バイデント

 ――IDOL!


 突如として現れ、謎の組織名を名乗った少女のホログラフィー映像が消失する。

 同時に、上空へ漂う戦艦にさらなる変化が起こった。

 左舷部に備わったウィングの継ぎ目……。

 そこへ存在するハッチが開き、PLたちが出撃を果たしたのだ。


 電磁カタパルトによって射出され、姿を現したのは、レジスタンスが擁するヴァイキンとも、騎士爵軍が扱うリッターとも異なるPLである。

 全身を、赤く塗装されており……。

 装甲は曲線的なラインを描いていて、工業製品然としたリッターのような機体とは異なり、どこか攻撃的でかつ、趣味的なデザインであった。


 特徴的なのは、背部に装備した――ウィング。

 航空機をそのまま背負ったようなこれは、揚力を得るのが目的の装備ではない。

 実際に無人の偵察用ドローンを装着しており、降下して地上戦に移行する都合上、推進力を必要としない機体本体から分離し、高空からの索敵支援を開始したのだ。


 地上に降り立った機体の脚部が、衝撃を吸収するために折り畳まる。

 膝から先は鳥類じみた逆関節構造となっており、それがこの機体に、通常のPLとは異なる脚部可動域を与えていた。


 武装は――アサルトライフル。

 そして、これはどういう意図なのだろうか……?

 コックピットが存在する胴体部を守りやすい腕部ではなく、逆関節可動可能な脚部にごく小型のシールドを装着している。


 総じて――異様。

 ヴァイキンのような、間に合わせ部品をより集めた非正規PLはもとより、リッターのような主力量産機とも、明らかにまとっている雰囲気が異なっていた。

 このIDOLという組織が、なんらかの強烈なドクトリンに基づいて用意した機体であると、素人目にも明らかなのだ。


 では、そのドクトリンとは、いかなるものなのか……?

 それを考える必要も、暇もない。

 何故ならば……。

 地上に降り立った謎の機体たちが、即座にアサルトライフルの銃口を向けたからである。


 しかも、しかもだ。

 レジスタンス側のヴァイキンにも、騎士爵軍側のリッターにも、等しくその銃口は向けられているのであった。


 ――ガガガッ!


 見た目にふさわしく鋭い銃声が響き、赤いPLたちのアサルトライフルから実体弾が吐き出される。

 だが、ただの弾丸ではない。

 さながら曳光弾のごとく、青白い電光を伴って射線を描いているのだ。

 果たして、これなる銃弾の効果は何か?

 それは、回避運動の間に合わなかった一機のヴァイキンが証明した。


 ――バチイィィィッ!


 奇妙な弾丸はヴァイキンの装甲表面で炸裂すると、機体に電磁的ダメージを与えたのである。

 それは、傍から見れば、機械巨兵が電気拷問に苦しんでいるかのような光景であった。


 ――ズズン!


 三点射を受け、存分に電撃を堪能したヴァイキンが倒れ伏す。

 威力は――十分。

 この弾丸がもたらす電磁攻撃は、PL一機を十分に戦闘不能へ追い込めるのだ。


 レジスタンスだけではない。

 これまで優勢な雰囲気を漂わせていた騎士爵軍にも、戦慄が走った。

 そこからは、挟撃だ。


 レジスタンス側と騎士爵軍側の双方とで、中間地点に降り立った謎のPLたちを挟み撃ちにする形となったのである。

 と、いっても、そもそもが命を奪い合っていた両軍なので、連携などというものはないし、機会があれば、銃口は謎のPLたちではなく、お互いの方に向く。

 IDOL所属機たちは、それを見逃さない。

 リッター以上の運動性で俊敏に立ち回りながら、再度の殺し合いが発生しようとしたところに銃撃を撃ち込み、これをご破産にしていくのであった。


 それにしても奇妙なのは、IDOL所属機たちが見せる動きである。

 何しろ地上戦であるから、PLたちの足元では、相当数の歩兵が動き回っているのだが……。

 彼らが遮蔽の間を縫い、いざ、会敵しようとしたその時には、しゃがみ込むことで逆関節構造の脚に装備されたシールドを差し挟み、物理的に戦闘をシャットアウトしてしまうのだ。

 のみならず――そのような機能も搭載されているのか――アサルトライフルのモードを切り替え、超音波による衝撃を放ち、地上の歩兵たちを無力化していくのであった。

 となれば、この特異な脚部構造と脚部シールドは、地上の歩兵たちに干渉することを想定してのものなのだ。


 手にしたライフルは、敵機の撃破ではなく、あくまで機能の無効化を図った装備……。

 のみならず、逆関節脚とモード切り替えの超音波砲によって、歩兵たちの戦闘も沈静化していく……。

 その動きをサポートしているのは本体から切り離された無人偵察ドローンで、IDOL所属機たちは、航空偵察によるデータをリンクし、戦場の様相を完璧に把握しているようである。

 彼らの戦い方は、そう……命を拾い集めているかのよう。

 IDOLという組織に所属しているPLたちは、この戦場で散らされる命を、可能な限り減らそうとしているに違いなかった。


 だが、レジスタンス側にとっても、騎士爵軍側にとっても、そのような思惑は知ったことではない。

 そもそも、皇帝直属だかなんだか知らぬが、いきなり惑星外から割って入り、戦場へ介入しているのである。

 皇帝直属というのも本当かどうか極めて怪しく、両軍から見て赤いPLたちは、文字通り降って湧いた新たな敵でしかなかった。


 ――ビームが。


 ――腕部マシンガンの銃弾が。


 ――電磁弾が。


 それぞれ、戦場の中で交差し合う。

 何しろ廃棄された工業地帯であるから、巨大なPLであっても遮蔽物には事欠かない。

 時に回避運動を取り、時には建物の陰へ隠れることで、三陣営のPLはお互いの射撃を回避する。

 ただし、挟み撃ちされる形のIDOL所属機たちは、逆関節由来の跳ね回るような挙動をもってしても、なお、苦労しているようであった。

 PL戦のみならず、歩兵たちの動きにも気を配っているのだから、これは当然のことだろう。


 このままでは、いたずらに戦場の混乱が増すばかりであると、誰にも思えたのである。




--




「バイデントの戦果は上々ですね。

 パイロットとして選抜した元スカベンジャーズの皆さんも、よくやってくれています」


 いつもの銀河一高価なパイロットスーツに着替え、アーチリッターのコックピットへと収まった俺は、先鋒として降下したPL――バイデントたちから送られるデータを眺めて、そう漏らしていた。


『ハッ!

 パルス弾は確かに効果あるみてーだけどよお……。

 あんま撃墜できてねえじゃねえか』


 新たなカラドボルグに搭乗し、念願の専用パイロットスーツ――別に俺が着ている品のような特殊機能はない――を着込んだジョグが、かつての手下たちをそう評する。


『それは、仕方のないところでしょう。

 まだまだ慣らし運転の段階ですし、人命を第一に考えて動かなければいけないんですから。

 そもそも、バイデントは対PL戦に主眼を置いた機体ではありません』


 ジョグとは色違いのおそろなパイロットスーツを着込んだユーリ君が、ややむっとした顔で反論した。

 あの機体を設計したのは彼であるため、わが子にケチをつけられたような気分なのだろう。

 そう……先行して武力介入しているあの機体こそは、俺たちIDOLのために試作量産された新型PLなのだ。


 ――バイデント。


 PLでありながら、対歩兵戦及び歩兵との連携に主眼を置いているのが特徴の機体である。

 逆関節型の脚部を採用し、脚部にシールドを装備しているのは、そのため。

 これによって、素早くしゃがみ込み、かつ、その動作のみで生身の人間を保護することができるのであった。

 また、アサルトライフルは電磁パルス弾と対人用の超音波砲へ切り替えることが可能であり、対PL・対人の両面に置いて非殺傷での無力化が可能となっている。

 まさに、Imperial Directorate of Order and Lawの名を関する組織が、主力とするにふさわしい機体であるといえるだろう。


「ユーリ君の言う通りです。

 慣れない戦い方でありながら、戦場の犠牲を最小限に抑えているんですから、さすが元スカベンジャーズと言うしかありませんよ。

 それより、そこまで言うからには、当然、活躍を期待してもいいんですよね?」


『そうですよ。

 乗り換えたばかりで上手く扱えなかったなんて言い訳、聞きませんからね?』


『おいおい、誰にモノを言ってやがる?』


 俺とユーリ君から言われ、ジョグが凶悪な笑みを浮かべる。

 コームで整えるまでもなく、その赤髪はバリリとしたリーゼントにキマッていた。


「よし、それじゃあ……出撃!」


『任せとけよっ!』


『了解!』


 俺の号令に従い……。

 まずはジョグが、続いてユーリ君が、それぞれの機体を電磁カタパルトに歩ませたのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088589273992

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088589321966


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