ヒラク・グレア
例えば、桜田門外の変で殺害された大老井伊
あるいは、サラエボ事件で暗殺されたオーストリア大公のように……。
歴史上、偉人や有名人が正面きって暗殺ないし殺害された事例というのは、結構多い。
記憶に近しいところだと、前世で起きた安倍元総理の殺害事件なんかもそうだし、未遂だとドナルド・トランプさんを演説中に銃撃した事件なんかも含まれる。
多分だが、たった今、俺が味わった気分というのは、その被害者らと共通するものだと思う。
突如として――そう、本当に兆候すらなく突如としてだ――殺意が知覚できたと思ったら、付近にいた貴族男性の一人が、セラミック製のナイフを抜き放っていた……。
俺の頭は、もう真っ白である。
確かに、柔道などを嗜んではいるが、あれはあくまでも護身兼淑女としての嗜みに過ぎず、ジョグのごときザコ助ならともかく、大人相手に通用するレベルではない。
――この人は確か、ハクビ子爵。
――本人の性格的にも、政治思想的にも、皇帝を害する動機はないはず。
――なのに、なぜこんな凶行を?
動かぬ体の代わりに、思考のみは加速したが、だからといって、何ができるわけでもない。
ギクリと硬直したカルス帝の様子を見る限り、実は暴れん坊将軍よろしく超強かったというオチも期待できなさそうであり……。
このまま、銀河最高権力者に凶刃が突き刺さるかと思われた。
それを救ったのが、純白――まさしく白一色のスーツへ身を包んだ紳士だったのである。
「――感心しないな。
このようなオモチャを、陛下主催のパーティーに持ち込むなんて」
悪漢と化したハクビ子爵を制する手際の、なんとまあ鮮やかなこと。
訓練を積んだ職業軍人であっても、不意の実戦でこうまで上手く立ち回れるかは、怪しいところであった。
「それにしても、チャチな代物だ。
リンゴでも剥くならともかく、こんなもので人を殺せたとは思えないがね」
後をSPに任せ、立ち上がった紳士が、取り上げたセラミックナイフに視線を注ぎながら吐き捨てる。
これなる紳士の名を、俺は知っていた。
通信教育の成果ではない。
ごくごく最近、自分で興味を持って調べた人物なのだ。
彼の名は……。
「助かったよ。
それにしても、ゲーム作りだけでなく、このような特技まで持ち合わせているんだな?
――ヒラク社長」
ナイフをSPへ渡した救い主に、カルス帝が笑顔で握手を求める。
――ヒラク・グレア。
Dペックスの運営元として知られるヒラク・カンパニーの社長だ。
年齢は――若い。
おそらく、二十そこそこといったところだろう。
黒髪は短めに整えられており、甘めな顔立ちには、少年じみた活力とイタズラっぽさを宿していた。
ネットで得た情報によると、出自は平民であるということだが、白一色をしたスーツの着こなしに隙はない。
相応の努力を積んだか、あるいは、天性の気品が着ている品に負けていないのだろう。
「帝国の民として、ごく当然のことをしただけです。
陛下たちの身に危害が及ばず、本当によかった」
爽やかな笑みを浮かべたヒラク社長が、カルス帝と……ついでに、俺の方を見やる。
「え? わたしですか?」
俺はといえば、きょとんとした顔で問い返すばかりだ。
あくまで、狙われたのはカルス帝であって、俺はただ近くにいただけだからな。
カルス帝が、「チカクニイタオマエガワルイ」とか言って肉の盾にでもしてきたなら話は別だが、凶刃に晒される理由はないと思えた。
「ハッハッハ!
なんといっても、カミュちゃんはIDOLの指揮官だからな。
俺のやり方を面白く思わねえ奴なら、ついでに襲っとこうと思ってもおかしくはないんだぜ?」
そう言われて、ゾッとする。
言われてしまえば、ごくごく当然の話だ。
なのに、考えが及ばなかったのは……こういう修羅場に慣れていなかったから、というしかない。
主命によって襲いかかってきたニンジャやヤクザと違い、あのハクビ子爵に宿っていたのは純粋な悪意だけであった。
実力がどうとか、脅威度がどうとかの話ではない。
ただ――恐ろしかったのである。
「恐ろしく感じるのも無理はありません。
それにしても、あの男はどうして、こんな大それたことをしでかしたのか……」
感情が表に出てしまっていたのだろう俺を気遣いながら、ヒラク社長が連行されていくハクビ子爵の背中を見た。
「いや、まったく分からねえな。
あのハクビという男は、内偵調査でも特に問題のある統治はしてねえし、悪党と繋がりがある様子もねえ。
なんというか、平々にして凡々。
つっても、キッチリ統治者としての仕事はしているという意味でな。
とにかく、俺を害そうと思うような人間じゃないはずなんだが……」
ボーイからグラスを受け取ったカルス帝が、記憶を引き出すようにしながら答える。
当然というか、招待した人間の裏はあらかじめ洗ってあるらしい。
「……昔の有名な例でいくと、古代日本で天下目前に迫っていた武将が、裏切るはずのない家臣に殺されて、結局、真相は不明という例があります。
つまるところ、人間の行動なんていうものは、分かるものではないということでしょうか?」
「あ、俺それ知ってるぜ?
ミツヒデ・アケチだろ?」
「僕もミツヒデは知っていますよ。
ノブナガはゲームに出すと受けがいいから……」
俺の言葉に、カルス帝とヒラク社長が何かズレた盛り上がりをみせた。
「……と、こんな話をしてる場合じゃないな。
――うおっほん!」
咳払いをしたカルス帝が、客たちの姿を見回す。
「諸君!
残念ながら、このパーティーにも変革を良しとしないものが混ざっていた。
いや、それだけならば別に構わないが、卑劣にも凶行という手段でそれを叶えようとした。
これなどは、象徴的なことに過ぎず、今後、いくつもの障害が立ちはだかるだろう。
だが、あらためて誓おう!
俺は――止まらない!」
――パチ! パチ! パチ!
拳を振り上げた銀河皇帝の言葉に、今度は寸分の間も置かず大勢の拍手が降り注ぐ。
こうなってみると、ハクビ子爵の凶行が、まるであらかじめ予定されていたイベントのように思えてしまう。
……仕掛け好きの皇帝とはいえ、さすがにそれはないよな。
「……豪胆なお方だ。
と、名乗るのが遅れました。
ヒラク・グレアです。
ゲーム会社の社長をしています」
やや呆れも混ざった様子でカルス帝を見ていたヒラク社長が、ふと思い出したように名乗り、軽くお辞儀をしてくる。
「あ、失礼しました。
カミュ・ロマーノフと申します」
スカートの裾をつまみ、遅れて返礼した。
「すでにご存知かもしれませんが、後日に開催される我が社のゲーム大会へ、カミュさんのことをご招待させて頂いています。
もし、参加に当たって何かサポートが必要でしたら、なんでもおっしゃってください」
――ん?
――今、なんでもって言ったよね?
ヒラク社長の言葉は、定型にしてありきたりなもの……。
だが、それを聞き逃すカミュ・ロマーノフではなかった。
「でしたら! 是非! サインを三人分お願いします!」
この機を逃すかとばかりに、力強く宣言する。
「あ、俺の分も追加で四人分ね。
君、ちょっと色紙を用意してくれ」
話を聞いていたカルス帝が、手際よく手近なボーイに指示した。
「え、ええ……もちろん!」
ヒラク社長は、やや気圧されながらも快く応じてくれたのである。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089296514479
そして、お読み頂きありがとうございます。
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