転生者にありがちな渇望

 ロマーノフ大公邸で働く者が、ここ最近、口を揃えて言う言葉がある。

 すなわち……。


 ――カミュお嬢様は変わった。


 ……と、いうものだ。

 ほんの少し前まで、彼女は氷の少女と呼ぶにふさわしい感情の起伏も、表情も、何もかもが乏しい娘であった。

 ただ、通信教育をする教師陣が舌を巻くほどに聡明であり……。

 いずれは、父であるウォルガフ大公の剛腕とはまた異なる形で、この家を盛り立てていくのだろうと思わせたものである。


 翻って、今の彼女はどうか。

 まず、最も目を引くのが人型機動兵器――PLに対する異常な執着だ。

 これまで、彼女の人生において、これなる兵器との接点は一切なかった。

 しかし、ある日の朝を境に、何故かこれを愛するようになり、果ては、自分もパイロットを目指すと言って家中どころか精鋭の黒騎士団までも巻き込んだ籠城騒動に発展させたのである。


 まあ、これに関しては説明がつく。

 珍しく父親と朝食を同席する機会に恵まれ、何か欲しいものはないかと尋ねられた彼女……。

 母を亡くし、多忙な父との交流が乏しかった彼女は愛に飢え、父が持つ力の象徴といえるPLへの同乗を申し出たのだ。

 結果が今であるわけだから、これは、氷のように思えていた少女にも当たり前の渇望があり、それがある種の作用をした結果であると考えられた。


 ……まあ、ウォルガフとかいう大貴族の風上にも置けないゴミは一時期使い物にならなかったが、これは本人に責任を取らせているのでノーカウントだ。


 と、いうわけで、PLへの執着に関しては説明がつくのだが、そうはいかないのが人間性の変化であり、食に関する嗜好の変化である。

 性格面に関してだが、かつて、氷のようであると評された少女はどこにいったのか……。

 今は、何事に対しても明るくハキハキと答え、下々の人間に対しても気さくな挨拶をくれるようになっていた。

 ただ、これは好ましい変化といえば変化であるし、PLの一件がきっかけで何か吹っ切れた……あるいは、壁が壊れたのだと思えば、納得可能である。


 まったくもって意味が分からないのは、食の好みが急激に変化したことだ。

 これまでは、リクエストを聞かれても何も興味を示さず、ティータイムに出される菓子に関しても、マナーを学ぶための教材としか見ていない節があった。

 今は、違う。

 とにかく――ライス。

 少なくとも、二日に一回はライスを要求してくる。

 しかも、それを主食として位置づけ、供される料理はライスに合う味付けのものを要求してくるのだから、これまでコース料理ばかり出していたお抱えの料理人は、五十を超えての勉強へ勤しむ羽目になっていた。


 そして、最近になって彼女が渇望してやまない料理……。

 それは……。




--




 脳裏をよぎるのは、鶏ガラや豚骨、魚介などに香味野菜を加えて煮込むことによって生じる、重層かつ濃厚な香りのハーモニー。

 口中へ蘇るのは、うっとりとするくらい滑らかな麺のすすり心地や、ぷちりと噛み切る際に生じる快感……。

 具は……これはもう、千差万別だ。

 例え少量であったとしても、見た目の鮮やかさと、口に入った際の香味で確かな存在感を放つネギ……。

 これは王道であり、もし、セットで小ライスを頼んでいたならば、食べ進めるための大いなる原動力となってくれる存在――チャーシュー。

 煮卵は、とろりと半熟の黄身が舌に絡み、染み込んだタレの味と合わさってこちらを魅了するものが最も好みだった。


 ああ……。

 それにしても、ラーメンが食べたい。


 いや、今は食べられるのだ。

 というか、食べている。

 食べて、食べて、食べて、それでも――満たされない。

 一体、なぜか……。

 それは……。




--




「むう……」


 転生直後はともかくとして、もはや見慣れてしまった天蓋付きベッドの上……。

 枕を抱きしめたネグリジェ姿の俺は、自分でも分かるくらい不満げな吐息を漏らしていた。


 そうかぁー……。

 とうとう、夢にまで見るくらい禁断症状が進んじまったかあ……。


 俺は、銀河帝国随一の力を持つロマーノフ大公家が令嬢カミュ・ロマーノフだ。

 大抵のワガママは叶うし、現に、PLへ乗りたいという莫大な予算と人員が必要な願いも、滞りなく叶えてもらっている。

 そういったワガママは食生活にも波及しており、俺はホテル出身の料理人へリクエストし、二日に一回は主食のライスをおかずで食べる……日本式に近い食事を出してもらっていた。


 そんな俺でも、叶えられない願いというものはある。

 ラーメンこそが、それであった。


 だって……だって……誰も作り方を知らないから!

 ばかりか、理由はよく分かんないけど、カップ麺も袋麺も領内に流通してないから!


 おいおいおいおいおい! どういうことだ! これは!

 少なくとも、転生前の地球において、袋麺は世界各国へ流通していたぞ!

 生まれ変わったこの『パーソナル・ラバーズ』の世界って、設定的には異世界とかじゃなく、地球人類が宇宙進出した未来の話だったよなあ!?


 ……などと、神様に文句を言っても仕方がない。

 先方としても、TS転生したことに対してではなく、ラーメン食えないことに対する文句がくるとは思ってないだろうから、困惑してしまうだろう。

 ともかく、なんとかしなければならない。

 そして、なんとかするための道筋は、先日アレルと行った賭けで付けてあった。


「お嬢様、お目覚めですか?」


 コン、コンというノックの後に、専属メイドのエリナが姿を現す。

 その手に、今日の着替えを持っているのは、いつもと同じ……。

 ただし、いつもと異なるのは、手にしている衣服の種類だ。


 俺というか、カミュが普段着としているのは、フリッフリのゴシックロリータである。

 だが、今日エリナが持ってきたのは、全く異なる衣服……。


「あの……本当にこれを着るんですか?

 以前、贈り物で頂いた時は、珍しくキッパリと拒否したじゃないですか?

 足が大胆すぎるし、下着から合わせなければならないから、面倒だって」


「君子豹変というものです。

 それに、今から行う一人脳内会議で気分を出すには、これが最適の選択なのです」


「はあ……一人脳内会議……?

 まあ、ファッションの楽しさへ目覚めてくれたのは、あたしも嬉しく思いますけど」


 釈然としない様子ながらに、エリナが俺の服を脱がしにかかった。

 今日は、ネグリジェを脱がすだけではない。

 下着まで含めて、スッポンポンにさせられる。

 で、代わりに履くのは……どへー!? えっぐ!?

 いやまあ、そりゃそうだよなあ。


 ……ともかく、脳内で男の子が大騒ぎ&大はしゃぎしている間に、着替えは終わった。

 そうして、姿を現したのは、チャイナドレス姿の――カミュ。

 水色に染め上げられたそれは、胸元が大胆に開かれており……。

 まあ、そっちはまだまだ発展途上なのだが、スリットから覗く脚線美が――眩しい。

 年頃の少女が持つ健康的なエロスを、これでもかというくらいに強調した衣装だ。


「うわー、大胆……。

 うわー……」


 などとつぶやくエリナのことは気にかけず、姿見の前でグッと拳を構える。

 これで――気分は整った。

 後はラーメンへの道最大の難関……セバスティアン攻略に向け、策を講じるのみ。


「アチョー!」


 俺は、特に意味もなく怪鳥音けちょうおんで叫んだ。




--



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085137335464

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085137376176


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