VSカラドボルグ 前編

 ――ゴリラ。


 ジョグが搭乗しているPLのシルエットを見て、余人が一番に思い浮かべるのは、その類人猿であろう。

 ただでさえ、正規軍のPLよりひと回りは大型の本機であるが、とりわけ腕部は太くたくましく、かの類人猿に特徴的なナックルウォーキングも可能なほどなのだ。


 分厚い装甲は、真紅で染め上げられており……。

 脚部は、鳥類じみた逆関節型を採用している。

 さらに、頭部からは対艦刀じみた長さの粒子振動ブレードが突き出しており、これは、主の特徴とこだわりである髪型を受け継いでいるかのようだった。


 だが、本機において最も特徴的なのは、両肩へ背負った超大型のブースター・ポッドだろう。

 本来、これは艦船に装着する部品であり……。

 それを、無理矢理PLに背負わせているのは、いかにも無法者らしい無茶な改造であるといえる。

 しかし、その無茶がもたらすパワーは――絶大なり。


「それじゃあ――」


 コックピットの中で、ジョグが静かにつぶやく。

 それに合わせて、本機で最も手をかけられている部分――徹底したチューニングを施されたプラネット・リアクターが、爆発的に出力を増していった。


「――いくぜ!」


 フットペダルの操作により……。

 巨体の内側で高まった力が、解き放たれる。

 両肩のブースター・ポッドから、一個のPLへ与えるにはあまりに過剰なプラズマジェットが吐き出され、大柄な機体を瞬間移動じみた速度で飛翔させた。


「ヒャッハー!

 ジョグ・レナンデー様と、カラドボルグのお通りだあ!」


 全銀河で最速を誇る機体にとって、手下たちが襲っている輸送船との距離は、ほぼゼロに等しい……。

 赤き流星となった機体は、瞬く間に問題の船を捉える。


「どこのどいつだか知らねえが、うちの連中をかわいがってくれたじゃねえか!

 スカベンジャーズじゃ、お礼は千倍返しだぜ!」


 ジョグの操作により、高速機動中のカラドボルグが、両の豪腕を構えた。

 スカベンジャーズ船長の専用機に、余計な火器など不要。

 その圧倒的な機動力と、剛腕からくるパンチ力……。

 あるいは、頭部のブレードをもって敵を屠るのが、流儀であるのだ。


 手下たちを蹴散らしたらしい敵は、戦闘が終結したものと思い込んで、大いに油断していることだろう。

 そこを――ガツンだ。

 不意に放たれたカラドボルグの拳を受けて耐えられる機体など、この銀河には存在しな――。


「――へ?」


 ジョグが年相応の間抜けな声を上げてしまったのは、メインモニターに映し出された代物を見たからである。

 まるで――クモの巣。

 明らかに粘着性を備えた何かが、カラドボルグの推進先にいくつも展開されていたのであった。


「――ちょ」


 銀河最速を誇るカラドボルグであるが、何事も表裏一体。

 長所というのものは、たやすく短所へ転じるのが世の常である。

 すなわち……。

 カラドボルグは、急に――止まれない。


「――のわあああああっ!?」


 東洋のことわざに、こういったものがあった。


 ――飛んで火に入る夏の虫。


 颯爽と駆け付けた海賊の頭領は、それを見透かして張られていた罠へ無様に飛び込んだのである。




--




「――かかった」


 モニターに映し出された状況を見て、俺はそうつぶやく。

 それにしても恐ろしいのは、敵の圧倒的な――機動力。


 ――ビー! ビー! ビー!


「敵機襲来を告げるアラートの方が、遅れて鳴りますか……。

 ほとんど瞬間移動ですね、あれは」


 ノベルゲームの文章とスチルで目にするのと、実際に相対するのとはまったくの別物。

 同じ機械とは思えないスピードを見せる敵機に、半ば戦慄を覚えた。


 たった今、俺が展開しておいた結界に絡め取られた機体……。

 その名は、カラドボルグという。

 『パーソナル・ラバーズ』作中において、攻略対象の一人――ジョグ・レナンデーが操る専用機だ。

 また、もう一つの側面は、宇宙海賊スカベンジャーズの船長専用機……。

 相手の所属と編成を知った俺は、こいつが近場で控えていることを敏感に察知したのである。

 作中で描写された性格から考えて、現場に出ないでふんぞり返るということはないからな。


「お嬢様、あれは!?」


『予想していたんですか!?』


「今はそれどころじゃありません!」


 エリナとユーリの言葉へ手短に答え、機体を操った。

 トリモチ結界に驚いた敵機は、慌ててブースター・ポッドを逆噴射させたようだが……。

 静止は間に合わず、コロニー補修を目的とした強固な粘着樹脂に絡め取られてしまっている。

 だが、それで戦闘力の全てを失ったわけではない。

 その証拠に、機体からはパイロットの闘志が匂い立っていた。


『――新手っ!?

 カミュ殿!』


 慌てた声で音声通信を放ってくるのは、アレルだが……。

 そう、今にして思えば、最後のヴァイキンが無様に逃げ回ったのは、カラドボルグを当てにしていたからなのだろう。

 他の機体を無力化し、安心して追いかけっこをした結果、アレルのミストルティンは、随分と輸送船から引き離されてしまっている。


 強敵と知れば闘志を燃やすタイプであるジョグからすれば余計な気遣いだが、輸送船を容易に人質へ取れる状況を作ったと考えると、手下の判断は正解だろう。

 まあ、人質を取れると分かっていても、そんなことをするジョグではないし、その漢気があればこそ、攻略対象の一人であるわけだが……。


「わたしが、どうにかしなければならないということ……。

 エリナ、覚悟をお決めなさい」


「か、覚悟ってどんなですか!?」


 どのようにすればいいのか、分からないのだろう。

 ただ引きつったように身をこわばらせる彼女へ、俺は手短に答えた。


「色んな覚悟です!」


 選択する武装は、先日、股間部へ増設してもらったウインチ。

 目一杯にこれを引き出し、先端の電磁フックを鎖分銅の要領で振り回す。

 敵がどのような行動に出るかは、予想が付く。

 しかし、俺に反応しきることはできるか……?


 答えは――否。

 あと一手、もうひと工夫が必要だ。


「アレル様!

 シールドのコントロールをこちらへ回して下さい!」


 思い付いたのは、ヴァイキンの一機へ突き刺さったまま放置されているミストルティンのシールド……。


『――ッ!

 よし、分かった!』


 俺の意を汲んだアレルが、すぐさまシールドの操作権を寄越してきた。

 あのシールドを回収しなかったのは、単にその必要がなかっただけ……。

 俺の予想は正しく、スマート・ウェポン・ユニットである純白の大型シールドは、すぐさまスラスターによって突き立った海賊PLから脱し、こちらへと飛んでくる。


「――お嬢様!

 きます!」


 エリナが叫んだのは、丁度その時だ。

 確かに、カラドボルグは俺の放ったトリモチによって絡め取られ、各関節の可動域を大きく減少させていた。

 だが、かの機体にとって生命線ともいえる二基の大型ブースター・ポッドは、いまだ――健在。

 それを全力で吹かし、再び瞬間移動じみた速度でこちらに突っ込んできたのである。


 そこへ、奴にとって想定外の存在であるシールドが飛んでくれば、どうなるか……。


「――当たった!」


 横合いから飛んできたシールドは、首尾よく、真紅の大型PLへと直撃を果たした。

 とはいえ、その程度で突進を封じられるほど、カラドボルグという機体は温い相手じゃない。

 だが、ほんの少しでもタイミングが狂ってくれれば、俺の反応速度でも――間に合う。


「――とあーっ!」


 宇宙空間に上下の概念はないが、わずかに遅れたタイミングで突っ込んでくるカラドボルグの頭上へ、機体を飛翔させる。

 同時に手放したのは、股間部と接続されているワイヤーウインチ……。


「――かかった!」


 ワイヤー先端部の電磁フックは、俺が狙った通りにカラドボルグへと絡み付いた。



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085756736542

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085756773428



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