チューキョー
スペースコロニーと一言でいっても、転生前の世界では様々な形が空想されてきたが……。
やはり、俺たちロボオタにとって最も馴染み深いのは、円筒形をしたミラー付きのそれであろう。
コロニー本体を回転させることによって、重力確保!
円筒形のうち、三面を人が住む居住部にし、残る三面を採光用の強化ガラスとすることで、無駄なく内部の空間を活用!
羽のように接続されたミラーが太陽光発電することで、とってもエコロジーに電力確保!
いやあ、実によく考えられた形状である。
そして、今の俺が生きているのは、人類が宇宙に進出して長い時が過ぎている世界だ。
ワープドライブ技術の確立などにより、多くの場合は、惑星へと入植しているが……。
様々な事情により、スペースコロニーを生きる地としている場合があった。
そのような時に用いるコロニーというのは、一体、どういった形状をしているか……。
答えは、超時空方式の貝殻状である。
普段は、蓋を開いた二枚貝のように上蓋部分が開き、強化ガラスによって覆われた生活ブロックが解放されているのだ。
そして、なんらかの有事が起こった際には上蓋分が閉ざされて完全な貝殻状となり、鉄壁の守りで住民を保護するのであった。
このような形状を可能としているのは、PLにも用いられている重力コントロールシステムのおかげだ。
重力子によって生み出される人工の重力が、わざわざコロニー本体を回転させずとも、快適なGを提供してくれるのである。
……これは前世で調べて得た知識なのだが、そもそも、例の円筒形コロニーと同じ方式を採用した場合、アニメのようなゆったりとした回転運動では、目標重力に全然足りないらしいしな。
水の入ったバケツを振り回した時を思い浮かべると分かりやすいが、遠心力で重力を生み出すというのは、想像以上に大変なのであった。
そんな超回転をしている建造物の中で暮らしたら、様々な弊害が予想されるわけで……うん、重力子様々といえるだろう。
さて、ここまで一般的なスペースコロニーについて説明してきたが、ここチューキョーはそういった通常のコロニーと、少しばかり装いが異なる。
と、いっても、コロニー本体の形状に変わりはない。
ただし、下部へコロニーそのものよりも巨大な資源衛星がくっ付いているのであった。
いや、正確に述べるならば、資源衛星へコロニーの方が、小判鮫のごとく貼り付いているというべきか。
チューキョーがこのような形状をしているのには、歴史が関わっている。
すなわち、銀河帝国中央部の一大生産拠点としての歴史だ。
何しろ、銀河の隅々にまで版図を広げている帝国の中央部なのだから、製造しなければならない工業製品は数限りない。
それを効率的に賄うため、チューキョーは資源拠点と生産拠点が一つに組み合わさったコロニーとして成立し、
……ちなみにだが、名前から察せられる通り、チューキョー建造時の中枢メンバーとなったのは、日系移民者たちである。
それが影響し、また、工業生産拠点としての性質が影響した結果……。
コロニー内では、他のどことも異なる独自の文化が形成されていた。
植民惑星と比べ、あまりに有限なコロニー内の土地を少しでも活用するため、内部には無数の高層ビルが建ち並んでおり……。
結果、複雑化してしまった陸路の交通事情を補うべく、空にはドローンが飛び交っている。
その空は――暗い。
これは、コロニーを照らすに値する恒星が付近に存在しないからであり、代わりに街を照らし出すのは、各ビルに取り付けられた無数のネオンサインであった。
見下ろせば、下の道路を行き交うのは、ビシリとスーツを着込んだ七三分けのサラリーマンたち……。
工業生産拠点であるここチューキョーだが、そこからくるイメージと裏腹に、いわゆるブルーワーカーの数はそれほど多くなかったりする。
それは、各工場のラインが極めて高度にオートメーション化されているからであり……。
製造に携わる人間よりも、それを扱い、売るための人間が重要視されているのだ。
とはいえ、クローン人間のごときサラリーマンたちしかいないのかといえば、それは違う。
夜しかないこのコロニーでは、時計以外に時間を知る術がないが、現在の時刻は折しも……二十時。
きっちり残業して職場から出てきたサラリーマンたちに潤いを与えるべく、ビルの前で呼び込みをするゲイシャたちの姿なんかも目立った。
まさに、サイバーにしてパンクなジャパン……。
転生前の日本も、何か一つ間違えればこうなっていたと……そんな可能性を感じさせる土地。
それが、ここ、スペースコロニー――チューキョーなのである。
で、さっきからそんなチューキョーの景観を見下ろしているこの俺であるが、果たして、どこからそんなことをしているのか……。
「ここの夜景はお気に召しましたかな?
我がチューキョーにおいて、最も格式高いホテルです」
答えを告げてくれたのが、盲導犬に引っ張られて姿を現したチューキョーの領主――ケンジ・タナカであった。
身にまとっているのは、乗機と同じ色の着流し。
年齢は二十歳を迎えたかどうかとくらいのはずだが、実年齢以上に老成した印象を与える。
その両目は、サングラスによって覆われており……。
また、言葉を投げかけた相手である俺とは、明後日の方向に眼差しが向けられていた。
この世界には、視力を補うための技術などいくらでもある。
実際、彼も愛機であるクサナギに乗り込む際は、専用のゴーグルで健常者と遜色ない視力を手に入れていた。
ではなぜ、平時にはそれを用いず、盲導犬の力を借りるのか……。
そこら辺が、彼の複雑なパーソナリティを表しているといえるだろう。
「大変、素晴しい景色だと思います。
こう……資本主義の行き着いた先というか、なんというか。
発展しているのに、袋小路へ詰まっているような……。
ユートピアを目指して出来上がったディストピアという感じがします」
自身が持ち得る最大限の賛辞で答えた俺は、屋上の縁から、用意された板敷きの上へと居場所を移し、正座で座った。
ちなみにだが、今の俺が着ているのは、白地に青い花を描いた着物である。
自分で持ち込んだ品ではなく、ここ『ホテル・ニューエド』でレンタルしているものだ。
いまだ女の子モノの服には違和感を覚える俺だが、こいつは浴衣と着心地が似たようなもんなので、だいぶしっくりくるな。
相手の接待に対し、ふさわしき装いで参上し、賛辞の言葉を送る。
我ながら、ロマーノフ大公家の令嬢として百点満点の振る舞いだ。
だが、彼に与えた印象はといえば、俺の意図とは異なるものだったようで……。
「ふむ……」
声に誘導されこちらに視線を向けた彼は、しばし、ポカンとした顔をした後、考え込むようにあごへ手を当てた。
それから、ほがらかに笑い出したのである。
「ハッハッハ……。
いや、なるほど、聞いていた以上に個性的なお嬢様であられるようだ」
そんなに個性的なこと言ったか?
「ワン!」
首をかしげる俺に対し、彼の盲導犬があきれたような顔で鳴いた。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085941058707
そして、お読み頂きありがとうございます。
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