いともたやすく行われるビニール傘のごとき強奪
「なあ、カシラぁ……。
おれたち、いつまでこうしてりゃいいんですかね……?」
情けない声が響いてきたのは、隣の独房からだ。
「あんだあ?
まだ一日も経ってねえのに、もうへばりやがったかよ?」
答えたジョグ・レナンデーが寝転がっているのは、押し込められた独房に存在するベッドだ。
チューキョー内に存在するこの留置場……居心地は、さほど悪くない。
壁面一体型のベッドを除けば何も無い空間は、塵一つ落ちていないし、トイレはきちんと個室になっていて、プライベートというものが保証されている。
また、味の薄さと量の物足りなさは気になるものの、食事もきちんと用意されていた。
前面が強化ガラスで覆われているのは、観察される動物のような気分になるが、実際、自分たちは監視されるべき囚人なのだから、そこにケチを付けても仕方がないだろう。
いかんせん、何も無いので暇潰しをすることはできないが、こうして隣接する独房同士に仲間が押し込められているため、会話はできる。
総じて、悪い待遇ではないと感じていた。
だから、手下の早すぎる弱音にはやや呆れていたのだが……。
「だってよお……。
捕まった海賊の末路なんてのは、縛り首と相場が決まってますぜ」
「それとも、カシラには何か作戦があるんですか?」
――ああ、こええのか。
そう理解して、手ぐしで整えるしかない自慢の髪を撫でる。
シャワーを浴びせられた結果、ジョグの誇りであるリーゼントは、ただの長髪へと成り下がってしまっていた。
ただ、支給された囚人服はオレンジ一色のつなぎというもので、そこそこ派手なので実は少し気に入っている。
さておき、スカベンジャーズのキャプテンとして、共に捕まった手下へ告げるべきことはただ一つだ。
「作戦なんざねえよ。
母艦の戦力だけじゃ、助けには来れねえし、自力で脱出する手もねえ。
殺すってなら殺されるだけだし、強制労働させられるなら、働くだけだ。
負けちまった以上、受け入れるしかねえだろうが」
「そんなあ……」
「ただしよ」
デカイ図体に似合わぬ情けない声へ、ベッドに寝転がったままニヤリと笑ってみせる。
「オレに運があるんなら、脱獄してあの女に仕返しする機会も回ってくるだろうさ」
これは、窮地に陥った海賊の抱く空想か?
そうではない。
何か、運命の歯車と呼ぶしかないものが回っている音……。
それを、ジョグは第六感じみた感覚で感じ取っていた。
--
「チューキョー製のリッターに使う部品は、ここで職人たちによる調整を受け、先の工場へ運ばれる。
それが、他で製造された同機との間に存在する差を生むのだ」
案内された秘密工場で、白杖を突いたケンジが、サングラス越しの視線を周囲に向けながらそう説明した。
「工場中が、ピリピリとした空気に包まれている……。
すごい集中力だ」
地雷系ファッション姿のユーリもまた、そう言いながら工場内を見回す。
確かに……。
各工作機械で作業するオペレーターたちは、いずれも張り詰めた表情をしており、変に触ろうとしたならば、何かに弾かれてしまいそうなほどの迫力を感じる。
心の壁を生み出すとは……やるな。
「こういう環境で、クサナギのように繊細な機体は生み出されているわけか。
うちの技術者が、どれだけ頑張って解析しようとしても、無駄に終わるわけだ。
最後の最後……真に重要なのは、極まった職人による達人芸だったとは」
アレルが漂わせている雰囲気は、驚いているというか、呆れているというか……そういった種類のもの。
開帳された友人の秘密に、しかし、これは秘匿せざるを得ないと納得もしているに違いない。
「あたしには、かえって大変なだけのようにも思えますが……。
きっと、お料理と同じなんでしょうね。
見た目は同じでも、腕の良い料理人が作った品とマシーンが作った品では、味に違いが生まれる」
「料理も機械も、作り出すという点では同じもの……。
お嬢さん、なかなか核心を突いていますよ」
エリナの言葉に、やはりちょっとズレた方を向いたケンジがうなずく。
ちなみに、俺はといえば、余計なこと言わずに目をかっ開き、余すことなくこの光景を脳裏へ焼き付けようとしていた。
――カッ! カッ!
白杖を突くケンジが、勝手知ったるという風に奥の方へと歩む。
「だが、ここの真価は、部品の最終調整だけではない。
日々、PLの試作に取り組み、常に時代の最先端であろうと努力している。
今、作っているのが、アレだ」
彼の後へついてきた俺たちは、同様に頭を上げる。
工場の最奥へ設けられたプラットフォームに、屹立するモノ……。
ハンガーによって固定されたそれは、いまだ誰も見たことのないPLであったのだ。
「これは……見るからにすごいな。
ただ、PLとして見た場合、肩部の関節に不安を覚えるが……」
アレルが口にした通り……。
そこに立つ機体は、フレームからして通常のPLとは全く異なる設計思想であると分かった。
直線的なラインが特徴的な機体は、全体にマッシブなデザインであるに関わらず、両腕が細くやや小型で、しかも、肩関節は胴体フレームと接続されておらず、独立状態となっている。
代わって胴と腕部とを繋いでいるのは背部の大型バックパックで、これはフレームの代わりに両腕を繋ぐのみならず、肩口から逆ガル型の翼めいたパーツを伸ばしていた。
全体的なカラーは黒を基調としており、胸部のコックピットハッチには、試作ナンバーなのだろうか……。
デカデカと、『5』の文字が描かれている。
……別段、黒はロマーノフの専売特許というわけじゃないけど、ちょっと面白くないのは、カミュとしての感情が反発しているからだろうか。
まあ、多分、宇宙空間の極秘テストとかで目立たないようにこの色なんだろう。
さておき、なるほど、試作機ということだろう……。
この独特に過ぎる機体形状をしたPLは、前世でプレイした『パーソナル・ラバーズ』本編にも登場していない。
果たして、どのような機体なのか……。
「これは……これは、もしかして、可変機なんですか!?」
それを言い当ててくれたのは、ユーリちゃんである。
「ピタリと言い当てるか」
苦笑いしながら、ケンジが答えた。
「変形……志した技術者は数多いが、白兵戦時のフレーム強度などに難をきたすため、ついぞ実用化はしていないと聞く。
ここでは、それを形にしようとしているのか?」
「そうとも」
アレルの言葉に、ケンジが……今度は上機嫌な笑みを浮かべる。
「現状、大気圏内におけるPLの飛行は、重力子コントロールとスラスターで無理矢理に行うものだ。
だが、この機体は変形することで、大気圏内での超音速飛行を可能とする予定だ。
しかも、宇宙空間でも変形によるスラスターの集中化が図れるため、直進推力の大幅な増強が見込める。
まさに、次世代型のPLと呼ぶにふさわしい機体だよ」
白杖を持ちながらも両手を広げる様は、まさに、画期的な新製品の発表を行う有名経営者そのもの……。
「とはいえ、それも完成すればの話だし、無事に日の目を見るまで、君たちにはオフレコでお願いしたいがね」
だが、そこに少しだけお茶目さを加えたのは、彼の人間性か。
「ギリギリまで軽量化を図りつつ、強度は維持したフレームと各部品の製造……。
これは、ここでしかできませんね……。
まさに、職人技の結晶です」
「ハッハッハ。
よく目に焼き付けておいてくれたまえ。
いずれ完成を見たら、シルエットも変わるかもしれないからな。
特に機体色は、変えないとロマーノフ大公家から苦情がきそうだ」
「そんなことはありませんが、でも、本当にものすごい機体……」
ケンジのジョークは軽く受け流しつつ、うっとりと機体を見上げる。
機体そのものも見事だが、シチュエーションがイイ。
極秘開発されている試作機と、その特徴を一目で言い当てる才能ある若者……。
俺にとって、大好物といえる状況だ。
……ここにひとつまみ、新型機強奪というスパイスも加わったら、より好みのシチュエーションなのだが……。
前世でフィクションとされた世界に生まれ変わっておいてなんだが、現実というのは、そんなに甘くない。
ここへ来るまでにも、タナカ伯爵家へ仕えるニンジャたちが何人も警備に当たっていたし、何者かが入り込む余地などそうそうはないだろう。
そもそも、そんなことが起こるということは、生身で鉢合わせている俺が、タダでは済まないということだからな。
起こってたまるものかよ。
ワッハッハ!
――ヴン。
……という、モスキート音じみた高く静かな起動音が響いたのは、その時だ。
同時に、バイザーで隠された試作機のカメラアイに
「「「「「へ?」」」」」
俺たち全員が、間抜けな声を発する中……。
――ズン!
機体各所に繋がれているケーブルを引きちぎりながら、試作機が一歩を踏み出す。
これは……。
これは……。
キエアアアアアッ!? 動いたアアアアアッ!?
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086293649408
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086293694799
そして、お読み頂きありがとうございます。
と、いうわけで、次回からチューキョー反乱編に入ります。
文字数的にもお話的にもキリがいいんで、夜くらいにキャラクター表も入れておこうと思います。
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