クリッシュとヴァンガード

 ――Tueeeeeeeeee!


 周囲でシャ◯ルー総帥と化していたギャラリーの皆さんが、一斉に歓声を上げた。

 これはもう、一種のコールである。


「いえーい」


 ――Uoooooooooo!


 クリッシュが気のない声で拳を振り上げると、さらなる声が上がった。

 コール&レスポンスの完成である。

 してみると、クリッシュという対戦相手の少女は、このゲーム喫茶でアイドルと呼べる存在であるに違いない。

 むむ! ゲームならともかく、アイドルとしては負けませんよ!

 ……今は鉄壁のメガネで変装してますけど!


「おつかれー」


 ひとしきりギャラリーに答えると、例によって筐体を暇な人に託したクリッシュが、こちらへ回り込んできた。

 さっきの格闘ゲームもそうだが、この手のゲームはプレイヤーIDと連携しているので、誰かに託すとその分の勝敗数が記録されてしまう。

 だが、彼女はそういったことを気にしない性質であるらしい。


「お疲れ様です……負けました」


「えへへー、勝っちゃったー」


 将棋の投了よろしく、礼儀正しくお辞儀しながら負けを認めると、クリッシュがニコニコ顔で答える。


「どう? 楽しかった?」


 それから、また顔を接近させてそう問いかけてきたのだ。


「……どちらかというと悔しい気持ちが強いですけど、でも、わけも分からないうちに瞬殺するようなことをせず、一つ一つ、やりたいことを楽しませてもらったんじゃないかと思います」


「おー、それが分かるとは、センスあるねー?

 うんうん、そういう子は伸びる!

 いーこ、いーこ」


「あ、頭を撫でないでください!

 それより、そっちは楽しかったんですか?」


 両手で頭をガードしながらの言葉に、クリッシュは少しだけ考えてから口を開く。


「まあー、楽しかったよ?

 初心者であれだけ動けるなら、大したもんだと思う。

 こういうの、やったことあるの?」


「やったことあるなんてレベルじゃねえよ!

 こっちは、実機に乗ってるんだぜ? 実機にな!」


 ……聞かれたのは俺だが、元気いっぱいにジョグが返答した。

 っておバカ!


「実機ー?

 本物のPLに乗ってるってこと?

 なんだか、どこかで聞いた話だねー?」


「い、いえ!

 アトラクションで乗ったことがあるというだけです!

 ねえ!?」


「お、おう!

 今のは、チィーッとばかり話を盛っちまったぜ!」


 何か考えながら首をかしげるクリッシュへ、ジョグと共に全力で誤魔化しにかかる。


「ま、いっかー。

 それじゃ、わたしは帰るけど、今度はDペックスの公式大会で遊ぼうねー」


 ゆるーりとした調子でそう言われ、ほっとひと安心だ。


「……ちゅ」


 その隙を突かれ、頬にキスされた。

 ……。

 …………。

 ………………。

 へ?

 ほわああああああああああっ!?


「それじゃーアデュー」


 顔面を爆発させながらわたわたするわたしをよそに、クリッシュはヒラヒラと手を振りながら立ち去ったのである。




--




「随分と楽しそうだったじゃないか?」


「盗み見してたのー?

 趣味悪いなー?」


 自分と一緒に退店した青年に横から話しかけられ、クリッシュはそう返した。

 そこで、ふと気付く。

 まるで、見えない手のような……。

 ハイヒューマンにしか認識できない思念波が、自分を探ろうとしていることに。


「よくないよー?

 プライベートの情報探ろうとするのー」


 思念波を使い、互いの意思と感情を正しく理解できるのがハイヒューマンの優れた種族特性であるが、さりとて、人間というものは、自分の殻にそれを押し留めておきたい生物でもある。

 従って、戦闘時などを除けば同胞同士でもそれを行うのはマナー違反であり、クリッシュが咎めるのもごくごく当然なことであった。


「すまん、すまん、過保護だったな?

 アイスでも奢ってやるから、許してくれ」


 隣を歩く青年が、そう言いながら銀髪をくしゃりと無で上げる。

 そんな彼に集まるのは、このネイカー街でグルメを楽しむ客たちの視線……。

 当然ながら、ほとんどが女性たちのものだ。

 それも、当然だろう。


 まるで、名だたる映画俳優の美的要素を全て抽出し混ぜ合わせたかのような……。

 絶対的たる美男子であるのだ。

 しかも、それが一流テーラーで仕立て上げられたスーツに身を固めているのだから、思念波を探るまでもなく、道行く女性たちがときめいているのは理解できた。


「それで、どうだった?

 彼女……カミュ・ロマーノフは?」


「うん、すっごく素敵な女の子だったよー。

 わたし、あの子のこと好きになっちゃった。

 というか、やっぱりあの子がそうだったんだねー?」


 メガネで隠してはいたが、溢れ出るものはそれで蓋をできるものではない。

 自分の予想が当たっていたことを喜びつつ、唇に指を当てる。

 まだ、そこに残っている感覚……。

 それは、なんとも心地よく、甘酸っぱく……。

 反すうするだけで、幸せな気持ちが溢れてくるものだった。


「そうだろう、そうだろう」


 アイスの店に入りながら、隣の青年がうなずく。


「彼女……カミュ・ロマーノフのパフォーマンスには、目を見張るものがある。

 最初のライブではまだ荒削りであり、精神的な気負いやプレッシャーも感じられた。

 だが、今の彼女にはそれを背負った上で、昇華させるだけの芯が備わった。

 ――あ、チョコミント二つ」


「……なんて?」


 何か早口でまくし立てながら注文を済ませる青年に向けて、首をかしげた。


「――ほら、君の分だ。

 ライブパフォーマンスだけでなく、ネット出演する番組での軽快な受け答えも彼女の強みだろう。

 相手は立てつつ、大公家息女という強烈なキャラクター性を発揮して、支配的にトークする。

 しかも、時には毒を交えて、だ。

 その上、どういうわけか、どこか庶民的な感覚まで備わっており、時折交えるそういう視点からのコメントが、ギャップを生み出すと共にトークを盛り上げる」


「いや、あの、ちょっと……?

 ヴァンガードさん?」


 アイスに口も付けず問いかけるが、ヴァンガードというコードネームの青年は、留まるところを知らない。


「忘れてはならないのが、銀河ネットワークを通じての豊富なグッズ通販だ。

 潤沢な在庫こそが、最強の転売屋対策ということか……。

 どれも余裕を持った数が生産されており、購入争いになるということがない。

 それを可能にしたのは、やはり……確固たる実力か。

 製造側にとって、在庫を抱える可能性というのは恐怖。

 それを払拭するだけの実力と魅力が、彼女には備わっているということだ。

 無論、私はコンプしている」


「コンプしてるんすか?」


「しているとも。

 当然、活動資金には手を付けていない。

 全て、私が自力で稼いだ金で購入している。

 そもそも、推し活とは自分で稼いだ金で行ってこそだ。

 どう言い繕っても貢ぐ行為である以上、それをもってこそ、愛を伝えられる」


「稼いでんすか?」


「うむ! 牛丼屋のバイトでな!

 この後にも、シフトを入れてある!」


「牛丼……」


 アイスを舐めてみたが、普段なら感じられる清涼さと甘みが一切感じられない。

 誇りあるハイヒューマンが、牛丼屋でバイトて……。

 で、その金を推し活に注ぎ込むて……。


「……いや、別にいいけど、計画は順調なの?」


「問題ない。

 あのヒラクという男は、実に優秀な人間だよ。

 しかも、カミュちゃまが参戦するということで、頼んだら会場設営と客案内のバイトにねじ込んでくれた。

 これで、特等席から彼女を拝める!」


 ――カミュちゃまて……。


 この男、骨の髄までカミュナイト――カミュファンの愛称――に染め上がっている。

 で、ゲストとして招かれるとかじゃなく、普通にバイトなんだ……。

 それ多分、ボケーッとしてステージ眺めてると怒られるやつなんじゃ?


「では、さらばだ!

 ちなみに、今うちのチェーンは、期間限定チキンカレーがオススメだぞ!」


「ああ、うん……。

 がんばってー」


 アイスも食べ終わり、颯爽とバイトに向かった同胞を送り出す。


「……なんの話だったんだっけ?」


 一人、チョコミントを舐めながらそんなことをつぶやくのだった。




--



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089655471507

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089655510276


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