切り込み役
「認めるのはシャクだが、大したもんじゃねえか。
連中が混乱してるってのが、おもしれーくらいに伝わってきやがる」
敵艦隊による一斉の艦砲射撃……。
デコイとして係留してきたPLの残骸があえなくそれに飲まれ、爆光と化していくのを見ながら、ジョグはそうつぶやいていた。
せっかく誤魔化した数が、あっさりと見破られる。
これを目にしても、真紅の改造宇宙服に身を包み、愛機カラドボルグのコックピットへ収まった彼に、いささかの動揺もない。
提案したカミュからして、こんなものは、会敵するなりバレる策であるし、むしろ、バレることを前提にしていると明言していたからだ。
むしろ、カミュの狙いは、看破させた先にこそあった。
――敵軍は、まさかの攻勢と数の欺瞞工作によって、こちらの動揺を誘っている。
――ならば、堂々とそれを受け止めて粉砕し、意気をくじいてやればよい。
カトーという敵の総大将がそう考え、ますます、正面の戦いに熱中することを、見抜いていたのだ。
結果、あのクソ女自らが駆った改造リッターは、手薄な敵本陣で大暴れしている……。
それが成功しているのは、カトー軍の動きを見れば明らかである。
何しろ……。
「ビームとミサイルを雨あられと降らせたなら、次はPLを殴り込ませるってのがセオリーだろうが?
なあに、チンタラしていやがる?」
当然ながら、やみくもな敵の艦砲射撃など回避していたジョグが、折り畳み式のコームで、特徴的な形へ固めた赤髪を直す余裕すら見せながらつぶやいた。
そうなのだ。
堂々とこちらを叩き潰すというならば、さっさとPLを前面に押し出して殴り合いを開始すればいい。
だが、相手艦隊にその動きは、いまだ見られない……。
それは、後方で行われている破壊工作に指揮官が動揺し、艦隊全ての動きが遅延しているからだと、容易に想像がついた。
一定以上の規模を持つ集団というものは、時にひとつの生き物がごとく振る舞う。
カトー軍という生き物は、頭脳たるカトー本人の混乱が全身へ伝播し、せっかく作った勢いを自ら殺してしまっているのだ。
「……たく、こねえならよお」
パチリと音を鳴らし、コームは放り出す。
心の内で燃え盛る炎を表したような髪からは、一ミリの崩れもなくなっていた。
このように髪がキマった時というのは、ジョグ・レナンデーにとって最高のコンディションであるのだ。
「こっちから――いくぜ!」
カラドボルグのプラネット・リアクターが、通常のPLでは考えられない爆音をかき鳴らす。
徹底的にチューンされたそれは、内部の動力経路を伝って両肩の艦艇用ブースター・ポッドに力を送り込み……。
一個のPLとしてはあまりに過剰な推進力が、今――爆発した!
「ヒャッハー!」
あえて重力コントロールシステムの出力を抑えている結果、自分の体重が倍増し、腹の臓物全てを押さえつけられるような感覚に支配される。
だが、ジョグはそれを苦痛でなく快感として捉え、メインモニターに映し出される光景を注視した。
圧倒的な加速力で瞬時に最高速へ達したカラドボルグは、瞬間移動じみた挙動でカトー艦隊の真正面へと入り込む。
唸りを上げるのは、ゴリラじみたその両腕であり、修復された頭部の大型粒子振動ブレードだ。
肉薄した敵巡洋艦の主砲に向け、カラドボルグがその拳を振るう。
当代一のパワーに加え、突進力までが上乗せされたそれは、頑強なはずの三連ビーム砲を根元から弾き飛ばした。
「ホーホホーッ!」
叫びながら、更なる敵艦に向かい、同様の一撃を叩き込む。
足を止めて、一つの敵に固執するような真似はしない。
カラドボルグにとって、止まる時というのは死ぬ時だからだ。
敵からすれば、艦から艦へとバッタが跳ね回る機動で、さらに――もう一発。
都合、三隻の主砲が、まさしく目にも留まらぬ早業で破壊されることとなった。
これに、触発されたか……。
敵艦隊から、次々と帝国軍主力量産機――リッターが吐き出されてくる。
あえて電磁カタパルトを使っていないのは、すでに懐へ入り込んだカラドボルグを迎撃するためだ。
「――関係ねえ!」
迎撃のため、右腕部に直接装着されたビームライフルを向ける一団にカラドボルグを突進させた。
そうすると、当然ながら灼熱化した重金属粒子の光条が自機へ殺到するわけだが……。
「――ハッ!
ぬるいシャワーだぜ!」
ジョグが漏らした感想は、それだけである。
艦砲射撃ならば、まだしも……。
通常の倍以上もの装甲を着込んだカラドボルグにとって、この程度のビームは被弾と呼ぶに値しなかった。
むしろ、目を剥いたのは敵パイロットたちであるに違いない。
ビーム兵器を向けられたならば、回避運動に徹するのが通常……。
それをこちらは、一切、意に介することなく正面から突っ込んだのだ。
最短にして最速の直線機動を描いたカラドボルグが、先頭のリッターへ頭突きを見舞う。
ただの頭突きではない。
対艦刀に匹敵する長さの粒子振動ブレードを備えた頭突きなのだ。
――ズブリ。
……という確かな手応えが、操縦桿を通じて伝わってきた。
同時に、モズの早贄がごとき有様となったリッターが、びくりと機体を震わせて機能停止する。
人型兵器同士の戦いにおいて、このような倒し方が敵方へもたらす心理効果は、よくよく理解しているジョグである。
人間の連想力というものは、刃物を貫通させられ戦闘不能に陥るリッターに、むごたらしさを覚えさせるのだ。
「――返すぜ!」
頭部を振った反動で、撃破したリッターを引き抜く。
何しろ、カラドボルグの大パワーでそれを行ったため、半ば投げ捨てられるような形で無事なリッターへと放られることになった。
撃破された僚機を受け止めつつ、ますます、恐怖を深める敵機たち……。
これを見逃すほど、ジョグはお人好しではない。
「――オラオラオラッ!」
再びカラドボルグのブースターを噴射し、健在なリッターへと殴りかかる。
右腕で――一機。
左腕で――一機。
カラドボルグの剛腕は、すれ違い様に二機のリッターを粉砕していた。
「ハッハー!」
こうなればもう、ジョグの独壇場だ。
敵PLたちが包囲しようとしてくる中を、縦横無尽に飛び回る。
時折、急停止からの方向転換を加えているため、傍目からはゴムボールが跳ねているような軌道に見えるかもしれない。
ただし、このゴムボールは、跳ねる度に軌道上の敵機を粉砕していくのだ。
「本当にやるじゃねえか、クソ女!
おもしれえくらいに敵が振り回されてやがる!」
叫んだのは、悪態であり、賞賛であった。
ここまで全て――あのカミュという女が立てた作戦の通り。
カトー率いる反乱軍は、箱入りのお嬢様一人に振り回されているも同然なのだ。
それは、ジョグのような裏社会で生きる者にとっては、驚嘆すべきことである。
――モワサ・カトー。
宇宙海賊スカベンジャーズのキャプテンとして、その名は当然聞き及んでいた。
というより、今まで行ってきた取り引きにも、間へ人を立てているだけで、実質カトーと行ってきたものがいくつもあったはずだ。
相手はそれだけの大物であり、伯爵家に対し謀反を起こしたというのも、納得いくだけのスケールがあるのである。
それを、あんな小さな……かわいらしい娘が、いいようにもてあそぶ。
しかも、しかもだ。
自分の戦い方と愛機の特性を完璧に理解し、気分よく活躍させてくれているのだから、これは素直に讃えるしかない。
「認めてやるよ、クソ女ぁっ!
この戦いは、テメーの手の内だぁっ!」
後方から敵をかく乱する少女に向け、聞こえてないと承知で叫ぶ。
余談だが、ジョグの脳内で、あの少女は悪魔のごとき姿でイメージされていた。
「……と、さすがにキツくなってきたぜ!」
そうこうしながら戦っている間に、いよいよ敵のPLたちが密度を増し始める。
また、無茶な突撃戦法によりカラドボルグの装甲はそろそろ限界を迎えつつあり、ここらが潮であると判断できた。
銀河最速のスピードで、包囲しようとしてくる敵陣から離脱する。
それから、通信回線を開いて叫んだ。
「出番だぜ!
――女男っ!」
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087745931443
そして、お読み頂きありがとうございます。
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