カミュという少女

『それで、今ははるばる大公家のお屋敷に逗留し、そこのお嬢様……。

 あー……名前はなんといったか?』


「カミュ殿だよ。ケンジ。

 君も、もし本人に会ったなら、すぐに忘れられなくなるさ。

 それくらい、強烈な個性をお持ちのご令嬢だ」


 滞在しているロマーノフ大公家の客室で、アレルは映し出されたホログラフィック映像に向け、肩をすくめながらそう答えた。

 ホログラフィックにより、遥か遠方におりながら、まるで目の前へ立っているかのような青年は……少々、特殊な出で立ちをした日系人である。

 まず、着ている衣服というものが、一般的な帝国民のそれとかけ離れていた。


 ――キモノ。


 彼ら日本人が、旧世紀の昔より受け継いできたという伝統装束である。

 しかも、平時である今こそ帯刀していないが……いざカタナを握らせたならば、いにしえの時代に活躍していたというサムライに引けを取らぬか、あるいは凌駕するほどの腕前であることを、アレルはよく知っていた。


 装束も武芸も祖先より受け継ぎ、黒髪を後ろに撫でつけた青年の両目は、しかし、これだけはややミスマッチなサングラスによって覆われている。

 そればかりか、通常は向き合って会話するのが基本であるホログラフィック通信を用いていながら、彼の目線はどこか斜め方向へとズレていた。

 わざとではない。

 見えていないのである。


『珍しいな。

 君が、女性に興味を持つとは。

 この目で見ることがかなわないのは残念だが、さぞ、美しいお嬢さんなのだろう』


「冗談はよしてくれよ。

 相手はまだ十二歳。子供だ。

 そういう対象にはならないよ」


『冗談ではないさ』


 その目に光は映らなくなったが、帝国貴族としての政治的視野までも失ったケンジではない。


『ただでさえ、家を継いで忙しい君が、わざわざ教官役などを引き受けたのだ。

 そこには、政治的な思惑も当然絡んでいるだろう?

 例えば、そう……。

 お嬢様の覚えをめでたくして、将来的には結婚し、ロマーノフ大公家とラノーグ公爵家を結びつけるとか。

 もし、そうなったなら、向かうところ敵なしの銀河最強勢力が誕生だ』


 カメラ目線ではないのが惜しまれる鋭い眼差しで、アレルの狙いを口にしてみせた。


「まあ、否定はしないよ。

 ただし、打診してきたのは向こうで、その狙いを抱いているのも、向こうの方だ」


 正確には、大公本人ではなくその腹心が勝手にやったようなのだが……。

 まあ、家を取り仕切っているのはあの老爺のようなので、そこは省略して語る。


『だが、乗ったのだろう?

 なら、君の方だって同じさ。

 それに、相手は十二歳と言ったが、君だってまだ十六歳になったばかりだ。

 年齢のつり合いは取れているし、あと四年もすればお似合いの二人になるだろうさ』


「もし、そうなったなら、祝福してくれるかい?」


『そうだな。

 君が太い客のままでいてくれるなら、タナカ伯爵家当主として、心から祝福しよう。

 ただし……。

 時勢というものは、極めて流動的だからね』


 音声のみを介した通信でも、相手の感情というのは伝わってくるもの……。

 まして、ホログラフィックを使用したそれであるので、生の肉体で向き合っているかのごとく、互いの間に緊張が走った。


 ケンジは良き友人であり、今のところは極めて友好的な関係を築けている貴族家当主だ。

 だが、真の友情などというものは存在し得ないのが、貴族間の関係性というものである。

 もっとも、そこを適当な言葉でごまかすことなく、真っ直ぐに伝えてくるのがケンジという青年の愚直なところであり、アレルにとっては好感を抱ける部分であったが……。


「ああ、せいぜい、良いお客様で友人でいられることを願っておくさ」


『そうだな。私の方も、それを祈っておこう。

 それで、話をカミュというお嬢様に戻すが……。

 どうかな? 鉄の男の娘は?

 PLの操縦に関して、センスはありそうか?』


 光を失い、さらには分厚いサングラスに覆われたケンジの両目が、きらりと輝いたのを感じる。

 ケンジは、ただカタナの扱いに秀でているだけではない……。

 PLの操縦に関しても、アレルとほぼ互角――近接戦闘のセンスに関しては、上回るところがあった。

 そんな彼であるから、戦士の本能として、銀河有数のパイロットである男の娘が素質を受け継いでいるか……大いに気になったのであろう。


「今のところは、なんとも言えないね。

 思い切りはいいし、判断は悪くない。

 ただし、操縦としてのセンスはというと……これは、それほどのものでもないんじゃないかと思う」


『なんだ、そうなのか』


 あからさまに落胆した様子を見せるケンジに対し、「ただし」と続けた。


「PLの操縦を楽しむことに関しては、多分、銀河随一だ。

 それを才能と呼ぶなら、天才なんじゃないかな?」


『それほどにか?』


「そうとも。

 例えば、今の時間は屋敷のプールで水泳のレッスンを受けているそうだが、それが終わってしまえば、今日の習い事は終わりだ。

 で、習い事が終わったなら――」


 ――バタン!


 ……という音と共に、部屋のドアが開かれたのはその時である。

 貴族の本能として刺客を警戒し、瞬時に身構えたアレルであったが、その心配は杞憂であった。

 何故なら……。

 姿を現したのは、白い水着に身を包んだ銀髪の少女だったからである。


「アレル様! 今日の習い事が終わりました!

 さあ! さっそく、PLの訓練をしましょう!」


「お嬢様! まだ体を拭いていません!」


 全身濡れずみの彼女――カミュを追いかけて、お付きの金髪メイドがバスタオル片手に姿を現す。


「カミュ殿……なんて格好です」


 アレルはといえば、両目を手で塞ぎながら、天井に顔を向けるしかない。


『ハッハッハ!

 いや、君がそんな反応をするのは、実に珍しい!

 これは、裸眼ではなくゴーグルをして通信するべきだったな!』


 背後から、ケンジの愉快そうな声が響いていた。




--




 カミュという少女は――異常だ。

 自動車しかり、バイクしかり……。

 乗り物の操縦というものは、多かれ少なかれ疲労するものである。

 まして、取り得る挙動の幅が無限に近しいPLの操縦であるのだから、いかに重力制御システムでGの負担がないとはいえ、通常は三時間ほどで集中力が低下するものであった。


 この少女に、それはない。

 およそ昼を回ったくらいには大公家ご令嬢としての習い事を全て終え、その後は、完全に夜となるまで休みなくPLの操縦訓練を続けるのである。


 しかも、アレルは初日以外、訓練内容に一切の容赦を加えていなかった。

 さすがに年齢と性別を考慮し、基礎的な体力作りのみは排除しているが……。

 逆に言えば、操縦訓練の内容に関しては、まったく考慮していないということ。


 ラノーグ公爵家の正規パイロットに課される操縦訓練を過不足なく施し、しかも、一日の締めとして必ず初日と同じ模擬戦闘を、たっぷり一時間は行っているのだ。

 プログラムとして考えるなら、なまかな正規パイロットよりよほど充実したそれであるといえるだろう。


 それらの、大人でも音を上げる――あるいは物理的に胃の内容物を吐き出す――内容を、カミュは苦もなくこなす。

 それだけではない。

 楽しんで、これを行うのである。


 ハッキリいって、お嬢様に万が一のことがないよう気を張って監督するアレルの方が、ギブアップしたくなる状況であった。


「さあ、それでは、本日も締めの模擬戦を行いましょうか。

 ルールは、いつも通りです」


 そのため、やや疲労感を覚えながら、通信ウィンドウを開く。

 すると、ウィンドウの向こうに映し出されたパイロットスーツ姿の少女は、大胆にもこんなことを提案してきたのである。


『アレル様……。

 この勝負、一つ賭けをしませんか?』



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084946493337


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