初体験
「では、早速、起動手順を学んでいきましょう。
僕に続いて、操作していって下さい」
「ひゃ、ひゃい……」
戦闘機の操縦席であると考えれば広く、乗り物の運転席として考えれば狭いコックピットの中……。
隣からささやかれるようにされた俺は、うわずった声で反応してしまった。
眼前に並ぶ計器もモニターの配置も、先日乗せてもらったティルフィングのコックピットと同一……。
これは、兵器としての規格化を進めた結果であろう。
まあ、自動車にハンドルとペダルが必ず付いているのと同じようなもんだ。機体ごとで、無駄に変えるべきでない箇所というものがある。
ただ一点、大きく異なっているのが、中心部たるパイロットシートに座っているのが、他者でなくこの俺本人であるということだ。
本来なら、大興奮間違いなしのシチュエーション……。
実際、胸はバックンバックンと高鳴っていた。
ただし、ロボットを実際に操縦する喜びにではなく、死の恐怖にだがな!
「まずは、プラネット・リアクターを起動させましょう。
ここのスイッチ。
これを長押しすることで、PLの主動力は動き始めます」
その原因たる死神――じゃなかった、アレル・ラノーグが、そう言いながら目の前にあるスイッチを指し示す。
さながら、自動車教習所の教官が、そうするように……。
彼は引き出したサブシートに座り、俺の隣でリッターのコックピットへと収まっていた。
「そ、そうなんですか。
そういえば、PLのコックピットってカギとかはかけないんですね」
ロボットへ乗り込む喜び。
順当に進んじゃうと、四年後に自分へ灼熱の重金属粒子をぶち込む死神が隣にいる恐怖。
両者が脳内でせめぎ合い、大混乱した俺は、なんとなく全ロボアニオタクが一度は考えることを口にしてしまう。
コズミックがイライラしてしまう世界観の作品なんて、ビニール傘感覚で最新兵器がパクられまくってるからな。
「兵器というのは、そういうものです。
緊急時、誰でも動かせるようにしておかなければならないですから。
災害時や建築現場で、乗り物のキーを差しっ放しにしておくのと同じですね」
「へ、へえー。そうなんですね。
あ、では、起動させます」
優しく……そう、どこまでも優しく説明してくれるアレルの言葉を聞きながら、主動力の起動スイッチに手を伸ばした。
親指で――押し込む。
思ったより固く重いスイッチを数秒間押し込むと、変化が起こる。
――ヴン。
という、モスキート音じみた駆動音と共にプラネット・リアクターへ火が入り、わずかにお尻を揺るがしたのだ。
瞬間……。
前世の攻略情報やら何やらが錯綜していた俺の脳内は、一気にクリアなものとなる。
「起動した……!
わたしが、起動させた……!」
「その通りです。
では、続いて起動前診断をやっていきましょう。
本当にどうにもならない緊急時に関しては、省略することもありますが、そうでない場合には必ず行わなければならない手順です」
さっきまで恐怖感を抱いていたアレルの顔も声も、今は気にならない。
まるで、シートを通じて神経が伸びていったかのよう……。
鋼鉄の巨人と自分が繋がりつつあるのを、俺は確かに実感していた。
早く……早く動かしたい。
「はい、お願いします……!」
だから俺は、そう言って教えを請うたのだ。
「では、こちらのサブモニターをご覧下さい。
AIが診断を行ってくれますが、搭乗者の義務として、各項目の意味を学んでいきましょう」
先日、お父様が行った起動手順の意味について、アレルが解説していく。
俺は、水を受けたスポンジのようにそれらを吸収し、自分のものとしていった。
--
「走っている……!
走っています……!」
握り締めた操縦桿から伝わってくる機体の鼓動……。
何より、三枚の縦型モニターへ映されるリッターの視界から、確かに乗り込んでいる機体が走っていることの実感を得た俺は、はしゃぎながらそう口にしていた。
「そうですとも。
PLは多くの動作でAIによる補助が加わるため、よほど無理な姿勢を取ろうとするか、あるいは外部からのダメージがない限り転ぶことはありません。
安心して、機体の感覚を掴んでください」
「ようし……!」
アレルの言葉へ、舌なめずりしながら答える。
脳裏へよぎっていたのは、先日、お父様が見せていたマニューバの数々だ。
確か、バク転をする時は……。
「――おおっ!?」
優雅な表情を崩さなかったアレルが、わずかに驚きの声を漏らす。
それも、そのはずだろう。
フローティング・システムが起動していない状態で機体を後方へジャンプさせ、ばかりか、上下逆さまの状態で地面へと突っ込んだのだから。
こうすれば――おそらく。
俺の読み通り、リッターの補助AIは俊敏な反応を見せ、頭から落下する前に地面へ手をつく。
そのまま、反動により機体を跳ね上げ、バク転が成功した。
なるほど。先日、ティルフィングが頭から落下した時みたいに、動揺したパイロットが無駄にレバガチャしない限りは、AIが最適な動作を実行してくれるわけだ。
そして、その挙動を応用すれば、こういったアクロバットも可能となるのである。
「……驚かせないで下さい。
そして、よく思いつきましたね。こんな挙動」
初めて素の感情を見せたアレルが、抗議するような眼差しを向けてきた。
「ふふ……。
先日、お父様がティルフィングに乗せてくださって、これを披露してくれたのです。
その真似をしただけですよ」
「ウォルガフ殿の……。
こういう動かし方をする人でしたか」
何か考え込むアレルであったが、俺の好奇心は止まらない。
「次は側転……今度は、回転ジャンプ……!」
思いつく動作を、次から次へと機体に実行させていく。
お父様の隣で、操縦しているところを見せてもらった感動も大きかったが……。
今日のこれは、次元が違う。
自分の意識というものが拡大して十八メートル級の機械巨人へと宿り、一心同体と化しているような……そんな感覚が味わえているのだ。
「カミュ殿。
今度は、フローティング・システムを試してみましょう。
操縦桿の横についているスイッチ――そう、それです。
そこを操作して、地上モードから空中動作モードへと切り替えて下さい」
「分かりました」
言われるままに操作し、機体の動作モードを切り替える。
すると、リッターの周囲に重力子が展開され、機体の重量をほぼゼロへと低減させた。
「この状態でスラスターやアポジモーターを操作することにより、PLは大気圏内でも宇宙空間のような自由自在な操作が可能です。
……と、説明するまでもなく試してますね」
「あはは!
速い! 速い!」
アレルの苦笑いを受けながらも、俺は操縦桿やフットペダルを操り、思うままに機体を空中飛行させる。
この……軽快な機動性!
例えば、トム・クルーズが主演を務めたあの戦闘機映画は、揚力により飛翔する機械ならではの重々しさや、Gの過酷さというものが大いに強調されていた。
だが、揚力に頼らず飛翔し、重力操作システムによりパイロットがGを感じないPLでの飛行に、そのような制約はない。
どこまでも――自由。
それが、PLというマシーンによる飛行なのだ。
「うん……」
アレルは、好き勝手に機体を操る俺を見ながら、何か考え込んでいたが……。
「カミュ殿。
よければ、僕と模擬戦をやってみませんか?」
やおら口を開くと、そのような提案をしてきたのであった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084818393727
そして、お読み頂きありがとうございます。
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