ユーリの発明品
例えば、一枚のコピー用紙を宇宙であると仮定しよう。
長手側の端から端まで移動したい時、ちぃーっとばかり手間であることは、紙の色よりも明白だ。
だが、この用紙を二つに折り、ペンで突き刺したとする。
すると、あんなにも遠かった出発地点と目的地とは、すぐ隣同士だ。
……これが、『パーソナル・ラバーズ』作中というか、俺が転生したこの世界におけるワープドライブの大まかな原理であった。
実に便利。
と、いうより、これがなければ宇宙への植民など、到底ままならない。
何しろ、宇宙は広大だ。
遠目には小惑星が密集しているように見えたとしても、実際にそこへ行くと、各小惑星同士の間には、地球が何十個も並べられるくらいの距離があるなんてのはザラである。
そんな中を移動するとなったら、例え光の速さで移動したとして、人生がいくつあっても足りないわけで……。
物理的な距離を超越するワープは、人が生身のまま銀河へ進出するにあたって、必須の技術であるといえるだろう。
かようにありがたいワープドライブであるが、こういった技術のお約束として、無制限に使えるわけではない。
例えば、重力的な無風地帯である必要があるし、ドライブ先も一箇所に限られていた。
そのため、恒星間移動をするならば、いくつものワープドライブを経由せねばならないのが普通であり、ワープポイントからワープポイントまで……。
そして、いざワープ行脚を終えた後、目的とする惑星なりコロニーなりへ至るまで……。
通常航行で移動せねばならないので、数日から数週間は要するのである。
その点でいくと、今回の旅路は小旅行にふさわしく、移動日数もさほどかからない。
三つばかりのワープポイントを経由し、片道三日、往復でも六日が移動に要する時間だ。
都合よく、ロマーノフ領とラノーグ領とタナカ領が近しい位置関係にあるのか?
そうではない。
三つの家は家格こそ違えど、帝国にとって重要な貴族家だ。
で、あるから、帝国の中央部と呼べる領域に所領が固められているのであった。
と、いうわけで、一般的な恒星間移動と比較して、非常にコンパクトナイズされているこの旅行だが、それでも、片道三日の暇な時間があることに変わりはない。
輸送船へ乗り込んだ俺たち四人は、それぞれが、それぞれなりの方法で時間を潰していたのである。
まずは、アレル。
輸送船の操縦士を務めるのは彼であるが、基本は自動操縦であり、ワープアウト前後や不慮の事態が起こらない限り出番はないため、時間の余裕はあった。
彼はその時間を使い、うちの屋敷でそうしていた時と同様、自領の仕事をリモートでこなしているようだ。
いや、屋敷にいた時よりもはかどっているというべきか。
何しろ、ここでは俺の操縦訓練を行う必要がないのだから。
そこんところ、俺としては不服の限りである。
何しろ、周囲に広がるのは無限の大宇宙だからな。
加えて、輸送船に搭載しているミストルティンとリッターは共に全領域型の万能機であり、調整を必要とせず宇宙空間でも活動することが可能だ。
だったら! 宇宙空間での操縦訓練を行うべきではないか!
いつやるの? 今でしょ!
俺の心は、毎度OPで公国軍も一年に渡る戦争も放り出し、銀河へ向かって翔んじゃう初代機動する戦士のごとく燃え上がっていたが……。
これは、あっさりと却下された。
我が師アレルいわく。
――まだ早い。
……とのことである。
そもそも、宇宙空間での活動というものは、様々なスキルが必要不可欠なものだ。
そうじゃなかったら、NASAはあれほど過酷な訓練を、宇宙飛行士に施したりはしない。
そしてそれは、数々の超テクノロジーが宇宙空間での活動をサポートしてくれるこの世界においても、変わらぬ法則……。
対して、この俺ことカミュ・ロマーノフの宇宙空間に関連する訓練総時間は、貫禄の――ゼロ時間。
そんな奴、宇宙に出せるわけがありませんね。
ぐうの音も出ない正論であり、反論する余地がない。
だったらここでその訓練を! とも思ってしまうが、何事も手順やカリキュラムというものがあり、移動中の輸送船でそれを達成することは不可能だった。
と、いうわけで、惑星タラントでは毎日行っていた操縦訓練も、しばしの休暇期間へ突入していたのである。
残る三人のうち、エリナは食事や洗濯など、一行の世話を一手に引き受けてくれていた。
まだ十三歳な彼女であるから、俺と一緒にリモート教育を受けるのも必須であるし、ほとんど普段と変わらない生活をしていると言っていいだろう。
で、俺はどうしているのかといえば、だ。
リモート教育を終えた後は、輸送艦の格納庫にひたすら入り浸り、旅の一行最後の一人――ユーリがしている作業へ見入っていたのである。
「なんというか……。
これはもう、宝の山ですね」
場所が場所ということもあり、動きやすく、かつ、汚れても構わないオーバーオール姿となった俺が、目を輝かせながらそう言うのも無理はない。
格納庫内へ収められているのは、ユーリが開発したPL用モジュールの数々だったのだ。
「そう言ってくださるのは、お嬢様だけです。
とはいえ、自分でもアイデアが先行しているだけで、とりあえず形にしてみたって感じなんですけど」
言いながら頭をかいてみせるユーリだが、その試みを積み重ねていった先に、本編で彼が乗っていた専用PLがあると俺は知っていた。
いわば、ここは彼の兵器開発史そのもの……。
それに、ゲーム本編では大出力のビーム砲で固めた大火力機を操っていた彼だが、ここに収められているのは、極めて柔軟な発想で試作された品の数々だったのだ。
「あのトリモチ砲は面白いですね。
この計算通りなら、絡んだが最後……リッターのフル出力でも引きちぎるのは容易じゃありません」
見た目は、ジャンク品のPL用バズーカそのもの……。
しかし、実態は吐き出されたトリモチのごとき樹脂が、瞬時に弾着点へ固着化するというその装備を見上げながら、タブレット片手に声を張り上げる。
「そもそも、スペースコロニーや宇宙船の簡易補修をするために考案した代物ですから。
液状化した状態から、瞬時に目標強度の固着化を実現させるための化学式考案には、骨が折れました」
「これなら、すぐにでも正式採用できるんじゃないですか?
もし、ユーリ君がその気なら、わたしからお父様にかけ合いますよ」
何しろ、鉄の男という異名が嘘のようにチョロイお父様のことだ。
二つ返事でオッケーイ! をもらえることは、想像に難くない。
「そのお言葉は嬉しいんですが、こいつには、自分でもハッキリ分かる欠点がありまして……」
クレーンで吊るされたバズーカを見上げながら、ユーリがボリボリと頭をかく。
「固着化した後も強烈な粘着力は残るので、例えばコロニーの損壊時に使った場合だと、吐き出される空気に乗せられてきたガレキやら何やらが貼り付いちゃうんですよね。
それらや、トリモチそのものを撤去する作業を考えると、従来通りなバルーン弾頭の方が実用的かと」
「対PL用に考えたらどうですか?
さっきも言った通り、相手の動きを止めるのには最適だと思いますよ?」
「ビームを当てた方が確実に撃墜できますから……」
「なるほど……」
言われりゃその通りだ。
特に、戦闘面の方は、こんな弾速の遅い物を当てようとするより、ビームで撃墜した方がいいに決まっていた。
「じゃあ、あの武器は?
こう、すごくカッコイイですけど」
次いで、俺が指差したのは、同じくメンテナンスのために吊るされている巨大な弓である。
PL用の大きさをしたそれは、こう……完全に弓!
一応、ライフル用のそれを転用したと思わしき照準装置なんかは付いているが、中世の時代で活躍していただろう洋弓そのままと思えるモジュールであった。
「アーチェリーですか。
特殊鋼製のワイヤーを弦にし、PLのパワーで引けばレールガンにも劣らない破壊力!
いくつもの矢じりを使い分ければ、応用性も抜群!
……と思って作ったんですけど」
やはり頭をかきながら、ユーリが苦笑いを浮かべる。
「どう考えても、弦を引くための隙が大きすぎますからね。
というか、弓が銃に勝るなら、旧世紀の地球で行われたという世界大戦も人類は弓矢で争ったでしょうし」
「浪漫と実用性の両立って、簡単じゃないんですねえ……」
「ですねえ……。
すいません。せっかく、試作品の持ち込みと製作を快く許可して下さったのに……」
「全っ然!
それより、もっと色々と見せて下さい!」
ニカッと笑ってユーリに答えた。
「え、えっと……。
じゃあ、弓に使ってるのと同じ特殊鋼製のウインチとか……」
「それ、いいですね!
デッドウェイトにもならないですし、わたしのリッターに取り付けたいです!」
赤面し、明後日の方を見ながら解説するユーリへ、俺は時に説明を求め、時には自機への装備を要求したのである。
ほとんどは、デメリット面から装着を見送ることになったが……。
唯一、ウインチだけはリッターの股間部に装着してもらえた。
これは……いいものだ!
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085449123791
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085449153289
そして、お読み頂きありがとうございます。
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