計画通り

 アレル・ラノーグ……。

 若くしてラノーグ公爵家の大領を受け継ぐことになった彼を、ひと言で表すならば――貴公子。

 だが、それは裏に潜んでいる顔を知らない人間の評価というしかない。

 その本性が野心家であるということは、彼がミストルティンと共に降下してきた際、触れた通りであった。


 しかし、ひと口に野心家といっても、その性質はいくつにも分けられる。

 例えば、同じ天下人であっても、足利尊氏と徳川家康とでは、記録に残されている人間性が大きく異なるようにだ。


 では、アレルがどういう種類の野心家であるかといえば、それは演じられる野心家という他にないだろう。

 『パーソナル・ラバーズ』作中においても、彼は皇帝が崩御してから実際に戦国時代状態へ突入するまでの間、極めて慎重に行動していた。

 あくまでも皇家へ忠誠を誓う大貴族として振る舞い、落胤らくいんである主人公に対しても、何くれとなく世話を焼いてあげるお兄さんとして接触したのである。


 アレルルートにおいては、そんな彼の仮面を剥ぎ取り、素の感情を引き出すというのが大きな山場となっていた。

 その上で、主人公は恋人として……そして、帝国をより良く改革したいと願う同士として、アレルと共に歩むのである。


 そういった彼の行動方針は、この俺ことカミュ・ロマーノフに対しても同じ……。

 本当は遠隔で公務を行いたいだろうところへ、フルタイムで勤務するアルバイト並みの時間を――しかも休憩なしで――小娘相手の操縦訓練に費やすのだから、心中では思うところもあるだろう。

 だが、嫌な顔ひとつせず……ばかりか、臣下が主人に接するかのごとく俺のことを立て、優しく接しているのだ。


 かように鉄壁の仮面を有するアレル君であるが、ただ一つ、隠しきれない本性が存在した。

 すなわち……。


 ――負けず嫌い。


 ……という側面である。

 全攻略対象共通ルートの序盤……要するに、攻略対象たちの顔見せをするイベントが連続する場面で、彼はある貴族から大いに侮辱を受けてしまう。

 その貴族いわく、皇帝の隠し子へ取り入ろうなどというのは、誠に下心が見え透いているというのだ。


 彼は、その言葉を笑顔で受け流――さなかった。

 ばかりか、売り言葉に買い言葉とばかりに言葉の応酬を重ね、ついにはその貴族とPLを用いた決闘へと発展。

 ミストルティンを用いて、圧倒的なというか大人げない戦闘力差を見せつけ、その貴族を瞬殺してしまうのである。

 これは、侮辱を受け流せない彼の人間性を如実に表したエピソードであるといえるだろう。


 だから――俺の提案を彼は拒めない。


『ほう……賭け、ですか?』


 それを裏付けるように、サブモニターに開かれた通信ウィンドウの中で、彼は眉をひくつかせていた。

 それも、そのはずだろう……。

 賭けを持ち出したということは、すなわち、勝算があるということ。

 昨日今日にPLへ乗り始めたばかりの小娘が、天才パイロットたるアレル・ラノーグに勝てると思っているのだ。


 ――舐めるな。


 胸中に渦巻くのは、そのような感情であるに違いない。


『ですが、困りましたね。

 ルールに従えば、僕はカミュ殿に勝利する手立てがない。

 とすれば、何をもって勝ちとするか』


 ほら、乗ってくる。

 思い通りの言葉を返してくるアレルに心中で笑みを浮かべながら、俺は努めて思案げな様子をみせた。


「そうですね……。

 では、この後、十分以内でわたしの機体がそちらに触れられなかったら、アレル様の勝ちでいかがでしょう?」


『ほおう……』


 うわ、顔は笑ってるけど、声に秘められた怒気がすごい。


『それは、それは、随分と自信が付きましたね。

 では、勝ったら何を要求してきますか?』


「それは、勝った時のお楽しみです」


『では、負けたら何を差し出します?

 賭けであるからには、ベットがなければ』


「それは、考えていませんでしたね。

 負けることを想定していませんでしたから」


 ――ブチィッ!


 ……という音が、聞こえてくるようだ。


『……なら、勝った時にゆっくりと考えさせて頂きましょう』


「ええ、それがよろしいかと」


 涼しい顔で答え、通信は終了。

 いつもと同じ距離を取ったミストルティンが、半身に構える。

 さあ……勝負開始だ。




--




「一体、何を考えているのか……」


 ミストルティンのコックピット内でつぶやきながら、アレルは相手の出方を待ち受けていた。

 サブモニターに表示されているのは、カウントを刻むタイマー……。

 これは、アレルがまんまと乗せられたことの証である。


 ――いけないな。


 ――安い挑発に乗った。


 熱しやすく冷めやすいのが、アレルという少年の明確な短所であり長所だ。

 冷えた頭で、自分が挑発に乗せられたことを理解した。

 だが、それはすなわち、冷静さを取り戻したということ……。

 この勝負で、冷静さを欠いたのが原因で負けることはないと、断言できる精神状態である。


 相手を見ながら思い浮かべるのは、ここ数日に行った模擬戦の内容だ。

 カミュの操るリッターは、手を変え品を変え、様々な方法でこちらへのタッチを試みてきたが……。

 アレルの方は、その全てを見抜き、かわし、捌いて今日に至る。


 確かに、PLの操縦というものは、難易度が素人の想像より低い。

 それは、先人の様々な努力により、操縦の簡略化がなされてきた結果であろう。

 しかし、だからこそ……一対一の格闘戦を行うような場面では、彼我の力量差がハッキリと表れてしまうものなのだ。


 確かに、自分が施した訓練により、カミュの力量は飛躍的に向上していた。

 だが、それでも自分には遠く及ばない。

 だというのに、どうしてああも強気に出られたのか……。


「これは……」


 訝しんでいると、カミュの操作するリッターが不思議な構えを取る。

 両拳を地面につき……。

 地を這うような姿勢で、ぐぐりと両足に力を込め始めたのだ。


「なんだ……?」


 もし、アレルにスモウの知識があれば、これは平蜘蛛と呼ばれる体勢であると看破しただろう。

 だが、そこから放たれるであろう技は、知識がなくとも見抜けた。

 すなわち……。


「――超低空姿勢でのタックルか!?」


 見立ては正しく、リッターが爆発的な加速力でタックルへと転じる。

 PLの腕力と脚力……さらにはフローティング・システムによる飛翔力までも加わったそれは、間違いなく最速の体当たりだ。

 だが、直線的な軌道を描く一撃など、アレルには目を閉じてもかわせた。


「甘い」


 言いながら、瞬時に肉薄してきたリッターの突撃をかわし、ついでに、ミストルティンの右足で後頭部を小突いてやる。


 ――ズシャアアアアアッ!


 まるで、最初の模擬戦で行われた攻防の再現……。

 いや、それ以上の勢いで相手のリッターが地を滑り、屋敷の周辺に生える木々をなぎ倒した。


「こんなものが、カミュ殿の策か……?」


 やや、拍子抜けした気分でつぶやく。


「しかし、まあ、考えてもみれば、子供の浅知恵か……」


 結論を出すアレルだが……。

 それは、あまりに早計であった。




――




 土にまみれたメインモニターの画面が、カメラへ搭載された洗浄装置によって洗われるのを見ながら叫ぶ。


「――計画通り!」


 ここまでも……そして、ここからも、対アレル用に考えた策だったのである。




--



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085010562571


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