模擬戦
この世で、最も心躍るもの……。
そう聞かれて思い浮かべる答えというものは、それこそ千差万別であろう。
ただ、ロボアニオタの俺としては、やはり筆頭として脳裏をかすめるのが、人型ロボット同士による決闘というシチュエーションであった。
人間の形をした巨大なマシーンが、それこそ人間のごとく向き合い、雌雄を決するべくぶつかるのだ。
これこそ――花形。
多数対多数や、一対多の戦いとは異なる趣きがあるのが、一対一の決闘なのである。
その決闘に、今、俺は挑まんとしていた。
「相手はミストルティン……。
機動性、運動性、関節可動域……全ての面でリッターを上回る完全上位互換機だ」
ロボットアニメにおける決闘といえばいくつでも存在するが、その中でも、ベテランパイロット対新米パイロットによる女と試作機をかけたバトルというシチュエーションを思い出しながら、つぶやく。
「対して、こちらは特徴がないのが特徴……一回、これ言ってみたかったんだよね。
状況だけで見たら、あのアニメより随分と不利なわけだけど……」
一人きりとなったコックピットで、誰にはばかることなくぶつぶつとやりながら、モニターを注視した。
たっぷり二百メートルほどの距離を置いて相対するのは――ミストルティン。
純白のPLは、たった今、主を内側に取り込んで、待機姿勢から立ち上がったところである。
と、サブモニターの一部にウィンドウが開く。
向こうからの通信を受け入れたのだ。
『それでは、準備はよろ――』
「――いつでもいけます!」
食い気味に答えると、ウィンドウに映ったアレルが苦笑を浮かべた。
『……ははは、準備万端のようですね。
ですが、念のために、もう一度レギュレーションを説明しておきます』
アレルがそう言うと、ミストルティンの保持していたビームライフルが、地面に投げ捨てられる。
同時に、左肩へ装着していたシールドも放棄された。
ちなみにだが、向こうが乗りこむまでの間に、こちらのリッターもビームライフルを捨ててある。
これで、お互いの武装は展開前のブレードだけだ。
『勝負は、格闘戦……。
お互い、ブレードを装備した機体ですが、これを含めて武器は一切使用しません。
それ以外は、何をしても自由です。
――ただし』
身軽となった万能専用機が、人間じみた動作で肩をすくめてみせる。
『互いの練度差は、口にして語るまでもありません。
そのため、カミュ殿は、機体のマニュピレーターがわずかでもこちらに触れさえすれば勝ちとします。
逆に、こちらは何をしようとも、そちらに勝つことはできません。
強いて言うならば、カミュ殿が根負けした時が、こちらの勝ちというところでしょうか。
特に時間制限は設けませんからね』
「望むところです」
心中で舌なめずりしながら、答えた。
それはつまり、こちらの気が済むまで、無限にじゃれ合うことができるということ……。
心ゆくまでPLを動かしたい俺としては、願ったり叶ったりの欲張りフルコースだ。
こう、ラーメンとカレーとハンバーグが、セットで並べられたような気分だな。
『では、確認はここまでです。
先程慣らした通りの手順で、機体は動きます。
思うようにかかってきてください』
――ザリイッ!
……という音と共に地面を削り、ミストルティンが半身で構える。
体勢としては、ほぼ自然体に近い。
だが、それが隙を極限まで減らし、こちらがどう出ようとも対応可能とするための構えであることは、武道の素人でも推察することができた。
何より、匂い立っているのだ。
搭乗するアレル・ラノーグというパイロットの――強さが。
自動車だって、サンデードライバーが運転する車とタクシードライバーが運転するそれでは、挙動に明白な差が出る。
PLの場合、人型をしているからこそ……搭乗者の練度と個性というものが、装甲を超えて伝わってきた。
さて……どうするか。
なんてね。考えは最初から決めている。
「やーっ!」
我ながら迫力のない声で叫びながら、操縦桿を操作した。
駆け引きもへったくれもない。
フローティング・システムとスラスターを全開にした乗機が、素晴らしい加速力でミストルティンに突貫する。
『――甘い』
が、そんなものが、『パーソナル・ラバーズ』のゲーム中でも天才として名高かったアレルに通じるはずはない。
ミストルティンは最小動作で横に身を引き、ついでとばかりに、右足を突き出してきた。
ちょうど、突っ込んだ俺のリッターが、足を払われる形である。
「――わっ!?」
などと叫んだところで、遅い。
リッターは無様にも地面へ転がることとなり、そのままズシャーッと滑って森の木を何本かなぎ倒してしまった。
「まあ、やみくもに突っ込んでみても、こうなるのがオチだよね」
半ばこのオチを予想していた俺は、つぶやきながら機体を立たせる。
それにしても素晴らしいのが重力制御システムの恩恵で、このような転び方をしたというのに、コックピット内部にはいささかの衝撃もない。
もし、今の衝撃がダイナミックに伝わっていたのであれば、いかに超高価なパイロットスーツを着ているとはいえ、華奢なこの体は耐えきれずに意識を手放してしまっていただろう。
「だったら、これ……」
あらかじめ選択していたモーションを、機体に取らせる。
足は、かかとを浮かせるように……。
人間でいえばあごの辺りで拳を構えるが、左拳が前で、右拳をやや引いた形の構えだ。
この構えが意味するものは、ただ一つ。
『ほう? ボクシングですか?
良い選択です』
言いながら、アレルもまたミストルティンに、似たような構えを取らせた。
これこそが、俺の――秘策。
およそあらゆる格闘技において、最速の拳打こそがジャブ。
ならば、それは人体を模した構造であるPLもまた同じ。
マニュピレーターが触れさえすれば勝ちというルールである以上、これこそが最も冴えた選択だ。
「――ふっ!」
動くのは俺でなく機体の方だが、それでも、気分というものは乗ってしまうもの……。
自分自身が放つかのように短く呼気を発し、機体にジャブを繰り出させる。
『お上手、お上手……』
それを、余裕で捌くのがアレルの操るミストルティンであった。
なんて優雅な……スウェー。
最速で放たれたはずの拳は、まったく触れることがかなわず、純白の機体にかわされ続ける。
そんな攻撃を、何度か続けたところ……。
『では、反撃です』
アレルがそう言うと、ミストルティンは驚くほど俊敏な動作でこちらの左に回り、リッターの左腕部を掴み上げた。
同時に、メインモニターに映る景色が、激しく動き回る。
こちらの腕を掴み上げたミストルティンは、パワーにモノを言わせて投げ飛ばしてきたのだ。
いかにジャブの勢いを利用しているとはいえ、人間の柔術では相当な達人でない限り難しい技……。
それを、力づくで成立させてきた……!
「――きゃうっ!?」
衝撃はないが、機体と合一化していた心が、それを受け止めてしまう。
女の子みたいな――いや、今は女の子だけど――悲鳴を上げた俺は、上下逆さまとなったコックピット内で、しかし瞳を輝かせる。
「楽しい……!
PLの格闘戦、楽しい……!」
何もかもが――極上。
しかも、まだまだこれを続けられるという喜びに、小さな胸は張り裂けそうだった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084874035908
そして、お読み頂きありがとうございます。
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