センス
向こうとしても、子供相手に政治的な駆け引きをするつもりなどなく、本当にただ顔を繋いでおきたかっただけなのだろう。
あるいは、俺が呼び水としてヤスケとのエピソードに興味を示したからか。
その後、ケンジとの会話は、彼の隣でお座りするヤスケのことに終始した。
無論、いちいちよいしょすることを忘れないこの俺だ。
カラドボルグがあっさり引き渡されたのも、最初にヤスケを褒めて好感度稼いだのが影響してるかもしれないしな。
それにまあ、ヤスケの賢さと忠犬ぶりはゲーム本編でよくよく知っているので、あながちお世辞というわけでもない。
と、いうわけで、ワンワントークの果てにお寿司もしっかりと完食し……。
「うん、さすがはユーリ君。
わたしの手足にしっかりとフィットしています」
パイロットスーツに着替えた俺は、カラドボルグのコックピットへと乗り込んでいた。
子供の俺がPLへ乗り込むにあたって、問題となるのが手足の短さであり、我が愛機たるリッターはペダルなどを改造してもらっている。
だが、このカラドボルグは俺と同年代であるジョグが乗り回している機体ということもあり、少しばかり調整してもらうだけで、操縦可能な状態になった。
『このくらいは大したことありません。
それより、トリモチが関節部などに残っていないか、十分に注意してください。
一応、溶剤で除去してはありますが……』
「その辺りの確認テストも兼ねましょう」
メンテナンスアームからこちらを見守るユーリへ、そう答える。
ここは、ケンジが提供してくれたチューキョー内のPL用メンテナンスドッグだ。
二重の隔壁を隔てた向こう側は、真空の宇宙空間となっており……。
早速、こいつの乗り心地を確認するべく、ハンガーの拘束から解除されたカラドボルグを歩ませる。
ユーリの簡単な整備を受けた機体は、角に当たる頭部ブレードを喪失している以外、完全な状態だと思えたが……。
――ズン!
「……と。
少し、挙動が重いですね」
『よく整備されていますし、かなりの腕利きが改造したみたいですが、基本的には旧型機ですから。
運動性能そのものは、リッターに及ばないと思います』
歩く動作というものは、人型ロボットであるPLにとって全ての根幹……。
その挙動へ少しばかりの重さを感じた俺に、ユーリがインカムを通じて解説する。
あくまで、銀河最速なのはその加速性と機動性……。
カラドボルグという機械は、動作の軽快さで勝負する設計ではないということだろう。
また、そのための重装甲と突進戦術であり、『パーソナル・ラバーズ』ゲーム本編でも、本来の搭乗者であるジョグはその戦い方で群がる敵機をなぎ払ったものだ。
『戦闘時の映像を見た限りでは、大丈夫だと思いますが……。
相当に無茶な改造をしている機体です。
外に出たら、いきなりペダルを踏み込むようなことはせず、少しずつ慣らしてください』
「了解。
あちらではアレル様も待機して下さっていますから、何かあったら頼ることにします」
手短に答えている間に、機体はエアロック内へと到達した。
消毒室よろしく、外部から完全に切り離された空間の中で、空気が抜き取られていき……。
完全な真空状態となったところで、外部――宇宙に続く方のハッチも解放される。
「電磁カタパルトでの出撃とか憧れるんですが、ここには付いていませんか。
まあ、いずれの楽しみとしておきましょう」
これは黒騎士たちに聞いた話だが、彼らの母艦であるシュノンソーには、ゲタのごとく履いたPLを射出してくれるカタパルトが搭載されているということだ。
いいよね。カタパルトでの発進。
プールから出てきたりっていうのもケレン味があってカッコイイけど、やはりカタパルト発進が持つミリタリー色が俺は好きだな。
『あれは、なかなか整備が大変な代物ですから。
完全にPL運用を前提とした艦艇でなければ、配備されていませんよ』
と、独り言を聞かれていたか。
外部の宇宙空間で待機していたミストルティンから、アレルの通信が入ってくる。
『それにしても、タフなお嬢様だ。
同じ機体に乗っていたエリナ嬢は、ホテルで寝込んでいるというのに』
「彼女は操縦していない状態でしたから、かえって心労が大きかったのでしょう。
わたしは思い通りに機体を動かせたので、全然元気です。
PLを動かすことでしか得られない栄養があります」
『なんの栄養ですか、それは……。
まあ、様々な基礎課程を飛ばして宙間機動することを僕に認めさせたのですから、そこは認めておきましょう」
結局、あの戦いでは一切被弾しなかったミストルティンが肩をすくめてみせた。
『では、早速動かしてみてください。
ユーリ君も言っていましたが、その機体は異常なまでの機動力を備えています。
くれぐれも、ペダルを踏み過ぎないように』
「もちろんです。
重力コントロールシステムでコックピット内のGが調整されているとはいえ、殺人的な加速に翻弄されるのはご免ですから」
アレルに答えながら、カラドボルグ最大の特徴であり、同時に最大の武器ともいえる装備――両肩のブースター・ポッドへと火を入れる。
艦船用のものを流用したそれは、リッターのものよりあからさまに稼働音がうるさいプラネット・リアクターと同調し、起動シークエンスを瞬く間に終えた。
「じゃあ……いきます」
そーっと。
そーっと、だな。
俺は、チョン……と、小さな足でペダルを踏み込む。
「――わっ!?」
瞬間……。
おそるべき加速力で飛翔したカラドボルグが、瞬く間にチューキョーから離れてしまう。
――ビー! ビー!
同時に、警告音。
目の前にあるのは――PLほどもある小隕石。
「――くっ!?」
ブレーキペダルを踏むのではなく、操縦桿を操ったのは咄嗟の勘だ。
カラドボルグの加速性能は、あまりに――圧倒的すぎる。
逆噴射をしようとしても、ブースター・ポッドが方向転換する間に激突すると判断したのであった。
ただ、我ながら頂けないのは、力み過ぎたあまり、アクセルペダルの方まで少し踏み込んでしまったことだ。
カラドボルグが急激な方向転換を果たした結果、メインモニターの映像はせわしなく流れてしまい、俺は方向感覚すら失ってしまう。
しかも……しかもこれは……。
「Gが殺し切れてない……!」
コックピット内へ満たされた重力子すら貫通して、ブースター・ポッドの生み出すGが俺をシートへと押し込んでいたのである。
「くあっ……!
きゃうっ……!?」
もう、こうなってしまっては、制御不可能。
アクセルペダルから足を離した俺は、少しずつ……少しずつ逆噴射をかけて、逆Gの負担がかからないように機体を静止状態へもっていった。
『カミュ殿! 大丈夫ですか!?』
通信機から、アレルの慌てた声が響く。
彼の乗ったミストルティンも機動性は相当なものだが、それでも、この機体からはかなり離れた場所へと置いて行かれている。
「はっ……。
はあ……。
少し、驚きました。
Gが殺し切れていなくて……」
『おそらく、重力コントロールを弱めに設定してあるのでしょう。
パイロットの中には、あえてそうする者もいます。
基本的にいじる場所ではないので、ユーリ君も気づかなかったか……』
ようやくGの圧迫から解放され、肩で息をする俺に通信越しのアレルが解説した。
「ですが、真に驚いたのは操縦のピーキーさです。
ほんの少し踏み込んだだけで、この有り様とは……」
『ああ見えて、あの少年パイロットは天性の才能を持っていたということでしょう。
それに合わせて徹底したカスタマイズを施したのなら、余人では扱えません』
「余人では、ですか……」
通信機に拾われないよう、口の中でだけつぶやく。
ジョグはこんなとんでもない機体を、手足のように扱っていた。
そして、『パーソナル・ラバーズ』本編のアレルたちもまた、そんな機体とパイロット相手に互角の戦いを演じている。
つまり、彼ら攻略対象たち――銀河最高レベルのパイロットたちが、それだけのセンスと操縦技術を備えているということ……。
技術は身に着ける。
必ず、身に着ける。
だが、センスは……生まれ持ってのものが、俺にはあるか……?
「考えなければいけませんね」
どうせPLに乗るならば、目指すは最強のパイロットを置いて他にない。
そのために必要な道筋というものが、見えた気がした。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086053722232
そして、お読み頂きありがとうございます。
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