ジョグ・レナンデー
「リッター……?
あれほど言いつけたのに、出てきたのか?」
宙間戦闘の極意というものは、360°のあらゆる方向へ意識を配ることにある。
最後の海賊PLを追い立てながらも、常に輸送船の状況を把握していたアレルは、格納庫からリッターが出撃したのを見逃さなかった。
ただし、リッターが装備しているのは、標準仕様のビームライフルではない。
「バズーカ?
ユーリ君が試作していた代物か?」
普段なら右腕部に装着している大型のライフルが取り外され、代わりに、ジャンク品を流用したと思われるバズーカを手にしていたのである。
「カミュ殿、出番はありません。
すぐに船内へ戻って下さい」
すぐさま通信回線を開き、呼びかけた。
だが、それに対する返答は……。
『説明している暇はありませんが、今は窮地です!
戦いは、まだ終わっていません!』
……と、いうものだったのである。
そして、言葉の内容を裏付けるように、カミュと彼女が操るリッターは、全方位警戒の構えを見せているのだ。
――なんなんだ、一体……。
その様子をいぶかしく思いながらも、最後の海賊PLが間違っても彼女の方へ行かないよう、ビームで牽制しておく。
――不可解といえば。
そこで、ある違和感に気付いた。
――こいつは、どうしてまだ諦めないんだ?
度重なる脅しの射撃や降伏勧告を経ても、生き残った敵機は無様かつ鈍重に逃げ回るだけで、いまだ投降の様子は見せていない。
彼我の戦闘力差は――圧倒的。
どう考えても、さっさと諦めて降伏すべき状況である。
――何か、僕も嫌な予感がしてきたな。
そんなことを考えつつ、最後の敵機を追い立てる手は緩めなかった。
--
「お、お嬢様……!
アレル様の言う通り、すぐさま引き返しましょう!
そんな何も無い空間ばかり睨んで、どうするんですか!?」
「落ち着いて静かにしなさい。
全員無事でいるために、是が非でも必要なことなのです」
隣で騒ぐエリナに答えながら、俺は奴が来るであろう方角を探し求める。
相手は、おそらく小細工も回り道も使わない。
ただ、最速で最短の道を突き進むだけだ。
だから、問題は方角を特定するだけ……。
それさえできれば、芽はあった。
「考えろ……。
思い出せ……。
最初、海賊はどこからやって来た……?」
つぶやきながら、自分たちが乗っていた輸送船を見やる。
上部装甲に穿たれた弾痕は、敵機のマシンガンによるもの……。
そして、撃たれてからすぐ警告を入れられ、動きを止めていたので、弾痕から相手が出現した角度を探ることは――可能。
「――そちらか!」
宙間機動モードのリッターは、幸いにも溺れることなく、初心者の操縦に従い漆黒の宇宙で旋回した。
「ユーリ君。
撃ったトリモチが、距離五〇〇で破裂するように設定することはできますか?」
『可能です。
でも、なんの意味が――』
「――急いでセットして下さい」
通信ウィンドウのユーリへ、みなまで言わせず命じる。
『――セットしました。
後は、普通に撃つだけです』
「了解!」
今のところ何も無い宇宙空間に向け、トリモチ・ランチャーを発射していく。
全ての空間を塞ぐことなど不可能なので、できるだけ幅広く……。
すると、トリモチが放たれた一帯は、クモの巣状に広がった樹脂がいくつも浮かぶ機雷原じみた状態となった。
「お嬢様、これは……?」
「結界です」
隣のエリナへ、俺は言葉短く答えたのである。
--
『――ラッ!
カシラ! 早く来て助けて下さい!
寝てるんですか!? カシラッ!』
「……んあ」
舟を漕ぐのが止まったのは、通信機からの声に気付いたからだ。
と、いっても、すぐさまそれに気付いたわけではない。
表示されたタイマーを見てみると、通信回線が開かれてから、たっぷり数分は経っているのが分かった。
寝ぼけている際、仕掛けておいたアラームの音をスルーしてしまうように……。
少年は、部下が必死に呼びかけてくる声を子守唄の代わりとしながら、穏やかに眠りこけてしまっていたのである。
「あんだあ?
貢ぎ物の回収は、終わったのか?」
コックピット内で大きく伸びをしながら、問いかけた。
『カシラッ!
それどころじゃないんですよ!
まさか、本当に寝てたんですかあっ!?』
「んだよ。
オメーらが、自分たちに任せといてくれって大見得切りやがったから、こっちもおおそうかと任せたんじゃねえか。
で、いざやらせてみたら、早速、泣き言かあ?」
それにしても、だ。
声からしていかつさが伝わってくる部下へ答える少年の姿は、あまりに――若い。
いや、これはいっそのこと、幼いというべきだろう。
何しろ、年の頃はまだ十二か三といったところであり、着用しているのもパイロットスーツではなく、ジュニア用の宇宙服なのである。
とはいえ、宇宙海賊『スカベンジャーズ』のキャプテンに相応しく、その宇宙服は徹底して改造を施されていたが……。
真紅に染まった宇宙服の背に描かれるのは、ファミリーのエンブレムであり……。
背以外の各所には、『喧嘩上等』『阿修羅』『天麩羅』などといった、見るからに恐ろしい文字が踊っていた。
だが、これを着ている少年自身の恐ろしさも、それら文字にまったく劣っていない。
もし、街中で彼とすれ違う者がいたならば……。
――!?
……という、言葉にならない衝撃と共に振り返り、その姿を二度見することであろう。
それほどまでに目を惹く――髪型なのである。
色は、灼熱の心情を現すかのように赤く……。
額から天へと突き出すかのように立ち上がった前髪は、まるで威風堂々とした塔のようであった。
頂点で鋭く固められた髪は、風ごときには乱せないほどの強度で、後ろへと滑らかに流れ込んでいく。
例えるなら、これは、頭上で炎が燃え上がっているかのよう……。
まさしく、時代を超えた強さと自己主張の塊であり、少年の性格を如実に物語った髪型なのだ。
「……たく、寝起きに情けねえ声聞かせやがって。
せっかく揃えた髪が、萎えちまうぜ」
言いながら、折り畳み式のコームで髪を整える。
――髪とPLは、手をかければかけただけ、答えてくれる。
それが、愛機と海賊団を託してくれた父の教えであった。
『カシラあっ!
そんなのんきに構えてる場合じゃないんですよ!
おれ以外の奴は、みんなやられちまったあ!』
「……なに?」
だが、部下からの言葉でコームを扱う手がビタリと止まる。
同時に、幼いながらも肉食獣じみた凶悪さが宿っている顔へ、獰猛な笑みを浮かべた。
「おいおい、そいつは……」
通常、そのような状況へ陥ったなら、部下への叱責を飛ばすものだ。
だが、少年はそうしない。
ただ、眠気を覚ましてくれるような状況が到来したことを、心から喜んでいたのである。
「――アガッてくる状況じゃねえか!」
少年の言葉へ応えるように……。
搭乗する機体のプラネット・リアクターが、正規軍のそれと異なる騒音じみた鳴動を響かせた。
この音もまた、少年を昂らせる。
「スカベンジャーズのキャプテン……。
ジョグ・レナンデー様に相応しい獲物が、久々に現れやがった!」
少年を包み込むのは、通常のPLと比べ明らかに大型な……鉄塊と呼ぶべきモンスター・マシーン。
人の凶暴さを加えられた機体が、自身に秘められた機動力を解放すべく、戦闘モードに切り替わった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085693629799
そして、お読み頂きありがとうございます。
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