ユーリ・ドワイトニング

 選んだ攻略対象によって大きく展開が変わる『パーソナル・ラバーズ』であるが、四人いる攻略対象の内、ルートの方向性というか、各人の属性は、大きく二つに大別される。

 すなわち、貴族側。

 そして、庶民側であった。


 貴族側というのは、要するに元から大貴族だった者が、他の貴族らと戦って勝利し、天下を掴むというお話であり……。

 庶民側というのは、背景などない庶民から出てきた英雄が、天下を掴むという物語である。


 前者に属する攻略対象は、我が師ことアレルと、これから訪れるチューキョーの領主であるケンジ・タナカだ。

 そして、後者に属している内の片割れが……ユーリ・ドワイトニングという少年であった。


 ――ユーリ・ドワイトニング。


 『パーソナル・ラバーズ』の攻略対象では、唯一、主人公より年下の存在――俗に言うショタ枠――であり……。

 作中世界において、随一の天才である。


 彼が操る専用PLは、圧倒的な火力で敵軍を殲滅するという対多数に特化した機体であるわけだが……。

 機体に使われているという部品は、そのいずれもが、ジャンク品なのだというから驚きだ。

 しかも、PLのジャンクパーツだけを使っているわけじゃないぞ。

 足りない部品は、ジャンク家電のものを改造して補ったり、果ては、研磨剤の代わりとして歯磨き粉なども駆使していた。


 もう、そんじょそこらの機械屋とは次元が違うと分かるだろう。

 多分、テロリストにさらわれたとしても、現地のジャンク品でアイアンなスーツ作り出して脱出すると思う。

 それが、天才――ユーリ・ドワイトニングという少年なのだ。


 で、それがこの時期、うちで整備士やってただなんて、聞いてねえぞおい!

 確か、時系列的に四年後である『パーソナル・ラバーズ』作中においては、生まれた時から機械いじりで生計を立てていたと語っていたか……。

 その中に、ロマーノフ大公家への志願も含まれていたってことか?

 まあ、冷静に考えてみれば、道理ではある。

 実力と実績のある人間が、でかい組織に高く自分を売り込むのは、ごくごく当たり前のことだからだ。


 そして、例によって問題となるのは、俺というかわたしことカミュ・ロマーノフの胸中に宿る危機意識なのであった。

 ユーリルートにおいても、我が親愛なるお父様ことウォルガフ大公は、当然の責務がごとく敵側に回るわけだが……。

 ユーリ側の姿勢は――苛烈。

 彼の率いる一党は、貴族という特権階級に対して、猛烈な怒りと憎しみを抱く下層階級出身者によって構成されているからである。

 ただ、カミュに対しては殺さず放免しているので、容赦なく宇宙の塵にした隣にいる誰かさんよりは、慈悲があるのかもしれない。


 さーて、どうしようか……?

 アレルに初めて会った時と同様、いきなり過ぎる危険人物とのエンカウントに、俺の脳が高速回転を始める。

 始めて、すぐに結論が出た。

 すなわち……。


 ――別にいーじゃん。


 ――むしろ好都合じゃん。


 ……と、いうものである。

 そもそも、『パーソナル・ラバーズ』作中においてユーリが一旗上げる契機となったのは、どれほどの実力があっても、下層階級出身では這い上がれる限界があったからだと本人に語られていた。

 その言葉と、現在の状況を鑑みれば、せっかく入り込んだロマーノフ大公軍で嫌気の差す何かがあったことは、容易に推察できる。


 また、単純に現在の状況で考えた場合、これは幸運の二文字で表すしかない。

 何しろ、作中から四年前……すなわち十歳の子供という段階なので、今の実力がどの程度かは不明だ。

 しかし、遅くとも四年後には銀河一の天才技術者になると、前世の記憶が保証しているのであった。


 豊穣が約束された青田など、買いの一手。

 それに、俺は、いずれティルフィングやミストルティンなどと同じく、自分用のカスタマイズ機が欲しいと考えている。

 もし、それをここにいるユーリが手がけてくれたなら……。

 間違いなく、最高の機体へ仕上がるに違いない。

 だから、俺は笑顔と共に手を差し出したのだ。


「よろしく。

 今日からあなたも、友達ですね」




--




 ――左遷。


 大公家のお嬢さま付き整備班へ回されると聞いて、ユーリの脳裏へ思い浮かんだのは、その二文字であった。

 腕を示し、軍へ潜り込むことには成功している。

 結果、高額な給料によって、スラム出身の孤児は、安定した生活を手に入れることができていた。


 だが、豊かな衣食住だけでは、決して満たされぬ心の渇望というものがある。

 せっかく入った軍において、自分の扱いは――最悪。

 家柄しか見ず、メカを整備する腕も乏しいバカたちは、ユーリのことを大公が道楽で雇った無能のガキと決めつけ、ろくな仕事を回してこなかったのだ。

 ひどい者は、尻を差し出すことで雇われたのだろうとまで言ってきていた。


 そこへきて――この仕打ち。

 しかも、これは、唯一腕前を買ってくれていると信じていたウォルガフ大公直々の采配だという。

 PLに興味を持ったと聞くが、大貴族家のお嬢様にとっては、せっかくのリッターも、大きな着せ替え人形くらいの扱いでしかあるまい。

 あらゆる環境に対応でき、調整次第で領主専用機にも匹敵するポテンシャルを誇る機体が、そのような扱いを受ける……。

 その上、自分がこれに協力しなければならない。

 それは、愛するPLという機械と自分に対する最大限の侮辱であった。


 ……と、思っていたのだが。


 このお嬢様は――違ったのである。

 アスリートの筋肉が、負荷を与えられることで喜びを示すように……。

 PLの各部品もまた、愛情を持って操縦したのならば、消耗したはずなのに以前以上のパフォーマンスを見せることがあった。

 カミュお嬢様にあてがわれたリッターが、まさにその典型例である。


「マシーンが喜んでやがる」


「こういう扱いをされると、機械屋冥利に尽きるよな。

 なあ、ユーリ!」


 周囲にいる遥か年上の整備士たちも、気さく。

 そんじょそこらの連中とは格の違う腕前を持つ彼らは、一流の常として同じく一流であるユーリの実力を敏感に感じ取り、自分たちと同等に扱ってくれていた。


 弄り甲斐のある機体……。

 未熟さは機体の状態から察せられど、託すに足ると思えるパイロット。

 鬱屈していた日々は、急激に色を持つ。


 最大の契機は、リッターが片手を失って帰還した時のことだ。

 野外ドックに機体を運んできたお嬢様は、もげた片手を無事な手で掲げ、外部スピーカーから堂々と宣言したのである。


『ミストルティン!

 討ち取ったりー!』


 傑作とはいえ、ありふれた量産機が、大領ラノーグ公爵家の専用機に勝った。

 信じられない事実だったが、肩をすくめる動作で共に帰還したミストルティンの姿が、真実であると物語っている。


 ――偉業!


 ――あまりにも……偉業!


 確かに、リッターは傑作量産機であり、チューン次第でカスタム機とも渡り合うことは可能だ。

 また、整備は万全だったと、胸を張って宣言できた。

 だが、それは所詮、机上の空論……。

 限定されたルールの戦闘であり、多分にレギュレーションの穴をついていたとはいえ、現実に成し遂げる者が現れるとは……!!


「ありがとうございます!

 それと、ごめんなさい!

 リッター壊しちゃいました!」


 歓声で出迎える整備士たちに対し、コックピットハッチを開いたカミュお嬢様が手を振って答える。

 整備士たちは「気にするな!」とか「安い代償だ!」だのと答えていたが、ユーリがそれに加わることはなかった。

 ただ……。


 ――綺麗だ。


 そう思いながら、パイロットスーツ姿のご令嬢を見上げていたのである。


 その彼女が今、自分に握手を求めていた。

 ばかりか、恐れ多いことに、これからは友達であるとまで言ってくれている。

 今の彼女は、大貴族のご令嬢とは思えぬボーイッシュな装いだが、それでも輝きは色褪せない。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 地上の天使に対し、ユーリは緊張で声を上ずらせながら握手を行った。

 ひやっこく、そして柔らかな感触……。

 それだけで、ユーリは背骨が天に飛び出していきそうな心地だったが……。


「……うん。

 わたしとあまり年が変わらないのに、ゴツゴツしています。

 働き者の手ですね」


 そう褒められて、いよいよ、意識が一瞬飛んだのである。



--



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085321159143


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