飛ばせ……

 リッターのマニュピレーターを瞬時に操作……。

 機体を受け止めた結果、周囲になぎ倒された樹木の一つを掴み上げる。

 姿勢は……まだ倒れたまま。


 アレルは、おそらく俺の単調な攻撃に肩透かしを食らっているのだろう。

 バックカメラで見てみるも、さりげない手の動きに気付いた様子は――ない。


「――いけっ!」


 瞬時に機体を立ち上がらせ、ミストルティンに向けて振り向かせる。

 その挙動から遠心力も得つつ、リッターが俺の操作に従い、手へ掴んだものを放り投げた。

 すなわち……倒木した樹木だ。


 PLの挙動というものは、面白い。

 人型をしているためか、パイロットと補助AIの動揺が手に取るように分かってしまう。


 投げられたのは――その辺に生えている樹木。

 PLに採用されている複合合金の強度を思えば、到底、脅威といえる攻撃ではない。

 それがまず、AIの目をくらます。

 無視するべきか回避するべきか、判断が追いつかないのだ。

 ならば、これを瞬時に判断しなければいけないのは、パイロットなのだが……。


 油断し、かつ、まったく予想外の攻撃を受けたアレルは――判断しきれない。

 結果、投げ放たれた樹木は見事にミストルティンの胸部へ直撃し、純白の機体がわずかに身をのけぞらせた。


「この瞬間を――」


 リッターの全出力を解放。

 お父様が手配したスタッフの手により、常に万全の状態を保たれている機体は、俺の操縦へ寸分の狂いもなく呼応してくれる。


「――待っていたんだぁーっ!」


 フローティング・システムを全開放して行うのは――突撃。

 ただし、相手が準備万端だったこれまでと今回とでは、状況が異なった。

 体勢を崩された状態で、一手対処が遅れるのは、人間もPLも――同じ。


 しかし、そこはさすがに天才パイロットとして知られるアレルということだろう。

 投てきの直撃を受けてのけぞったミストルティンは、そののけぞった姿勢なまま、フローティング・システムを起動。

 足底のスラスターを全力噴射し、滑るように背後へと飛んでいく。


 リッターとミストルティンの設計思想は、同じ。

 あらゆる場面に対応することを目指した万能機だ。

 ただし、公爵家当主の専用機にふさわしく、徹底的なカスタマイズが施されたあちらは、スラスターの出力一つを取っても、こちらを大きく上回っている。

 要するに、普通にタックルするだけならば、百年経っても追いつけないということ……。

 だが、その動きは――読んでいた。

 そして、その足りない性能差を埋めるための工夫は、すでについているのだ。


「ごめん、リッター」


 愛機――そう、もうこいつは俺の愛機だ――に詫びながら、事前に登録しておいた動作を実行させる。

 すると、リッターは右手で左手首を握り締めた。

 強固な構造をしているPLであるが、やはり、ロボットの宿命として、関節部は相対的にもろくなる。

 ゆえに、リッターが最大パワーを発揮すれば、自分の手首をもぎ取ることは――可能。


 ――バキイッ!


 ……という、フレームの断裂する音を響かせながら、左手が引っこ抜かれた。

 引き抜かれた左手首から、いくつかのケーブルが人間の血管じみて垂れ下がっており、感受性の高い者なら痛々しさを感じてしまうに違いない。


 ――許せ、リッター。


 ――これが、唯一思いついたあいつに勝つ方法なんだ。


 そして、受けるがいい……アレル・ラノーグよ。

 これから放つのは、ロボットアニメの金字塔において、代名詞のごとく扱われていた武装を模したものだ。

 すなわち……。


「ロケットォ――」


 俺の操作に合わせ……。


「――パーンチッ!」


 リッターが、手にしていた左手首を放り投げた。

 もちろん、地球を防衛する企業のロボットがやっていたようにぶん投げただけなので、ロケット噴射などという気の利いたものは存在しない。

 だが、長いことつっ立ってるだけで内部機構スッカスカだった防衛企業のロボットと異なり、こっちは現役バリバリな主力量産機である。

 パワーというものが――違う。

 全力推進していた機体速度に、全出力を投じた投てき。

 両者が合わさった結果、左手首は砲弾めいた勢いで後退するミストルティンに向かう。


 アレルの操作によるものだろう。

 ミストルティンは、半ば反射的に背部のブレードへ手を伸ばし――その動きを止めた。

 そう……武装の使用禁止は、あちらが言い出したことである。

 よって、迎撃は不可能。

 さらに、全速力で後退してしまった結果、方向転換も――不可能。

 ならば、結果は……。


 ――カーン!


 ……という、どこか間の抜けたような音が響く。

 投げられた左手首が……リッターの左マニュピレーターが、ミストルティンの頭部に命中し、そのまま転がり落ちたのだ。


 ミストルティンは、急制動して地面に着地し……。

 こちらもまた、減速して着地する。

 ミストルティンとリッター……銀河最強クラスのカスタム機とありふれた量産機が、互いの視線を交差させた。


『……一つだけいいでしょうか?』


 サブモニターに開かれた通信ウィンドウは、しかし、相手の顔を映すことがない。

 サウンドオンリー。

 その選択が、逆に彼の表情をありありと連想させる。


『木やマニュピレーターを投げつけるのは、ルール違反なのでは?』


 当然といえば、当然の質問。

 なので、俺はあらかじめ用意していた答えを返すことにした。


「使用を禁止されているのは、武装です。

 そこら辺に生えている木が、武器に見えますか?」


 俺の操縦に従い、あえて大仰な動作で、ロマーノフ邸周囲の森をリッターが見渡す。


「また、マニュピレーターは当然マニュピレーターであり、機体の一部です。

 ライフルやブレードのように、保持して使うことを前提としてはいませんので、やはり武装に当たらないかと」


『屁理屈を……。

 機体から手をもいで投げつけるなど、想定しているはずがないでしょう?』


「実戦で同じことをされたとしましょう。

 相手のマニュピレーターは、そうと見せかけた爆弾で、この投てきを予期していなかったアレル様は、哀れコックピットに直撃を受けてしまいます。

 ――どかーん」


 意識して気の抜けた声を出し、一拍置く。


「ざんねん! アレルさまのぼうけんは、これでおわってしまった!」


『ぐぬっ……!』


 積み重ねた理……ロジックは、こちらにある。

 言い返せないアレルは、くやしげにほぞを噛んだようだ。


「まあ、単なるトンチであることは百も承知していますし、二度と同じ手が通用しないこともよく理解しています。

 ただ、この条件でわたしが勝利するには、これしかなかったことは、ご理解ください。

 何しろ、相手は天才アレル・ラノーグなのですから」


『……』


 アレルは、しばし黙り込んでいたが……。


『……まあ、ここはおだてられておきましょう』


 ようやく機嫌を直したか、通信ウィンドウに顔を出す。

 うちのお父様も大概だが、こいつもこいつでチョロいな。


『それで、賭けに勝った報酬として、何をおねだりするのですか?』


「それはですね……」


 さわやかな仮面を取り戻した貴公子殿へ、かねてより温めていた要求を突きつけた。


『それは……』


 アレルが、意表を突かれた顔となる。

 これは、彼にしてみれば容易に叶えられるおねだりであり……。

 ロマーノフ大公家のご令嬢がしてくるとは、到底思えない内容のおねだりであった。




--



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085074935176


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