銀河のクリスマス
銀河に進出して以来……。
人類は、三つの暦を使い分けるようになった。
一つ目は――銀河標準歴。
これは、皇星ビルクを中心に、様々な恒星の動きなどを参考に作られた周期であり、主に、銀河系内の様々な商取り引きを円滑なものとするため用いられる。
二つ目は、これが最も一般的に浸透している――ローカル歴。
人類が入植した銀河系内の惑星は、自転周期も公転周期も様々であり、そこで暮らすにあたっては、その惑星に最適化された暦が必要不可欠であった。
そのため、各惑星を統治する貴族家は独自の暦を用いており、住民たちはそれに合わせて生活しているのである。
また、居住用スペースコロニーの場合は、付近に存在する入植惑星に合わせた設定とするのが一般的であった。
そして、最古にして三つ目の暦が、太陽暦である。
これは、もはや説明するまでもない……太陽を地球が回る周期で作られた暦であり、かつての時代は、これを基にしたカレンダーへ人類全てが隷属していたものだ。
今、太陽暦が生活の中で用いられることは、ほとんどない。
その事実は、人類が地球を飛び出し、銀河系に根付いた時代が今であることを、何よりも雄弁に物語っているだろう。
かといって、人類は太陽暦を手放したわけでもない。
なんとなれば、銀河へ持ち出した様々な風習の多くは太陽暦に紐付けられており、これを完全に捨て去ることは、人類が培ってきた文化そのものを破棄することに他ならないからである。
これを象徴するのが――クリスマスだ。
かつての時代……キリスト教の偉大な聖人が誕生した日を祝うこの祝祭は、キリスト教圏のみならず、様々な文化圏の人々に浸透していた。
それは、銀河に進出した今においても変わらず……。
むしろ、人間同士が圧倒的な物理的距離を隔てた世界で暮らす
それは、当然ながら皇星ビルクの帝都――オリビエにおいても変わらない。
クリスマス当日まで二週間を切ったこの時期は、街中がイルミネーションで彩られ、道ゆく紳士淑女たちをその日への期待で盛り上げる。
そして、帝都に存在するスタジアム……。
古代ローマの建築技法を、当代の技術で再現した巨大建築物の内部は、一足早くクリスマスムードで彩られていた。
荘厳にして巨大なスタジアム内は、プレゼントボックスやトナカイ、サンタクロースなど、クリスマスをイメージさせる様々なホログラフィック映像で満たされており……。
開放されたスタジアムの天井部を突き抜けるほど巨大なクリスマスツリーが投影されたステージ中央に、今、一人の少女が姿を現した。
『みんなー!
今日は来てくれて、ありがとうございます!』
重力コントロールシステムの恩恵を受け、ホログラフィック映像で隠された奈落部分から、元気一杯に飛び上がる形で登場した少女……。
カミュ・ロマーノフが、観客たちに向かって呼びかける。
――オッケーイ!
返ってくるのは、彼女のステージでおなじみとなったオッケイコールだ。
『えへへ!
今日はクリスマスシーズンということで、いつもとは違う格好をしてみました。
……似合っていますか?』
はにかみながら問いかける彼女の姿……。
それは、いつもステージで着用するアイドルコスチュームではなく……。
ましてや、IDOL指揮官としての改造士官服とも、PL搭乗時に着用するパイロットスーツとも異なるものであった。
頭には、真っ赤なサンタ帽を被り……。
肩を大胆に出したサンタコスチュームは、丈の短いミニスカート仕様となっている。
その下には、純白のニーソックスを履いており……。
ミニスカートとの間で生まれる絶対的な領域が、イルミネーションよりも眩しかった。
――サンタコス。
今宵のカミュ・ロマーノフは、ミニスカサンタとして皆に幸せを届けに来たのだ。
――オッケーイ!
スタジアムに集った人々が、一斉に答える。
アイドルにしてサンタクロースたる少女は、観客たちに笑顔で手を振った。
『皆さんご存知の通り、わたしはImperial Directorate of Order and Law――IDOLの指揮官として、銀河中の悪者たちをやっつけて回っています。
また、一人のアイドルとして、訪れた星々でライブも行ってきました。
今日は、ここ帝都オリビエで、これまでの集大成をお見せしたいと思います!』
――オッケーイ!
三度目にして、これまでで最大のオッケイコール……。
それが静まるのをゆっくりと待ち、カミュが口を開く。
『それでは、歌います……。
今日この日のために用意したクリスマスソング――『嘘だと言ってよ、クリスマスプレゼントだろ!』です!』
言い終わると同時に、スタジアムへ流れ始めたメロディ……。
それは、クリスマスソングとは……ましてや、帝都でのお披露目ライブで最初に歌うとは思えぬほどもの悲しく、切ない音色である。
だが、不思議とその旋律は人々の心を打ち……。
なんとなく、どっかの森でビデオレターを撮影したくなったり、クリスマス当日は仕事なんかしないで子供とちゃんと過ごそうという気分にさせた。
アイドルにしてサンタクロースたる少女が、銀色の髪をなびかせ、静かに……優しく歌い上げる。
しっとりとした空気の中、人々はやがて訪れるクリスマスと、今日これからのパフォーマンスに胸を高鳴らせるのであった。
--
帝都オリビエが誇るスタジアム最上階には、真に選ばれた者のみ利用可能な一室が存在する。
VIP席、などという生易しい代物ではない。
この部屋を利用可能なのは、皇族に限られていた。
支配階層の頂点として、帝国文化が咲き誇る様を最上の眺望で楽しめるように用意されたのが、このエンペラールームであるのだ。
「いやー、曲を聞いた時は、本当にこんなもんが一発目のセトリで盛り上がるのか心配だったが、案外なんとかなるもんだな。
ま、それもこれも、カミュちゃんのカリスマ性あってこそか。
一番それが必要な立場としちゃあ、泣けるぜ」
ゆえに、現皇帝たるカルス・ロンバルドがここのソファに座り、くつろぎながらカミュ・ロマーノフのライブを眺めているのは、至極当然なことであるといえる。
だが、その隣に座る青年――アレル・ラノーグがここにいるのは、本来ならばあり得ないことであった。
それが、こうして隣り合って同じソファに座っているのは、他でもなく、カルス本人がこの若き公爵を招待したからである。
皇帝による直々の招待……。
それは、本来ならば、あらゆる貴族にとって名誉とされるべきことだ。
まして、エンペラールーム内に存在する他の家具ではなく、あえて一つのソファを選び共に腰かけているのだから、これは皇帝自らが胸襟を開いているということであった。
だが、これらの事実を前にしても、アレルの顔色は――悪い。
それは、自分がどうしてこの場に呼ばれたのか、用件を切り出される必要もなく思い至っているからであろう。
――まだまだ若いな。
――俺の膝元で公爵家を担うなら、動揺をおくびにも出さないふてぶてしさだって必要だぜ?
心中でそう語りかけながら、カルスはスコッチ入りのグラスに唇を付ける。
そうこうしている内に、カミュ渾身のクリスマスソングは終わり……。
ゲストとして芸能人などを招いてのMCが始まった。
「なあ?
先日、ヘルメスのストリートで大暴れしたけったいなPLについては、聞き及んでいるか?」
それを待って、カルスはついに本題を切り出す。
「無論です。
御身に何事もなく済んで、本当によかった」
「ああ、あそこでがんばっているカミュちゃんのおかげだ。
そういえば、あの子を鍛えたのはお前さんだったな?
となると、俺が無事でいるのは、お前のおかげでもあるわけか? ええ?」
「それは……」
「そうとも言えねえか。
まあ、飲めよ。
お前は未成年だから、スコッチじゃなくて、コーラだがな」
言いながら立ち上がり、エンペラールーム内のバーへと足を踏み入れる。
皇帝自らの手で用意してやるのは、サンタクロースが着ている服を赤く染め上げた有名企業のコーラであった。
手元のグラスで、地球での創業時代から一切味を変えていない炭酸飲料が、シュワシュワと音を立てる。
「弟子がやってくれたと胸を張れないのは、下手人が原因か?」
「それは……いえ、その通りです」
グラスを手にソファへ戻ると、思っていた以上の素直さで若き公爵が首肯した。
彼も、分かっているのだ。
これはもう、質問ではなく詰問となっているのだということを……。
「獣型のPLに乗っていた爺さん……。
ボッツ・ドゥーディー元大尉は、かつて、ラノーグ公爵家の白騎士団を率いていた人物であり、お前さんの師匠でもある。
つまり、ヘルメスで行われた戦闘は、お前の師匠と弟子による対決だったわけだ。
なあ、このこと……どう思うよ?」
テーブルにコーラの入ったグラスを置きながら、尋ねる。
「………………」
アレルは、黙秘を貫いており……。
シュワシュワという炭酸の音だけが、エンペラールームの中へ響き渡っていた。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090214329971
そして、お読み頂きありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、フォローや星評価をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます