秘密工場

 チューキョーの……。

 ひいては、タナカ伯爵領における最大の武器はといえば、これは技術を置いて他にない。

 だが、この世において、技術というものほど取り扱いの難しい分野があるだろうか。

 古来より、優れたものは学び、盗むのが世の定め……。

 一時的に突出したテクノロジーを生み出したとしても、それらはすぐに模倣されていき、やがてはありふれた代物へ変じていくのが常であった。


 だが、タナカ伯爵領は銀河帝国成立時より最大の技術大領として君臨しており、今なお、その権威が脅かされる兆しはない。

 別に市場を独占しているというわけではなく、例えば、ラノーグ公爵領やロマーノフ大公領にも、PLを製造する会社は存在するにも関わらずだ。

 PLのパイロットたちは、口々にこう言う。


 ――リッターは良い機体だ。


 ――とりわけ、チューキョーで製造されたそれは良い機体だ。


 ……と。

 他領の会社とライセンス契約を結ぶにあたって、リッターへ用いられている技術は惜しみなく提供されており、設計図もチューキョーで使われているのと全く同じものを渡している。

 にも関わらず、これに命を預けるパイロットたちは、口を揃えて品質に差があると言っているのだ。


 なぜ、そのような品質差が生じているのか……。

 これこそ、タナカ伯爵家が長年に渡って守り続けてきた秘密であったが……。

 それが今、年端もいかぬ少年によって暴かれようとしていた。

 しかも、その少年は……どういうわけか、フリッフリのミニスカートを履いているのだという。


 ――恐れを抱くべきか。


 ――敬意を抱くべきか。


 ――というか、ツッコミを入れるべきか。


 ――むしろこれは、ツッコミ待ちをされているのではないか?


 ケンジの脳内で、様々な思惑とノイズにしかなっていない思考が入り乱れる。

 しばし、それらが衝突してスパークした後……。


「……君が見抜いた通り、この工場は生産施設といっても、組み立てを担当する箇所に過ぎない。

 それも、あくまで量産機に関する、な」


 タナカ伯爵家当主が選んだのは、スルーであった。

 どうせ自分には見えてないんだし、世の中には色んな趣味を持った人がいるものだ。

 だから、あえて彼が女装していることはスルーし、本題にのみ話を絞ったのである。


「やっぱりそうでしたか……。

 それに、チューキョーで製造されている部品が、ライセンス契約している他社製の同製品よりも品質に優れているのは、技術者にとって常識です。

 このように画一化されたラインでは、その説明がつきません」


「そう思い至ったのだとしても、君以外の人間は、それだけ優れたマシンアームやプログラムを使っているのだと解釈したのだよ」


 謙遜する少年に対し、苦笑いしながら言い放った。

 それで、気付く。


 ――ああ、そうか。


 ――私は、嬉しいのだ。


 思えば……。

 そこにいるアレルも含め、この目眩ましというべき施設を見学に来た要人たちは、いずれもがパフォーマンスじみたオートメーション技術に目を奪われ、チューキョーが真髄としている領域へ想いを馳せることがなかった。

 ただ一人。

 この少年のみはそこへ理解を示し、見抜いてくれたのである。


 これが喜びでなくて、なんだというのだろうか。

 優れた品質を守るため、あの者たちがどれだけの労力を払っているかは、よくよく知っているケンジだ。

 それが、真の意味では誰にも理解されないことを残念に思っていたのは、当然ではないか。


「……本来、これはチューキョーにとって、秘中の秘。

 外部の人間には、決して明かしてはならない事柄だ」


 ケンジの言葉へ、わずかに身を固くしたのがアレルである。

 貴族家であれば、秘密の一つや二つというのは、付き物……。

 だが、ユーリとかいう名の少年が明らかにしてしまったのは、そのようにありふれた秘密とは一線を画す超機密事項なのであった。


 で、あれば、最悪の場合、この場にいる全員を口封じしようとするかもしれない……。

 ケンジがラノーグ公爵家とロマーノフ大公家の二大貴族を向こうに回すほど愚かではないと知りつつも、アレルが最悪の事態に身構えたのは、当然のことであろう。


 そんな友の緊張を拭うべく、鷹揚に手を振る。

 それから、自身でも意外なほど弾んだ口調でこう提案したのだ。


「――だが、バレてしまっては、仕方がない。

 それに、自分でも意外だが、バレてしまったことを、そう悪く思ってもいない。

 むしろ、逆だな。

 よく見抜いてくれた」


 果たして、自分は見込みある少年の方をきちんと向けているだろうか?

 いや、きっと向けているに違いない。

 その証拠として、光を失ったこの目にもハッキリと映っているのだ。

 視線の先に……鉄を溶かす溶鉱炉よりも熱く燃え上がる精神の火があることを。


「どうかな?

 もしよろしければ、真に我らが技術の真髄と呼べる場所へご招待しよう」


 自分の言葉に……。


「――はい! 是非にも!」


 力強い返事が返ってくる。


「……あれ?」


 ただ、それが少年のものではなく、少女――カミュ・ロマーノフの声であった。


「あ、ボクはこっちです」


 申し訳なさそうな少年の声が、少しばかりズレた角度から聞こえてくる。

 ……どうやら、視線を向ける先が間違っていたようだ。




--




 マシンアームやレーザー溶接機がせわしなく稼働しているのは、目眩ましとして用意されている工場と同じ……。

 ただ、そういった工作機械の数は、あちらに比べて露骨に少ない。

 だが、それぞれの機械は、明らかにより洗練されたデザインをしており……。

 あちらよりもさらに優れた工作精度を実現しているだろうことが、素人目にも容易に想像がついた。


 向こうの工場と最も大きく異なる点は、工場内全体が、明るく照らし出されているということ……。

 これはつまり、光を必要とする存在――人間が、この工場における主役であることを意味している。


 その証拠に――見るがいい。

 ライン内やプラットフォーム稼働する工作機械は、オートメーション化されてはいない。

 その傍らで、生身の人間がグローブやゴーグルを装着し、オペレーションに当たっているのだ。


 特筆すべきは、人型機動兵器の要たるオートバランサーや、そもそもの動力源であるプラネットリアクターなど、部品の重要度が高まるにつれて、オペレーターはより年かさの……培った技術が風格となって漂う人物が務めているということ。

 町工場で作られた部品が、宇宙開発に使用されているなんてのは、前世でも聞いた話だ。


 ここはまさに、その――PL版。

 いや、どうやらPLそのものすらも製造しているようなので、さらにアップグレードしたバージョンである。


 いってしまえば――聖域。

 ケンジの言葉通り、チューキョーの……いや、この世界における技術の神髄が結集しているのだ。


「嗚呼……!」


「「「――泣いた!?」」」


 思わずしゃがみ込み、感動の涙を流す俺に、エリナたちが驚きの声を上げた。



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086227980972

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086228020090


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