VSカラドボルグ 後編

「――クソがっ!

 手玉に取られた!」


 カラドボルグのコックピット内で、ジョグ・レナンデーは、精一杯の憤りを込めながら叫んでいた。

 だが、怒りという感情にも、様々な種類がある。

 この怒りを端的に分類するならば、それは、状況の不可解さに対する怒りというべきだろう。

 何もかもが、不可思議だった。


 まず、第一におかしいのは、こちらが突進していく方角に向かって、あの妙なクモの巣を張り巡らせていたことである。

 何も知らずに突っ込んだ結果、愛機は関節部に粘着質の糸が食い込んでしまい、身動きの自由が失われてしまっていた。

 ことに、自慢の両腕が封じられてしまったのは大きく、今のカラドボルグは、無事だった両肩のブースターと頭部の粒子振動ブレードを頼りに頭突きをかますか、あるいは、タックルでも仕掛ける以外に攻撃手段がない状態だ。


 これがもし、ビームの斉射でもされていたなら、話は別だっただろう。

 そのための堅牢な装甲であり、カラドボルグは、ちょっとやそっとの攻撃ならば、意に介さず接近して攻撃を仕掛けるのが可能な機体だった。


 だが、まんまと引っかかってしまったクモ糸との相性は最悪である。

 粘着質なこれは、しかもかなりの強度を備えており、どれだけ機体がもがこうとも、剥がれる気配がない。

 つまり、相手はこのカラドボルグが強襲してくると知らないはずの状態から、最も有効な罠を張り巡らせていたのであった。


「この野郎……未来でも読んでやがるのか!」


 毒づいた相手は、輸送船の付近でこちらを待ち構えていたリッターだ。

 相手は今……カラドボルグの背後にいる。

 ただ、背中を取っただけではない。

 文字通り、こちらの背へと抱きついてきているのだ。


 いや、これは……一体化しているというべきか。

 飛来したシールドに虚を突かれつつも突進したこちらをかわした敵機は、そのまま股間部から伸びたワイヤーウインチを絡ませてきたのであった。

 当然ながら、それはこのカラドボルグと相手機とが、頑丈なワイヤーで結び付けられることを意味する。

 しかも、背中に張り付いた相手は、カラドボルグの機体中に貼り付いたクモ糸が自身にまで及ぶことを危惧せず、ワイヤーで縛り上げようとしてくるのだから、これはもう、どこをどうすれば互いが離れられるのか、分かったものではない。


 無事だった両肩のブースター・ポッドなど、いの一番にワイヤーで可動部を抑え込まれており、可動域という可動域を封じられ、さらにはリッターというデッドウェイトが背部に加わったカラドボルグは、宇宙で一番自由なPLから、宇宙で最も不自由なPLへの転落を果たしていた。


「こなくそっ!

 離れやがれ!

 野郎に抱きつかれる趣味はねえっ!」


 そのような悪態をつきながら、がむしゃらに操縦桿やフットペダルを操る。

 すると、どうやら接触回線が開いてしまっていたらしく……。

 サブモニターに通信ウィンドウが開かれ、相手の顔が映し出された。

 だが、これは……。


『女子に向かって、野郎とはなんです!』


「お、女ぁっ!?

 しかもまだ、ガキじゃねえか!」


 見るからに高価そうなパイロットスーツを身にまとっているのは、ジョグと年齢が変わらぬであろう少女だったのである。

 いや、これは、ただの少女ではない。


 銀色の髪は、PLに用いるいかなるコーティングよりも光り輝いており……。

 氷碧色の瞳は、冷たくもこちらを惹き付ける……。

 顔の造作は、男所帯で育ったジョグにとって、まったく見たこともないもので……。

 ただ、少女が美しいということだけは、生物的な本能で感じ取れていた。


『ガキとはなんです! ガキとは!

 そちらも大差ない年頃ではありませんか!?』


「う、うっせー!

 こっちはいいんだよ!

 ほら……男だから!」


『男も女も関係ありません!

 どれだけ時代錯誤な考えに囚われているのですか!?』


「時代さく……?

 うっせー!

 さっきから、よくわかんねえことばかり言いやがって!」


『よく分からないのは、教養が足りないからです!

 海賊なんかやってないで、通信教育を受けなさい!』


「知ったよーなこと言ってんじゃねーよ!

 カーチャンかお前は!?」


『あなたみたいなデカイ子供を持った覚えはありません!』


「オレだって、テメーみたいなちんちくりんをカーチャン持った覚えはねーよ!」


 一体、これはなんなのか……?

 銀河一不毛な口喧嘩を繰り広げながら、銀河最速のスピードでカラドボルグがそこら中を駆け回る。

 相手のリッターが、ワイヤーとトリモチで自分ごとカラドボルグを抑え込みつつも、機体各所のスラスターでこちらの速度を殺そうとしてくるため、これはもう、ジョグにも相手の少女にもコントロール不能な状態であった。


「とにかく、離れやがれ!

 そんで、正々堂々と戦え!

 さっきから、卑怯な手ばっかり使いやがって!」


『卑怯じゃないですー! 作戦ですー!

 それに、性能で勝る相手をワイヤーで拘束して勝機を見い出すのは、古来より伝わる伝統的な戦い方ですー!』


「古来にPLはねーよ!

 ああもう、ああ言えばこう言いやがって!」


『それはそっちでしょう!』


「うっせーブス!」


『ブスと言いましたか!?

 このサ◯エさんヘアー!』


「◯ザエさんって誰!?

 とにかく、この髪型をけなす奴は許さねえ!」


 丹精込めて整えた髪をバカにする者は、万死に値する。

 必死に操縦するジョグの心に応え、ついに、ブースター・ポッドがわずかながらも動いた。

 その噴射口が向くのは、背中へ貼り付いた――敵機。

 本来、艦船に搭載する規格であるブースターのプラズマジェットは、そこらのビーム兵器を凌ぐ威力で敵機を焼くはずだ。


「ハッハー! ついに捉えたぞ!

 このままカラドボルグのブースターで、テメーを丸焼きにしてやらあ!」


『くっ……!』


 相手からすれば――絶体絶命。

 通信ウィンドウに映る美少女が、くるものをこらえるように歯をくいしばった。


「ハーッハッハッハッー!

 どうだ怖いかー!?

 このまま焼いてやらあ!」


『くっ……!』


 通信ウィンドウに映る美少女が、くるものをこらえるように歯をくいしばった。


「ハーッハッハッハ!

 ハーッハッハッハ!」


『くっ……!』


 通信ウィンドウに映る美少女が、くるものをこらえるように歯をくいしばった。


「ハーッハッハッハ!

 ハーッハッハッハ!

 ……げほっげほっ!」


 笑い過ぎてむせかえるジョグ。

 一方、通信ウィンドウに映る美少女が、くるものをこらえるように歯を……。


『いや、さっさとせんかい!』


 ……とうとう、相手からのツッコミが返ってくる。


「い、いや……。

 焼いちゃうぞー。すごいぞー。高火力だぞー」


『いや、そんなもん分かってるから、さっさとしろと言ってるんです!

 こっちは、わざとブースターを動かさせて、噴射の瞬間に基部のワイヤーを引いて、ブースター同士で噴射炎を激突させようとしているんですよ!』


「て、テメー!

 そんなおっそろしいこと企んでやがったのか!」


 自分でもよく分からない理由で、噴射をためらっていたジョグであったが……。

 どうやら、それがカラドボルグを救っていたらしい。

 もし、そんなことになっていたなら、大出力のブースター・ポッドは互いに爆発を起こし、機体本体もタダでは済まなかったことだろう。

 だが、それは……。


「つーか!

 んなことしたら、テメーも巻き添えになるじゃねえか!

 女なんだから、もうちっと自分を大事にしやがれ!」


『襲ってきてるのはそっちなのに、何を言っているのです!

 それに、捨て身で勝利を掴み取るのは、最高のシチュエーションであり、命を賭す価値があります!

 同乗しているエリナも、死ぬ覚悟はできているんですよ!』


『お嬢様! 出来ていません!』


 ……なんか、さらに同乗者がいるらしい。

 ブースターの噴射も止めたカラドボルグは、背中のリッターと共にタコ踊りをする状態であったが……。


 ――斬!


 ……不意にそれを止めることとなったのは、対艦刀の一撃が、頭部の粒子振動ブレードを基部から切断したからであった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085813349358


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