ユーリちゃん

 結局、昨晩は十二時近くまで、鹵獲したカラドボルグの検証に割き……。

 翌日、ケンジからあてがわれた『ホテル・ニューエド』で朝を迎えた俺たちは、午前中に遅い朝食と休息を得て、昼前の今、いよいよお出かけへ出ようとしていた。

 と、いっても、このチューキョーに昼と夜という概念はないんだがな。


「では、参りましょうか」


 金メッキで造られた龍と虎の巨像が睨み合うロビーを抜け、皆に振り返りながら宣言する俺の格好は、いつものゴスロリ姿ではない。

 上には、純白のフリルブラウスを着用し……。

 下にはエレガントデザインなプリーツミニスカートを履くという、俗に言う地雷系ファッションであった。


 あんなゴテゴテして動きづらく、かつ、見た目でいいとこのお嬢様だとモロバレなファッションは避けたい俺に対し、エリナが最低限の気品をと抵抗した結果の折衷せっちゅう案がこれだ。

 ……気品、あるのだろうか?

 前世の知識を持つ身としては、ガチでゼロなアルコール度数だけ高い缶チューハイをストローで飲みながら、路上にたむろっているような印象なのだが。


「お嬢様、よくお似合いです」


 自分自身は当たり障りのないパンツコーデでキメたエリナが、そう言いながらポンと手を打つ。


「いや、普段の装いも可憐だが、その姿も活動的でよろしい。

 なあ、ユーリ君もそうは思わないか?」


 カジュアルなジャケット姿となり、有名人ということもあって顔をサングラスで隠したアレルが、そう言いながら傍らを見やる。


「はい、大変にお似合いです。

 お似合いだとは思うのですが……」


 話を振られたユーリは、肩をわなわなと震わせながら答えた。

 なぜ、彼がこのように震えているのか……。

 その答えは、他の皆と同様にあてがわれたよそ行きファッションにある。


「どゔじで、゙ボグま゙で゙女゙の゙子゙の゙服゙な゙ん゙で゙ずが?゙」


 そう……。

 彼が着ている服は、俺というかエリナが持ち込んだ地雷系ファッションの予備であったのだ。

 俺が白基調、彼が黒基調なので、二人並ぶとオセロでもしているみたいになるな。

 んで、どっから出してるんだその声?


「――似合っているからです」


 ――キラリ。


 ……と。

 その瞳に怪しげな光を宿したエリナが、素早く答えた。


「本当にwwwよくwww似合っていますよwwwww」


 口元に手を当てた俺も、エリナの意見に追従する。


「メチャクチャ笑ってるじゃないですか!?

 どうして、ボクがこんな格好を……」


「それに関しては、私服を持ってこなかったユーリ君に非があるかと。

 まさか、普段整備の時に着ている作業着姿で、貴人の観光に同行するつもりですか?」


 エリナの意見は、いわゆるひとつのド正論であった。

 実は、レストランでの朝食時……。

 高級ホテルにふさわしく、他の全員が今の格好へ着替えて現れた中、彼だけは作業着姿でやって来たのである。


「昨夜は、整備ドックでケンジが差し入れてくれたスシを摘んだからな。

 私服を持っていないということに、気付かなかった」


 俺やエリナほど露骨に笑ってはいないが、それでもおかしさを隠せないという風で、アレルが語った。


「そこは、さすがに格式の高いホテル……。

 つまみ出されるようなことはありませんでしたが、さすがにあのような状態はもう勘弁です」


「レストラン中の視線を集めてしまいましたからね……」


 朝食時を思い出しながら、エリナの言葉にうなずく。

 おっそろしいほどの――悪目立ち。

 着替えさせるのは、ごく当たり前の判断である。


「それでも、君がホテルのレンタルを借りられれば、話は別だったんだが……」


「まさか、あんなに高いなんて……。

 ボク、それなりのお給金をもらっているんですが……」


 地雷系ファッションのユーリが、そう言ってうなだれた。

 一流ホテルというだけのことはあり、それなりのサービスやモノが揃っているニューエドだが、利用するには相応の対価というものが必要になる。

 一般人であるユーリには、到底賄えない金額だったのだ。


「まあ、いいじゃないですか。

 とてもよく似合っていますし、なんなら、プレゼントしますよ」


 そんな彼――いや、もはや彼女か――に、ニッコニコの笑顔で告げてやった。

 俺がこんなにも気分がイイのは、なんだか同志を得たような気分だからである。

 前世の記憶が影響してか、こういうミニスカートファッションはどこか落ち着かないというか、今は女の子なのに女装しているようなイケナイ気分になるからな。

 女装仲間が得られたというわけだ。


「うう、あんまりだ……。

 ――ハッ! そうだ!

 どこか庶民的な服屋へ寄って頂ければ、そこで着替――」


「――さあ、早速行きましょうか! お嬢様!」


「そうですね! スケジュールはタイトです!

 まずは、ケンジ様に見学をねじ込んで頂いたPLの製造工場へ向かいましょう!」


 気が付いてしまったユーリの機先を制するべく、エリナとそんな会話をざーとらしく交わす。

 ナイスタイミングというか、手配しておいたタクシーがやって来たのは、そんな時だ。


「ははは、もうタクシーが来てしまった以上、観念するしかないな。

 さっさと乗り込んでしまわないと、後がつかえて他の客に迷惑をかけてしまう」


「ううう……」


 アレルにうながされ、もじもじしながらもユーリ……いや、ユーリちゃんが一歩を踏み出す。


 宇宙船やPLなどと異なり、乗用車のような乗り物は、全てが自動化されている。

 人間が乗り込むのは、咄嗟にして瞬時の判断が必要な場合があるからなのだが、走行する車両を全て自動化し、交通状況が完全なコンピュータの制御下になってしまえば、そもそも、咄嗟の判断が必要な状況に陥らないというわけだな。

 それはつまり、俺たちが乗り込んでしまわないと、手配したタクシーが、電車やバスが遅延した時のようにホテル入り口を塞ぎ続けてしまうということ……。


 これはもう、観念する他にないだろう。

 ユーリちゃんが、ホテルの外へと一歩を踏み出す。


 ――ウエルカム。


 君は女装した状態で、閉鎖された世界から踏み出した。

 新しい扉を開いたのだ。

 漢娘おとこの世界へ、ようこそ……。




--




 工場内が薄暗いのは、ごく少数の人間を除いて、明かりを必要とするモノがいないから……。

 巨大なアームが無機質な動きでフレームを組み立てている傍ら、ベルトコンベアではパーツが次々に運ばれ、レーザー溶接機によって正確無比な結合を施されていく。

 空気は冷たく、わずかにオゾン臭が漂っており、オペレーションルームの巨大モニターには、各工程の進捗状況が淀みなく表示されていた。


 いよいよ、一機のリッターが完成を見つつあるのは、中央に存在するステージじみたプラットフォームだ。

 人型機動兵器としての象徴――頭部がいまだ存在せず、首無しのままハンガーへ固定されている胴体部に、クレーンで頭が運ばれていく。

 そのままクレーンによって下ろされた頭部は、周囲から伸びたマシンアームによって胴体フレームと完全に接続され、各種のケーブルも繋ぎ合わせられる。


 これで――完成。


 銀河帝国軍主力量産機――リッターがまた一機、この宇宙へ産声を上げたのだ。


「かっ……!」


「かっこよすぎます……!」


 俺とユーリちゃんは、見学用の窓からそんな光景を見下ろし、目を輝かせるのであった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086110869317

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086110898549



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