チューキョーにふさわしい格好
PLを二機も……それも、いつでも出撃可能な状態を維持しつつ搭載するというのは、言葉にするほど簡単な作業ではない。
各種の消耗品や、いざという時に備えた替えの部品、予備の武装類など、足として使用する輸送船に積み込まねばならない物資は、山のように存在した。
ちなみに、今回使用する輸送機――バカデカイ箱にブースターを取り付けたような代物だ――を提供してくれたのは、他ならぬアレルである。
彼が惑星タラントへ訪れる際に使用したそれを、そのまま使わせてもらうわけだな。
一人きりで訪問したこともあり、目立つことを嫌ってごく普通の民間輸送船めいた艤装で来てくれたのが、今回の旅行にとって好都合だったのだ。
ま、賭けに負けたのは向こうなのだから、遠慮なく頼らせてもらおう。
と、いうわけで、いい機会だからPLによる搬入作業のやり方もアレルに教わったりと、二日ばかり忙しい日々を過ごす。
そんな時間の中、俺の胸中に膨らんでいくのは、これから向かうチューキョーというスペースコロニーへの期待感であった。
そもそも、今回のお忍び旅行……。
わざわざ賭けまでして押し通したのは、あの日、アレルと通信している相手のホログラフィック映像を見たのがきっかけである。
何しろ、現在は『パーソナル・ラバーズ』本編より四年前であり、人相は少しばかり違った。
だが、アレルと楽しげに会話する盲目の日系人青年など、一人しかいない。
――ケンジ・タナカ。
『パーソナル・ラバーズ』における攻略対象の一人である。
その姿を認めると同時に、俺の脳裏をよぎったのは彼のプロフィール……。
とりわけ、好物としている料理であった。
そのものずばり――ラーメン。
主人公が窮地に陥った際、物陰でズズリとラーメンをすすりながら現れる場面は、字面のシュールさと裏腹に、作中でもかなり人気が高いシーンである。
何しろ、その後に見せつけるのが盲目の剣士無双だからね。
ハンディキャップを背負った剣客というものは、どこの世界においてもカッコイイのだ。
閑話休題。
彼の姿は、極度のラーメン飢餓状態だった俺へ、即座に天啓をもたらした。
――そうだ!
――こいつが治めるチューキョーなら、ラーメンあるじゃん!
だって、先述の名場面も、チューキョーが舞台だからね。
かくして、俺はアレルへ賭けを申し込み、引率役を引き受けさせることに成功。
また、口うるさいセバスティアンからの承諾も得ることに成功し、チューキョー行きへの切符を手にしたのである。
で、このチューキョー行きであるが、楽しみにしているのは、何もラーメンのみではない。
チューキョーというスペースコロニーそのものの景観もまた、楽しみであった。
と、いうのも、このコロニーは『パーソナル・ラバーズ』作中でも、異質な世界観を備えた場所なのである。
簡単に言い表すならば……。
――サイバーパンク。
――&勘違いニッポン。
……と、いうことになるだろう。
街中は常に暗く、視界を埋め尽くすのは色とりどりのネオンサイン!
空を飛び交う無数のドローンが、高層ビルディングで暮らす富裕層へひっきりなしに商品を届け、下層階級はといえば、路地裏から羨ましそうにその光景を見上げるばかり!
――ゴウランガ!
思わずそう叫びたくなるような、外人も日本人も大好きな光景が、作中では展開されていたものだ。
もうね。アンドロイドもピッカピカな夢を見まくりって感じ。
もちろん、俺もそういう世界観は大好きなので、ラーメンだけでなく、そちらも心ゆくまで楽しむつもりなのである。
……となると、ファッションも相応のものでいく必要があるな。
「エリナ! 着替えますよ!」
「はいはい、どんな服にですか?」
俺と一緒に忘れ物がないかチェックしていたエリナが、そう言いながら素早くそばへやって来た。
「これです!
現地で着替えようかと思ってましたが、今から気分を味わっていきましょう!」
「ええ……それですかあ?」
スーツケースから取り出した衣服を見た我が専属メイドは、露骨に顔をしかめたのである。
--
「よし、これで出発準備は整ったな。
まだ子供なのに、大した手際じゃないか」
ロマーノフ邸正面に着陸させた輸送艦の前で、滞りなくPLの輸送準備が整ったことを見届けたアレルは、そう言って傍らの整備士少年を見やった。
「こ、公爵様自らにお褒め頂くなんて恐縮です」
一方、褒められた当の本人は、女の子のようにも見える顔をうつむかせながら、ただ恐縮するばかりである。
「あまり謙遜するものじゃない。
こういう雑事めいた作業でこそ、普段の研鑽がうかがえるものだ。
もし、君が大公家の所属じゃなかったなら、僕がヘッドハントしているさ」
「か、過分なお言葉です。
でも、その……嬉しいです」
過剰なまでに身を縮こまらせているのは、年齢が原因か、はたまた、出自が理由だろうか……。
聞いた話によると、貧困層出身だという少年を見て脳裏に浮かぶのは、カミュのことであった。
何もかもが――破天荒。
銀河帝国で最大勢力を誇る貴族家の令嬢でありながら、PLという男が乗り込む兵器に興味を示し、実際に操縦まで学ぼうとする。
ばかりか、奇策に次ぐ奇策とトンチが勝因とはいえ、ともかく、天才と呼ばれる自分との勝負に勝利してみせた。
規格外といえば、あまりに規格外な少女である。
極めつけとして、今回のチューキョー行きだ。
スペースコロニー――チューキョー。
とてもではないが、大貴族のご令嬢が旅行したがるような場所ではない。
ウォシュレットから、PLに至るまで……。
あそこで生産されている工業製品は、いずれも時代の最先端を行く代物であるが、その技術力を喧伝するかのような街並みは、美観というものに乏しく、到底、観光地として適しているとは思えなかった。
だが、その選択を好ましく思っている自分がいる。
――何しろ、世が世だからな。
銀河帝国が建国され、暦を西暦から帝国歴に移し、何世紀もの時が流れていた。
当初は銀河帝国の名にふさわしい栄華を誇っていたが、長き治世がもたらす腐敗という病は、旧世紀に存在したいくつもの国家と同じく、この国を侵している。
――何か一つ。
――何か一つきっかけがあれば、帝国はたやすく内乱の時代へ転がり落ちるだろう。
それが、見識ある者の予想だ。
そして、いざそうなったならば……その規模は銀河全域にまで広がり、人類史上例のないものとなることであろう。
そのような時代を生き抜くため、必要なのは資金力や軍事力を始めとする地力。
それから、他者に遅れないための技術力であった。
ことに、兵器へ用いられる軍事技術は重要だ。
例えば、ハードとしての性能が同じだとしても、内部へ用いられる電子機器の性能次第で、そのパフォーマンスは大きく変化する。
最先端のテクノロジーへ触れ、それを生み出す生産地を訪れることは、必ずや将来役に立つことであろう。
それを思えば、カミュというご令嬢の深謀遠慮には目を見張るものがあった。
――さすがは、僕に勝っただけのことはある。
……などと心中でつぶやき、負け惜しみをしておく。
まさか、己を倒したほどの相手が、単に食べ歩きがしたいだとか、チューキョーの物珍しい景観がぶっ刺さっただとか、そのようなしょうもない理由でお忍び旅行を言い出すはずがないのだ。
「――お待たせしました」
と、そんなことを考えている間に、最後の荷造りをしていたカミュたちが姿を現す。
「はは、お嬢さん方の準備というものは、時間がかかる――」
意識も視線も別の方を向いていたアレルは、さわやかさの仮面を被り直して、定型の言葉を返そうとしたが……。
「――ものです、よ゙」
最後の最後、思いっきり言い淀むことになった。
だが、それも当然のことだろう。
カミュが着ていたのは、まったく予想だにしない衣服であったのだ。
使われている布地は、一体どこで扱われているものなのだろうか?
ビニールめいた艶と光沢があり、日の光をあびてキラキラと輝いている。
とはいえ、その布地が覆う面積は――少ない。
下は座り込めば裾の間が見えてしまいそうなショートパンツであり、上の方は、ほとんど下着のようなタンクトップであった。
十二歳の少女が着るには、少しばかり貞淑さを欠いた衣服であり……。
何より、あまりにも――ハイセンス。
あるいは――サイバー。
そして――パンク。
ご丁寧にも、左腕へタトゥーシールまで貼り付けているのは、芸が細かいと言うか、こだわりを感じられるが……。
少しばかり、着る者の美的センスを疑ってしまうファッションである。
そんなわけで、アレルからすれば、トンチキさばかりが先に立つ格好であったが……。
「ぐぼっ……!?」
どうやら、カミュと年が近いユーリにとっては、十分すぎるくらいセクシーな恰好であったらしい。
鼻血を吹いた少年整備士が、情けなくも地面に倒れた。
――戦死者一か。
――過酷な旅になりそうだな。
「カミュ殿……。
普通の服でいきましょう」
アレルは心中でそのように考えつつ、常識的な提案をしたのである。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085390689465
そして、お読み頂きありがとうございます。
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