ネイカー街
皇都の街並みを表現するなら、そうだな……。
行ったことないけど、前世におけるロンドンなんかが近しいイメージである。
敷き詰められた石畳と、立ち並ぶ石造りの建物群が、街全体に厳かな雰囲気を漂わせており……。
母なる地球から受け継ぎ、この銀河へ根付かせてきた帝国の歴史というものが、街そのもので表現されているのだ。
「雰囲気のあるいい街ですね。
確か、建物を建てるに当たっては、色々と制限があるんでしたっけ?」
「高さの制限はもとより、建物そのものの造りも、周囲の景観を壊さぬよう最大限配慮したものにする必要があるそうです。
ここ皇都は、銀河有数の観光スポットでもありますから」
俺と共にホテルから出たエリナが、すまし顔で解説をした。
本日、俺たち二人のコーデは、ミニスカートにブラウス、スクール風のベスト……。
俺のみは、アクセントとして変装用のメガネというものだ。
エリナの趣味ではなく、俺の意見を通した結果である。
センスが悪いとは言わないが、任せておくとフリフリ系ばかり選んでくるからな。
「なんつーか、古臭え街だなあ。
オレとしちゃ、チューキョーの方が好きだぜ。
つーか、見ろよ! 馬車が歩いてるぜ! 馬車が!
あんなトロトロ走らせてて、眠くならねえのかよ?」
「ボクも、あっちの方が好きですかね。
ネオンの光を見ると、落ち着くというか、なんというか……」
上は俺たち女子組と似たような着こなしで、下にはスラックスを履いたジョグとユーリ君が、田舎者丸出しといった風に街並みを見渡しながらそう言った。
「色んな個性を持った都市があるからこそ、銀河は面白いのです。
どこに行ってもビルが立ち並ぶだけの世界なんて、心が貧しくなってしまいますよ」
この良さが分からないお子様たちに、精神的な年上として告げておく。
まあ、俺もチューキョーのハイセンスぶりは大好きだけどさ。あんな濃い都市だらけの銀河なんて、普通に嫌だろう。
と、そんな風に考えているところで、ふと思いついたことがあった。
思いついたら、即実行。
それが、カミュ・ロマーノフの流儀である。
というわけで、俺は男子二人に向かって、屈み込むようにしながらこう言ったのだ。
「それより、着飾った女子を見て、何か言うことはないんですか?」
「えっ……!?」
「なあっ……!?」
俺の言葉を受けて……。
ユーリ君もジョグも、体中の血液を顔面に移動させる。
特にジョグなどは、いつも通り真っ赤な髪の毛をリーゼントに固めているので、首から上が赤一色という有様だった。
だが、そこからの反応は、それぞれ別物。
「いや、えと、あの……」
ユーリ君は、ドギマギとしてから、遥か遠くの時計塔に視線を送り……。
「お、女の服なんて、聞かれたって分かるかよ!」
ジョグの方は、真っ赤な顔のままでそっぽを向く。
「ふふっ……。
まあ、それで答えということにしておきましょう」
「お嬢様、人が悪いですよ。
それより、馬車が来ます」
エリナがすまし顔で告げた通り……。
彼女の呼んだ馬車が、こちらにカッポカッポと歩みを進めてくる。
「なんだよお?
タクシーを呼んだ方がはええじゃねえか?」
「せっかくの観光兼休息なんですから、風情を楽しみましょう。
一緒に来たがったお父様には悪いですけど」
お父様、さっきまで自分も行くと言って聞かなかったからな。
昨晩の事件があったので、なおのこと過保護さが増しているのだ。
終いには、護身用だとか言って、アサルトライフルまで持ち出してくる始末。
もちろん、そんな鉄の男は、黒騎士たちが両脇からがっしりホールド。
帝都でしか……それも、主だった貴族家が集結している今でしかできない諸々の外交をこなさせるべく、連行して行った。
お父様と同行しているセバスティアンよ。しっかり監督を頼んだぞ。
「それで、どこへ行かれるのですか?」
「あたしも、観光としか聞いてませんが?」
「ネイカー街です」
ユーリ君とエリナの質問に、俺はそう答えたのである。
--
「ラッキーガンラック! お前と別れるのはつれえが、達者にやれよ!」
「ブルッヒィーン!」
乗る前の渋りっぷりは、どこへ行ったのか……。
ワガママ言って御者席の隣に乗せてもらい、アレコレと御者業についての話をせがみ、ついでに馬とも仲良くなったジョグが、街路の片隅で別れを惜しんでいた。
つーか、懐かれてるな。オイ。
ジョグの頬へ顔を寄せるラッキーガンラックなる馬から、悲しみの波動を感じる。
ちなみにこの子は牝馬なので、人間相手にはどうだか知らんが、少なくとも馬にはモテるということのようだ。
「さて……と」
シャーロック・ホームズとかが乗っていた馬車はどうだったのか知らんが、少なくとも、この銀河帝国帝都を走る馬車は最新鋭のサスペンションなどが使用されており、振動などは皆無であった。
そのため、体力を消耗することなく、優雅に古都の旅を終えることができた俺は、見慣れたようで見慣れていない街を見回す。
――ネイカー街。
単に政治的中心地というだけでなく、観光都市の側面も持つ帝都において、観光客たちの食欲を一手に引き受けるのがこの場所だ。
右を見れば――飲食店!
左を見れば――飲食店!
立ち並んだレンガ造りの建物は、いずれも――そう、一階も二階もだ――何らかの飲食店テナントであり、俺たちの他にも、多くの観光客が押し寄せて食欲を満たしている。
お店の種類は、様々だ。
定番のフィッシュアンドチップスを出す店は当然として、その他には、牡蠣オムレツ店や豚レバースープの店、タロイモアイス店などがあり……。
とりわけ繁盛しているのは、やはりアフタヌーンティーを楽しめる喫茶店で、これに関しては、価格帯別に分かれているようだった。
「これは目移りしてしまいますね。
ですが、食べ過ぎて太ってしまうことがないよう、注意しなければ!」
むん! と力強く拳を握ったエリナが、決然とした顔で宣言する。
成長期の狭間にいる女の子は、カロリー管理が大変なのだ。
「ボクはあまり飲食店に興味がありませんが、確かに、これはすごいですね。
あの牡蠣オムレツの店とか、すごい行列ですし。
銀河ミシェランから星も貰っているみたいです」
行き交う観光客を見もしないで回避しつつ、携帯端末をいじっていたユーリ君が、感心しきりといった様子でその店を眺めた。
「牡蠣オムレツだけではなく、ここでしか食べられない珍しい料理が、たくさんあるらしいです」
まるで、自分の生まれ育った街でも紹介するかのように……。
胸を張りながら、解説してみせる。
なぜ、俺がこの街へこうも親しみを持っているのか……。
それは、ここが主人公ことデフォルトネームマリアの生まれ故郷であり、『パーソナル・ラバーズ』本編でも、ちょくちょく回想される街だからであった。
懐かしいなあ。
最初は、なんでベイカー街モチーフなのにグルメ街なのかと、不思議に思ったもんだぜ。
後に、妹から台湾の
そんなわけで……。
何一つ勝手を知らないのに、故郷へ戻ったかのような落ち着きを覚える。
ふっふ……ジョーキーさんの牡蠣オムレツ店、ゲームのスチルで見たまんまの店構えだぜ!
是非、主人公も大好きだという味を体験してみたいところだが、今は行列へ並んでいる場合ではない。
ここへ来た目的を、果たさないとな。
「色々と目移りはしますが、胃袋は有限です。
まずは、一通り眺めてみませんか?」
俺の言葉に、異を唱える者はおらず……。
ラッキーガンラックちゃんとの別れを終えたジョグも加わり、ネイカー街を練り歩く。
ゲーム中で、生家の住所が語られていたのは幸い。
俺は何気ない風を装いつつ、主人公の生家であるベーカリーへと皆を誘導したのである。
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結論から言おう。
そんな店はなかった。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089370002274
そして、お読み頂きありがとうございます。
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