを間近に控え、人々がどことなくうわつく今日この頃だが……。

 同じように浮かれるわけにもいかないのが貴族というものであり、ひいては、為政する側の立場である。


 まして、今は現皇帝カルス・ロンバルドおん自らが、帝国の大改革へ乗り出したという時期であり……。

 皇帝主催のパーティーという名目で集められた貴族家の当主たちも、あれこれと――例えば俺の帝都お披露目ライブ鑑賞など――新たな理由を付けては皇星ビルクへ長逗留し、今後を見据えた派閥形成などに腐心していた。


 それは、お父様ことウォルガフ・ロマーノフ大公とて、当然例外ではない。

 帝国のナンバーツー。

 持ち得る軍事力と財力においては、実質的なナンバーワン。

 ノブレス・オブリージュというわけではないが、力ある者には、相応の責任というものが伴う。

 ゆえに、その責任を果たすべく、今日もお父様は、他の貴族たちと外交を繰り返しているのだ。


「ファクトリーシップが降りてきましたぞ!

 大公閣下、今です! バックルの強化を!」


「よし、レーザーバックルとブーストバックルを組み合わせるぞ!」


「時間稼ぎは任されよ!」


 ……Dペックスの協力プレイという形で。

 だが、どんな形であれど、外交は外交……。

 一人娘として、全力でこれを支援しなければなるまい。


「ユーリ君、ジョグ君……。

 ジェットトライアングルアタックをかけますよ!」


「お任せください!」


「レーザーブーストへ強化される前に、一気に畳みかけるぞ!」


 俺のオーダーを受け、ユーリ君とジョグが特訓通りの動きを見せる。

 コマンダーバックルで大幅に強化されたジョグのキャラを先頭に……。

 俺とユーリ君のキャラが、両脇へ展開し挟撃を成立させる構えだ。


「ぬおお!

 皆、耐えてくれ! あともう少しでクラフトが終わるのだ!」


「ようやくにも掴んだチャンピオンへのチャンス……」


「やらせはせん! やらせはせんぞ!」


 お父様を始めとするおっさん三人が、アクセサリーによってコントローラー化した携帯端末を手にしながら、熱く吠える。

 そう……このフィールドに残されているプレイヤーは、俺たち六人のみ。

 二チームが同じ空間にいるのをいいことに、談合を繰り返してここまで勝ち残ってきたのであった。

 卑怯ではない。これは策略だ。


「もらったあああっ!」


 スキルによって姿を消したタヌキニンジャが、敵の弾幕を潜り抜ける。

 お父様――お命頂戴!


「そこまでです」


 ……が、駄目!

 俺とお父様の端末は、脇から顔を出したロマーノフ家筆頭執事セバスティアンに、ひょいと取り上げられてしまったのだ。


「旦那様、お嬢様、もうお時間です。

 ゲームを遊んでいて遅刻するなど、ロマーノフ大公家末代までの恥ですよ」


 同じように姿を現したエリナが、ジト目となりながら俺たち親子に宣言した。


「そ、そんな……!

 あと少しなのに……!」


「そ、そうだぞセバスティアン!

 見逃せ……!」


 俺たち親子は、見苦しくもそう懇願したが……。


「駄目に決まっております。

 さあ、お早く」


 老執事から無情に宣告され、諦めることになったのである。


「まったく、暇さえあれば遊んで……。

 そんなに楽しいのでしょうか」


「いやあ、はは」


「気が付いたら、何時間も熱中しちまうんだよな」


 エリナの言葉に、男子二人がごまかし笑いで答えた。


「名残惜しいですが、致し方ないでしょう」


「ええ、また機会は巡ってくるでしょうから……」


 お父様とチームを組んでいた貴族家当主たちも立ち上がり……。

 談話室を後にした俺たちは、ロンバルド城に存在する円卓の間へと向かったのである。




--




 古くからの技術を継承する職人が手がけた黒壇製の大円卓は、五十人から席を並べられる巨大さであり……。

 宴会やパーティーを開くことも十分に可能な広さの室内は、黄金を用いた調度品で光り輝いていた。

 天井に描かれているのは宗教画で、これは、この場における話し合いが神の御許で行われることを意味している。

 いかな銀河帝国の皇帝といえど、神の威光にはかなわないのだ。


「よーよー、皆の者、よく集まってくれたな」


 大円卓の頂点……。

 最も尊き者が座る場所へ腰かけたカルス帝が、陽気な口調で語り出す。

 お父様を始め、アレルやケンジなど……。

 この場に参集したのは、いずれも名だたる貴族家の当主たちであった。

 本来なら場違いな俺が参席しているのは、皇帝自らの指名があったからである。


 場違いといえば、もう一人場違いな人物がいた。

 純白のスーツに身を包んだ若き紳士……ヒラク・グレア社長その人である。

 彼は、一人椅子に座ることなく、ただカルス帝の背後へと控えていた。


「全員、忙しいからな。

 ちゃっちゃと用件を切り出そう。

 まず、俺はこの度、経済アドバイザーとしてここにいるヒラクを登用することにした。

 承認しろ」


 ――パチ。


 ――パチ、パチ、パチ。


 承認の拍手が、大円卓の間へ響く。

 皇帝が承認しろと言ったなら、否はあり得ないのだ。

 ……まあ、どうしてゲーム会社の社長を? とも思うが、経済アドバイザーは何人かいるし、別視点の切り口が欲しいのだろうと皆が納得しているようだった。


「……ありがとう。

 では、続く議題――こっちが本番だな。

 まあ、まずは見てくれ」


 カルス帝がそう言って、パチリと指を鳴らす。

 瞬間、室内が漆黒の闇に閉ざされ……。

 俺たちの周囲に、ホログラムウィンドウが浮かび上がる。

 そこに表示されている内容……。

 これは……?


「――あのお爺さん?」


 やや迂闊ではあるが、俺は思わずそう漏らしてしまう。

 ウィンドウに表示されていたのは、例の獣型PLを操っていたお爺さんの顔写真やプロフィールであったのだ。


「カミュちゃんは、その場で直に見たもんな?

 その通りだ。

 これが、ヘルメスで例の獣型を操っていたパイロット……。

 ――ボッツ・ドゥーディー元大尉だよ」


 勝手な俺の発言を咎めることなく、世間話のような気楽さでカルス帝が語った。

 だが、語った内容がもたらした影響は、絶大なものだ。


「ボッツ・ドゥーディーだと?」


「かつては、ラノーグ公爵家きってのエースパイロットとして、銀河に名を馳せた御仁ですぞ」


「白騎士団の団長でもあった」


「引退して久しいはずだが、それがこんな……」


 皇帝の前だというのに、耐え切れなかった貴族たちが、口々にそのようなことを言い合ったのである。


「お父様……?」


 俺も、こっそりと隣のお父様を見上げた。


「うむ……。

 お前は知らぬだろうが、我らの世代では有名なパイロットだった。

 おれも少年時代、手合わせしてもらったものだ。

 もし、彼が全盛期であったなら、お前も敗れていたことだろう」


「それほどの……」


 実は、この皇星ビルクに来てから、お父様とは同条件のシミュレーターで対戦を行っている。

 結果は……けっちょんけっちょんだ。

 特に見せ場も作れず、俺は完敗を喫していた。

 そのお父様が、こうまで言うほどのスゴ腕パイロットだったとは……!


「だが、皆も言っている通り、すでに引退して久しい。

 最後の仕事としてアレルを鍛えた後は、ラノーグ公爵領内にあるどこぞの惑星で隠居していると聞いたぞ。

 それが、どうしてあのようなことを……」


 お父様が独り言のように漏らしたのと、カルス帝が両手を掲げたのは同時のことである。


 ――しん。


 ……と、ただそれだけで場が静まりかえった。


「かつて、ラノーグ公爵家に仕えていた人間が、どこからかあんなPLを持ち出して、どうも俺の暗殺を狙っていたらしい……。

 不思議だよなあ? 俺も不思議に思っているぜ。

 本人に聞いても、どうしてそんなことをしたのか、あのPLをどこで受け取ったのか、まったく覚えていないっていうのが、さらに不思議だ。

 驚くべきことに、嘘を吐いている形跡が見当たらねえ」


 そこで、カルス帝が一人の少年に視線を向ける。

 それに釣られ……。

 皆の視線が、一斉に彼――アレルへと向けられた。


「どうだ? あの爺さんの元弟子であり、今はあいつが住んでいる惑星の領主である身としては、どのような見解を持っている?」


 これは、半ば――パワハラだ。

 答えなど分かりきっていて、かつ、本人では口にしがたいことを、あえてその口から言わせようとしているのである。

 まあ、銀河皇帝に対して「それってパワハラじゃないですか?」と問いかけられる人物など、この宇宙には存在しないが。


「……徹底した調査が必要であると存じます。

 ボッツの人間関係はもとより、あのPLがどこで製造され、持ち込まれたものなのかも……」


「俺も同意見だ。

 いや、見解が一致して嬉しいね。

 ただ、問題は、それを誰が行うか、だ。

 まさか、当事者であるお前さんにやらせるわけにもいかねえだろ?

 それとも、アレル本人の調査でいいって思ってる奴が、この中にいるか?」


 皇帝の問いかけへ、答える者などいない。

 この手の調査は外部の人間が行うべきである、というのもそうだが、これはそれ以前の貴族的な習性の話だ。

 貴族の間に、真の友情など存在しない。

 隙あれば蹴落とすのが貴族の世界というものであり、今はラノーグ公爵家ほどの大貴族に絶好の隙が生まれている状態なのである。

 むしろ、徹底的に追い込みたいところだろう。


「……よろしい。

 と、いうわけでだ。

 幸いなことに、俺はつい最近、それを行うのに最適な独立機動部隊を組織した。

 ご存じ、IDOLだ」


 今度、皆の注目を浴びたのは、他でもない……。

 この俺、カミュ・ロマーノフであった。


「――IDOLに命じる!

 ラノーグ公爵領へ向かい、事件の調査を行え!

 なお、同地における企業調査向けオブザーバーとして、ここにいるヒラクが同行してくれる」


「……拝命します」


 皇帝の命を受けた俺は、ハッキリとそう返事したのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090261115528


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