攻略対象登場

 大気圏突破の高熱を、軽々と突破し……。

 フローティング・システムによる飛行をした機体が、静かに屋敷の近くへと舞い降りる。


 ――純白。


 あのマシーンを見て、第一に抱く印象はそれであろう。

 右手に保持したビームライフル以外、全ての装甲が汚れなき白に染め上げられているのだ。

 それにしても、全体的なシルエットのなんと美しいことだろうか……。


 細身で均整の取れたフレームには、曲線を描く装甲が複雑に被せられており……。

 まるで、西洋甲冑をそのままPLの姿にしたかのようである。

 左側面には、機体そのものすら覆えるだろう大きさのシールドが、スマート・ウェポン・ユニットとして自律浮遊し、バックパックからは、一対の展開式粒子振動ブレードが伸びていた。


 この機体……。

 このPLは……。


「ミストルティン……」


 俺は、思わずその名をつぶやく。


「ほお、お嬢様はご存知であらせられましたか?

 勉強熱心で、大変結構ですな」


 落ち着き払った様子で答えるセバスティアンと対照的に、憤慨しているのがお父様だ。


「ミストルティンだと!?

 セバスティアン! お前まさか、ラノーグ家の青二才にカミュの教育係を頼んだのか!?」


「そうですとも。

 年も近く、しかも、天才パイロットとして、帝国中にその名を轟かせているお方……。

 お嬢様の教育係として、これ以上にふさわしい方はおられないでしょう。

 いや、こちらからの打診を快く引き受けてくれて、本当によかった」


 涼しい顔で答えるセバスティアンをよそに、シールドを肩部のハード・ポイントへ装着したミストルティンが、膝立ちの待機姿勢へと移行する。

 そして、自動操縦で左手を動かし、胸部コックピットから出てきたパイロットを地面に下ろしたのだ。


 乗機と同じパイロットスーツに身を包んだパイロットは、スモークが濃いメット・グラスを装着していることもあって、ここからでは顔を伺うことができない。

 だが、これも乗機と同じく均整の取れた体つきは、およそ十代半ばの少年であろうと推察することができた。

 そして、俺はメットを解除してもらうまでもなく、あのパイロットがどんな顔をしているのか……おおよその推測ができている。


「では、皆様……お客人を、お出迎えすると致しましょう」


 屋敷の主はお父様なのだが、そんなことは知らぬとばかりにセバスティアンが仕切り、全員で玄関前へ出ることとなった。

 いかにも不機嫌そうな渋面となったお父様と俺を中心に……。

 セバスティアンとエリナ、そして黒騎士団が横一列となって玄関前に立つ。

 そうやって出迎えの準備が終わったところで、ミストルティンのパイロットがゆっくりと歩いてきた。

 そして、彼が首元を操作すると、メット・グラスがスーツへと収納される。


 そうして露わになったのは、なんというかこう、いかにも女の子が憧れそうな美男子……と言うには少し若いので、美少年の顔であった。

 黄金の髪は美しく整えられており、輝かんばかり。

 今着ているのはパイロットスーツだが、かぼちゃパンツとか履かせて白馬に乗せれば、白馬の王子様一丁上がりといった風体である。

 これなる少年の、名は……。


「ご当主殿に対しては、お久しぶり。

 それ以外の皆様やお嬢様に対しては、初めましてとなります。

 ――アレル・ラノーグ。

 要請を受け、ただ今参着致しました」


 優雅な一礼と共に、少年が名乗った。


 ――アレル・ラノーグ。


 俺はその名も顔も、なんならパーソナリティや乗機のスペックに至るまで、よーく知っている。

 何故なら、彼は『パーソナル・ラバーズ』のパッケージにおいて、愛機共々、堂々のセンターを飾っている人物であるからだ。

 つまりは、ゲーム内における攻略対象ということ……。

 しかも、メインヒロインならぬメインヒーローというべき立ち位置。プレイヤーが操作する主人公と並び立つ、もう一人の主役と呼ぶべき人物なのであった。


 ただし、ゲームの舞台となった事件は今から四年ばかり後の出来事であり、作中では二十歳の青年として登場する彼も、年相応に若々しいというか、未成熟な印象を受けるがな。


「アレル君。

 いや、家督を継いだ以上は、ラノーグ卿と呼ぶべきかな?

 まさか、貴君自らが我が娘の指導に来てくれるとは、恐れいった。

 まだまだ、家を継いだばかりで何かと忙しかろう?

 子供に操縦を教えている暇など、ないのではないかな?」


 十五、六歳の若造に向けるそれとしては、最大限の警戒を含んだ態度でお父様が告げる。

 それも、そのはずだろう……。

 彼が家督を継いだラノーグ公爵家は、我がロマーノフ大公家に匹敵するほどの大貴族家であり、銀河帝国における実質的なナンバーツーであった。

 しかも、前世のゲーム通りなら、彼本人の性質は――野心家。


 腐敗しつつある中央貴族たちを正し、自らが新たな皇帝となるべく戦乱の世に身を投じる……というのが、アレルルートの概要なのだ。

 まあ、軍事行動のトリガーとなるのが現皇帝の崩御であり、その隠し子である主人公の出現なので、皇帝が健在な現状では、ただの野心的な貴族に過ぎないと思うけど。


 そんなわけで、お父様からすれば、アレルという少年は若輩なれど最大のライバルであり、政敵と呼べる存在である。

 借りを作る……ましてや、一人娘である俺の教官係を任せるなど、言語道断に違いなかった。


 が、そこはロマーノフ大公家影の支配者であるセバスティアンの差配だ。

 おそらく、なんらかの深謀遠慮あってのことだろう。

 だから、問題は俺の心中ということになる。


 いや、わたしの心中というべきか。

 前世のゲームにおける記憶を得ている結果、心臓がバックンバックンと鳴っているのを感じていた。

 これって、恋のトキメキ!?

 そんなわけねーだろ。俺は同性愛者じゃねーぞ。

 まごうことなく、死への恐怖である。


 どの攻略対象を選んだ場合でも、わたしことカミュ・ロマーノフが破滅するのは転生前に思い描いていた通りであるが……。

 そこで涼しい顔をしているアレル君ルートの場合、ご丁寧にも彼はわたしがいる戦艦のブリッジに肉薄し、ビームライフルの一撃を撃ち込みあそばされるのであった。

 もちろん、そこで待機状態になってるミストルティンを駆ってね。

 このことを思うと、貴公子然とした彼の顔が、死神のそれに見えてくる。


「無論、多忙な身であることは確かです。

 ですが、父から引き継いだ家臣たちは、いずれも優秀……僕が領内におらずとも、公務を回すことは十分に可能です。

 それに、親愛なる大公閣下が一人娘の教育を頼んできたとあれば、無碍になどできませんとも」


「それは、そこのセバスティアンが――」


「黒騎士たち」


 お父様が言い終わる前に、セバスティアンはパチリと指を鳴らした。

 すると、黒騎士が二名……お父様の両脇を、がっしりと固める。


「「アーユーレディ!?」」


「よくないです! 待って!」


 抗議の声に聞く耳など持たず、屈強なる黒騎士たちがお父様を連行していく。


「これで、邪魔者はいなくなりましたな。

 では、アレル殿……どうかお嬢様へのご指導、よろしくお願いします」


「承知しました」


 せいせいしているのを隠そうともしないセバスティアンの言葉に、アレルはゲーム中のスチルと同じ、さわやかな笑顔で返した。



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084752874010

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084752903336


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