欲しいもの
「犬を連れていることは、ご容赦頂きたい。
見ての通り、目が見えていないものでね」
盲導犬に手を引かれたケンジが、やはりどこかズレた場所に視線を向けながら、そう言って詫びる。
「なんの問題もありません。
賢いワンちゃんですね」
「ヤスケといいます。
自慢の犬ですよ。
こうして、至らない飼い主を補ってくれている」
あまり似合っていない和風の名を与えられたラブラドール・レトリバーが、主人を俺の向かい側に誘う。
それで、ケンジも板敷きの上へと正座することになった。
ヤスケの方は、隣でお行儀よくお座りだ。
「PLに乗っている時は、視力補助用のゴーグルを付けているようですが、日常生活では使わないのですか?」
「戒めとして、こうしています。
このように、犬に助けられて生活をしていると、自分が未熟な人間でしかないことを自覚できる」
俺の質問に対し、ケンジが『パーソナル・ラバーズ』本編で口にしたのと同じ台詞を返してきた。
答えの分かっている質問をしたのは、単なる世間話の他に、もう一つ理由がある。
それは――ケンジが犬好きだからだ。
もうね。いつでもどこでもヤスケと一緒。
彼を描いたスチルの大半に、愛犬ヤスケの姿が共にあるくらいだ。
ネットで『パーソナル・ラバーズ』について語る際、彼のルートに関しては犬ルートと呼べば問題なく通じるくらいである。
ところで、かように犬好きであるケンジのルートには、ある特徴があった。
通常、あのゲームには無粋なシステムメッセージなど表示されないのだが、彼のルートへ突入しかける時にだけ、注意文が表示される。
いわく……。
『――警告。
ケンジルートに進んだ場合、残酷な描写が存在します。
苦手な方は、ご注意下さい』
そう……。
目の前にいるケンジこそ、銀河を生きるサムライ。
その印象を強めるためか、彼のルートではPL戦と同じくらいの頻度で生身の戦いが入り、その度に、並み居る敵がバッタバッタと切り倒されるのだ。
と、いうわけで、このような警告文が表示されるのだが……。
実は、これに続きがある。
残酷表現の予感に震えながらテキストを進めると、こう表示されるのだ。
『※ただし、犬はかすり傷一つ負いません』
――いやっほう!
――犬の安全が保証されたぜ!
――人間なんざ何人死のうと知ったことじゃねーが、犬がひどい目に遭うと心が痛むからなぁー!
生身でチャンバラをする以上、彼の傍らには常に盲導犬であるヤスケが付き従うのだが、銃弾が飛び交おうと、白刃が交差しようと、その害が犬に及ぶことはない。
プレイヤーは、ストレスフリーでゲームに没頭し、ケンジ及びヤスケとのイチャイチャを楽しめるのであった。
「本当に、賢い子。
今が大事な話をする場だと分かって、おすましをしています」
「顔を引き締めてくれていることは、見えないこの目にも伝わってきます。
言葉の全てを理解しているわけではないでしょうが、雰囲気というものは察しているのでしょう」
俺の言葉に、やはり笑顔でケンジが答える。
とにかく、ケンジと会話をする上で重要なのは、ドッグファーストを心がけることだ。
将を射んと欲すれば、先ず馬を射よとはよく言ったものだが……。
ケンジを射んと欲するならば、とにかく、犬を射って射って射りまくる!
別に俺は、ゲームプレイ時と同じように彼を攻略したいわけじゃない。
だが、彼のルートにおいて、わたしことカミュ・ロマーノフは、ナイフ片手に主人公へ襲いかかるも、駆けつけた彼の手で斬殺されてしまうわけで……。
生命の危機を回避するためにも、出来る限り、ご機嫌は取っておきたかった。
「まずは、茶の用意をさせましょう」
言いながら彼が手を叩くと……。
屋上の隅に控えていた黒子――なぜ黒子なのか深く考えてはいけない――たちが、素早く俺たちの前へと茶の膳を整え始める。
ただ、これは前世の日本で飲まれていたようなそれではない。
まず、両者の間へ配置されたのは、鉄瓶に入れられた煎茶であり……。
それぞれの眼前には、ガラス製の湯呑みと……同じくガラス製の皿に盛り付けられたお寿司が供されたのだ。
街並みがそうであるように、なんとも言えぬ勘違いニッポン感に満ちた茶の膳であるが……。
だが、それが――イイ。
だって、スシだぜ! スシ!
今回、俺がこのチューキョーへ訪れた目的の第一はラーメンであるが、そりゃ寿司だって食べられるものなら食べたい!
皿に並んでいるのは、いわゆる手毬寿司がちょこんと三つだけだが、何しろ今の俺は十二歳の少女なのでこのくらいで丁度いい。
ケンジ・タナカ……この人、イイ人だ!
順当に歴史を刻んだ場合、わたしを切り捨てた直後に「つまらぬモノを斬ってしまった……」とか吐き捨てたりするけど、イイ人だ!
出会っちまった攻略対象の中で、トップの好感度を刻んでくれたぞ。
あ、ちなみに好感度最下位はジョグね。
「スシが口に合うとよろしいが……」
悪役令嬢なのに好感度を上げられている俺に対し、ケンジがそう言いながら鉄瓶を手に取る。
見えていないのに慣れたもので、彼はこちら側の湯呑みへ、こぼすことなく茶を注いでくれた。
「チューキョーの珍しい食文化については、聞き及んでいます。
今回は、それも楽しみにして参りました」
マグロにサーモンにエビかあ。どれから食べよう。
……などと胸中では考えつつ、そこは大公家令嬢なのでお上品に答える。
失礼にならないタイミングを見計らいつつ、それはそれとしてしっかり寿司は完食する……。
こいつは、なかなかハードなミッションだぜ。
「ははは、それは楽しみにして下さい。
スシのみならず、スキヤキやテンプラなど、外からのお客人にも好評な料理は数多い。
私個人としては、ラーメンなどもオススメですね」
ほう、ラーメンとな。
何しろ、前述の通り胃が小さいこの体だ。
滞在中のチャンスには限りというものがある。
そのため、そこんところを深掘りしたいのだが、彼が切り出したのは別の話題であった。
「――ところで。
こうして、非公式なりに大公家のご令嬢をお招きしてする話題ではないかもしれませんが……。
アレルから聞いた話によれば、カミュ殿は、どうも敵PLの特性というものを把握し、先んじて手を打たれたとのこと。
一体、どうしてそのようなことが分かったのですかな?」
――キラリ。
……と。
サングラスへ隠されたケンジの瞳に、鋭い光が宿ったのを感じる。
まあ、そこんところは気になるよな。
ケンジが一対一での対面を望んだため、この場にアレルやユーリはいないが、彼らもさぞ気になっていることだろう。
俺は前世での知識を基に行動しただけだが、そんな事情を知らない側からすれば、未来予知でもしたように思えたはずだ。
が、すでに返すべき答えは見い出していた。
これもまた、前世の知識である。
「……ホームページです」
「は? ホームページ?」
「あのスカベンジャーズという海賊は、ホームページを立ち上げているのです。
――こちらですね」
着物の帯から携帯端末を取り出し、いくつかの操作を経てそのページを出した。
「失礼ながら、ケンジ様は目が見えないので代わりに内容をお伝えします。
海賊の構成員に関するプロフィールや、使っているPLに関してなど、様々な情報が乗せられていますね。
さすがに本拠地は伏せていますが、活動宙域や例の赤い機体――カラドボルグもムービー付きで解説してくれています。
わたしは、たまたまこのホームページを見ていたので、敵編成からこの機体と船長――ジョグという少年が控えていると判断しました」
「……なんともまあ、呆れた話だ。
盲点といえば盲点だが、そのようにバカげたことをする連中がいるとは……」
「まあ、賢ければ海賊にはならないでしょう。
掲載されている写真を見る限り、かなり承認欲求が強いようですね」
あ、このタイミングかな。
そろそろスシを摘まんでやろうかと、箸に手を伸ばした。
「しかし、これでかなりの情報が手に入りますな。
まだ取り調べは始まったばかりですが、なかなか強情な連中のようですから」
箸に伸ばした手が止まったのは、逮捕連行されたスカベンジャーズのことに話が及んだからだ。
いや、人間に関してはどうでもいい。
とりわけ、ジョグはゲーム中で――主人公に銃を向けていたとはいえ――わたしのことをフレッシュトマトに加工してくれやがるし、あの口喧嘩で実際の印象も最悪である。
だが、機体は……。
「ところで、ケンジ様……。
海賊の持ち物に関しては、討伐した者の好きにするのが帝国の倣い。
もちろん、決め手となったのがケンジ様であることは重々承知していますが、船長が乗っていた機体に関しては、私が頂戴してもよろしいですか?」
慎重に……だが、ハッキリと要求しておく。
何しろ、カラドボルグは旧式の改造機とは思えないくらい高性能なPLだ。
ケンジとしても、接収したかろうと予想したのだが……。
「無論です。
あのような横槍を入れただけで手柄を主張するほど、恥知らずではありませんよ。
それと、手下が乗っていた機体の権利は、撃墜したアレルのものですが……。
彼はあなたにプレゼントすると言っていましたよ。
もちろん、治安維持のため、機体に残っているデータは共有して頂きますがね」
「――本当ですか!?」
あまりにアッサリと欲しかったものが手に入り……。
俺は、寿司を供された時以上に目を輝かせたのであった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085992613545
そして、お読み頂きありがとうございます。
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