ケンジ、宇宙を知る
俺とユーリちゃんの女子二人が見学用窓に張り付き、眼前の光景を一瞬たりとも逃さず記憶へ刻みつけようとする中……。
――カッ! カッ! カッ!
……という、靴音以上に響く白杖の音と共に、事実上この工場を支配している人物が姿を現した。
「やあ、楽しんで頂けているようで、何よりだ。
どうかな? 我がタナカ伯爵領が……チューキョーが誇るPLの製造ラインは?
壮観な光景でしょう?」
問いかけてくるのは、昨夜と同じ格好で、昨夜と同じくやや明後日の方に視線を向けながら現れたケンジである。
ただ一つ、昨日と違う点があるとすれば、だ。
「驚いたな。
君が平時において、ヤスケと別れて行動するとは」
ケンジと友人同士ということもあり、過去に見学したことがあるのだろう。
PLを操るパイロットとして、相応に興味深げな視線は製造ラインに向けつつも、それよりは俺たちの引率役として気を張っていたアレルが、友に向けて語りかけた。
「はっはっは……。
確かに、私とヤスケは一心同体のようなものだが、TPOというものにはかなわない。
精密部品を扱う工場に愛犬同伴で入るほど、私も公私混同をしてはいないさ」
そこまで言った後……。
盲導犬の代わりに白杖を手にしたケンジが、ふと視線の向きを変える。
「それで、どうですかな?
実際にPLの製造ラインを見た感想は?」
「え、ええと、いえ、あの……。
あたしは、あんまりそういうのよく分からないといいますか、不勉強といいますか……」
問いかけられた人物……。
エリナが、予想外の質問へワタワタしながら答えた。
「……ケンジ、そっちは侍女のエリナ君だ」
「何?
そうか……いや、失礼。
やはり、ヤスケがいないと、こういうのは上手くいかないな」
凡ミスをしでかした銀河のサムライが、そう言って頭をかく。
でもって、テイクツー。
「それで、どうですかな?
実際にPLの製造ラインを見た感想は?」
……こいつ、心が強いな。
そう思いつつも、ようやく視線を向けられた俺は口を開く。
「大変、興味深く見学させて頂いております。
ね? ユーリちゃん」
「ちゃん……。
いや、はは……そうですね」
ちゃん付けするのが、よくなかったのだろうか?
ついさっきまで、あれだけ興奮しながら下のラインに見入っていたユーリが、何か言い淀みながら答える。
いや、でもさ、今の格好で君付けしてたら、かえって周囲の不信を買うぞ?
……と、そこまで考えたところで、別の可能性へ行き当たった。
これは、前世のケンジルートから得られている知識だ。
俺がいきなりそんなことを言い出すのは不自然すぎるため、黙っていたのだが……。
どうやら、天才メカニックであるユーリは、自分自身の知見から、自然とそのことへ気付いたらしい。
が、察したところで、言い出すわけにもいかず……。
迷った結果が、あの煮えきらない反応というわけか。
なら、ここは俺の出番ということだろう。
少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。
そして、ユーリにこう言ってやったのだ。
「……本当は、何か気付いたことがあるんじゃないですか?」
「……ええっ!?
い、いやいや! ありませんよそんな! 気付いたことなんて!」
露骨にうろたえたユーリが、フリッフリの袖と手をバタバタさせた。
ううん、分かりやすいやつ。
「隠す必要はありません。
だって……この工場に来てから、すごくモジモジしているじゃないですか?」
「そりゃ、こんな格好させられてたら、モジモジもしますよ!
……じゃなくて!」
俺とユーリとのやり取りを、周囲の人間が見守る。
エリナやアレルにとっては、女装姿へのイジり。
工場へ勤めるオペレーターさんたちにとっては、慣れないオシャレをする友人へのからかいとして映っていることだろう。
だが、ただ一人……。
ケンジだけは、違う反応を見せた。
「ふむ、気付いたこと、か……。
少年、何かあるのかな?」
ケンジの言葉に、オペレーターさんたちが「え?」という顔をする。
そりゃ、こんなかわいい女の子を指して少年呼ばわりすれば、そうもなるだろう。
……そういえば、ケンジは昨晩、ドックの方へ寿司を差し入れしてくれたんだっけ?
そこへ直接足を運んで自己紹介したか、あるいはアレルから話を聞いたかで、こちらの人数と構成を把握していたのかもしれない。
だが、ケンジよ。見えていないだろうが、その情報はもう古いぞ。
「えー……と」
露骨に視線を逸らすユーリちゃん。
そんな彼のお尻を、俺は他から見えないようにギュッとつねった。
「――ひゃうっ!?」
「男らしくありませんよ。
言うべき時だと思ったら言わなければ、道は開きません」
「……ボクにこんな格好させといて、そう言いますか」
他の人間に聞こえないよう、そっと耳元でささやくと、彼がうらめしそうな視線を向けてくる。
だが、これで踏ん切りがついたのだろう。
ユーリが、キリリとした視線をケンジに向けた。
「実は……少しだけ残念に思っています」
「残念、か。
ここは、チューキョーの叡智を結集した施設であると、自負しているのだが……」
少しだけズレた方向に視線を向けながら答えるケンジ。
そんな彼に、ユーリは畳みかける。
「確かに、叡智は結集していると思います。
でも、技術はそうじゃありませんよね?」
「ほう……」
ほんの少し……。
ケンジのまとっている空気が、変わった。
これまでは子供の戯言へ付き合っている風だったのが、露骨に警戒の色をまとったのだ。
当然、ユーリもそれは感じ取っているだろう。
だが――言い切る。
「ここでは……。
この工場では、ケンジ様が乗っていたPLは造れない。
違いますか?」
「………………」
ケンジは黙し……。
「――何!?」
第三者であるアレルが、代わって驚きに目を見開く。
やはり、『パーソナル・ラバーズ』のケンジルートで語られていた通り、この秘密は、友人にすら漏らしていないのだ。
「……どうして、そう思うのかな?」
ゆっくりと……。
ケンジが口を開く。
その声音に、先までの陽気さは微塵も宿っていなかった。
「あの機体……名前はなんていうんですか?」
「クサナギだ」
「ありがとうございます。
クサナギのことは、外部カメラで拝見しただけです。
でも、それだけでも分かります。
パーツの一つ一つが、ミリよりもさらに細かい単位で調整された職人芸の結晶であると。
それは、こんな機械的なラインで生み出せるものじゃない。
ボクは、そう感じました」
――しん。
……という静寂が、オペレーションルームを包み込む。
それは、しばらくの間続いたが……。
「……はっはっは」
破ったのは、秘密を言い当てられたケンジであった。
「いや、これは驚いた。
そこにいるアレルでさえ、このことには気付かなかったんだがな」
「どういうことだ?」
「少年が言った通りさ」
尋ねるアレルに、ケンジがやや斜め方向を見ながら答える。
「この工場は、PLの大規模生産施設であると共に、隠れ蓑でもある。
チューキョーが持つ真の技術力を秘匿するための、な。
まさか、こんな子供に見抜かれるとは……」
潔いといえば、あまりに潔い態度。
果たして、銀河を生きるサムライの胸中は、どのようなものだろうか……?
「ふっふ……。
昨日軽く挨拶をした時は、見習いの小僧に過ぎないと思ったが……。
一人前の男だったか」
「まあ、今はフリフリのミニスカート履いてるけどな」
「???」
アレルの言葉に、ケンジが宇宙を感じた猫みたいな顔になった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086169870579
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086169916443
そして、お読み頂きありがとうございます。
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