グラム

「誰が女男ですかっ!

 好きであんな格好してたんじゃありません!」


 音声通信に向けて返しながら、ユーリはデコイ群に紛れていた自機を覚醒させる。


 ――イイイィィン!


 コックピット内に響き渡るのは、モスキート音じみたプラネット・リアクターの稼働音だ。

 しかも、徐々にテンションを上げていくその音は、一つではない。

 合計で――四つ。

 四つものプラネット・リアクターが、一つの機体に同居し、同時稼働しているのだ。

 その圧倒的出力が生み出すリアクター反応は、敵方に大型の戦艦が現れたと誤認させているかもしれない。


 いや、あながち誤認ではないか……。

 この機体に秘められた破壊力は、まさしく戦艦級のそれであるのだから。


「やろう――グラム」


 生まれたばかりの機体に向けて、つぶやく。

 創造主の呼びかけに答え、全リアクターを臨界にした機体のシルエットは、既存のいかなるPLとも異なるものである。

 両肩に一つずつ……。

 そして、頭部の後ろに一つ、車輪じみたオプションパーツが存在するのだ。

 昨今の流れに従い、スマート・ウェポン・ユニットとしての性質を持たされたこれらオプションパーツの正体は、ビーム・ポッドであった。


 それぞれの輪に、一つずつ……。

 例の秘密工場で開発され、保管されていた小型プラネット・リアクターが、内蔵されているのである。

 小型といえど、侮るなかれ。

 その出力は、PL一機を動かすのに値した。

 それを、純粋なビーム砲として運用しようというのが、本機のコンセプトなのだ。


 これに伴い、緑に塗装された機体本体は砲撃戦へ耐え得るための堅牢な装甲が施され、足底には地上戦を想定した履帯も装備。

 さらに、スマート・ウェポン・ユニット排除時の戦闘力を高めるため、ブースター付きの粒子振動アックスと左腕部一体型のビームガンが装備されている。


 まさに、現時点におけるユーリの到達点……。

 確かに、過去開発された試作品を多分に流用してはいた。

 また、組み立て工程も、高度にオートメーション化されている。

 しかし、ほぼ一日でこれだけの機体に仕上げてくれたチューキョーの職人たちには、感謝するしかないだろう。


「テストはしていないけど……。

 自分の設計と、職人さんたちの腕を信じる」


 つぶやきながら、スマート・ウェポン・ユニットたちに展開を命じた。

 機体からの接続を解除されたビーム・ポッドが、グラム本体の周囲で滞空し、荷電粒子の縮退を開始する。


 同時に、コックピット内でも異変が起こった。

 前部のコンソールが持ち上がると同時に、ホログラフィック式の火器管制システムFCSが浮かび上がったのだ。

 宇宙空間において、点ではなく面での砲撃制圧を行う本機にとって、なくてはならないユーザーインターフェースである。


「射撃モードは……お嬢様命名のゲロビ。

 狙いは……先端部の敵艦」


 ユーリの操縦に従い周囲のビーム・ポッドが臨界へと達していく。

 後は、蓄えた荷電粒子を吐き出すだけだ。


「――てえっ!」


 規格品である操縦桿に備わった引き金は――軽い。

 だが、放たれた破壊の奔流は、通常のPLに持ち得ない代物である。

 赤、青、白……。

 艦砲射撃と同等かそれ以上の高濃度高威力に縮退された荷電粒子が、ドラゴンの吐息がごとく敵艦へ向けて襲いかかったのだ。

 しかも、それが――三条。


 もたらす効果たるや、絶大なり。

 スパークしながら躍りかかる灼熱の重金属粒子を浴びた敵巡洋艦は、飴細工のように中途から折れ曲がり……そして、爆散したのであった。

 しかも、PL本体と同等の太さを持つ閃光に巻き込まれた数機のリッターまでもが、爆散して運命を共にしている。

 ビームとして収束しきらず、飛散した荷電粒子は、ビーム周辺で弾丸のごとく振る舞って付近にいる敵機を破壊せしめるのだ。


「謝りませんよ、ボクは」


 瞬間、ハイヒューマンとしての感覚が、散っていった命の漏らす思念を拾ってしまうが、それは抑えつけた。

 これは、戦争である。

 相手に気を遣っていれば、待っているのは自分の死なのだ。


 その証拠に、今の破壊力を見て最優先攻撃目標と定めたか、これまでカラドボルグに翻弄されていた敵のPLたちが、こちらに狙いを変えて急行しようとしていた。

 敵も、さるもの。


「バラバラに散開することで、こちらの砲撃による被害を最小限に抑えようとしている。

 だったら――拡散モード」


 ビーム・ポッドが荷電粒子の収束を終えるまでのリチャージタイム中に、落ち着いて操作を終える。

 これは、いちいちパイロットによる狙いを付けたりはしない。

 ただAIに任せ、ホログラフィックFCSの光点――一つ一つが敵PLだ――にロックオンを施させた。


「――いけっ!」


 ただし、引き金を引くのは――人間。

 その責任に重みを感じながらも、軽い引き金を引く。


 今度、三つのビーム・ポッドから放たれたのは、さながら光のシャワーだ。

 流星群のごとく敵PLへと降り注いだそれの正体は、当然ながら――荷電粒子ビーム。

 無数に放たれた光条の一つ一つが、通常のビームライフルに匹敵する出力であり……。

 本体へ直撃を受けた機体は爆散。

 そうでなかったリッターも、四肢や頭部を失うなどしてまともな戦闘続行は不可能となり、虚空へ漂うデブリへと成り果てた。


 ただし、敵機全て迎撃できたわけではない。

 さすが、リッターは傑作機ということだろう。

 発射の直前、本能的な危機感からスラスターを最大に噴射することで拡散ビームの奔流から逃れ、大回りではありながらもグラムへ距離を詰めてくる敵影もある。


 ビーム・ポッドは……リチャージ中。

 ならば、ここからはドッグ・ファイトだ。


 破壊の輪を浮かべたグラムが、回避運動を取った。

 同時に、先程まで位置していた場所を襲うのは、リッターの大型ビームライフルから放たれた光条……。

 それらは、デコイとしてここまで牽引されてきたジャンクPLへと直撃し、物言わぬ骸へ更なる追い討ちを与えていく。


 余人がそれを見たならば、自機に起こり得る未来として恐怖したかもしれないが……。

 ユーリに、そのような感情はない。


「このグラムを、単なる砲撃戦用PLと思わないでください」


 ただ、自ら設計したPLと、これを手がけてくれた職人らに対する圧倒的な信頼のみがあった。

 左腕部のビームガンを、敵機に向かって発射する。

 速射性と連射性を重視して調整されたこの武装は、ちょうど、ビームライフルとビームマシンガンの中間的な性能であった。

 すなわち、直撃すれば甚大な被害が見込め、牽制に使ったとしても、容易に相手を踏み込ませることがない。

 あくまでビーム・ポッドを攻撃の主眼としている本機としては、理想的な選択であるといえるだろう。


 こちらに向かってくる敵リッターは――三機。

 その内、二機は回避運動によってビームの直撃を免れたが、一機はつま先に喰らって体勢が崩れた。


「一つ」


 冷静につぶやきながら、他の敵は構わずそいつへビームガンを集中して浴びせかけ、撃破しておく。

 これを隙とみなしたか、回避成功した二機がビームライフルを撃ちながら接近してくる。

 だが、そんなものを喰らうユーリではない。


「どこを狙っているか……どのタイミングで撃ってくるかは、感じ取れます」


 相手の思念波を感知して先読みし、放たれたビームの隙間へ機体をねじりこませるようにする。

 つまり、これは最短最速経路による逆接近だ。


「接近戦でも、負けませんよ。ボクは」


 グラムの右手に保持する粒子振動アックスが、うなりをあげた。

 それは、本体に設置されたブースターの加速で恐ろしく鋭い斬撃を放ち、敵の一機を両断したのである。


 ――接近戦なら、受けて立つ!


 そのような思念を発した最後の一機は、しかし、背中の展開式粒子振動ブレードを引き抜くことがかなわなかった。

 その前に、出力を落としたビーム・ポッドから横腹に射撃され、爆散したのである。


 派手な初撃と第二撃にまどわされ、大出力の砲撃ばかり警戒していたようだが……。

 当然、通常のライフルと変わらぬ出力でもビームは放てた。


「お嬢様のために、あなた方程度へ後れを取るわけにはいかない」


 冷たく言い捨て、生まれたばかりの愛機に回避機動を取らせる。

 わずかに遅れた敵の艦砲射撃が、グラムの足元を通り抜けていった。


「まだまだやるよ、グラム。

 ボクたちが注意を引きつければ引きつけるほど、お嬢様がやりやすくなる」


 脳裏に思い描くのは、天使のごとき少女である。

 彼女の……カミュ・ロマーノフのためになら、自分は無限の力を発揮できた。

 グラムとは、それを具現化するために生み出されたマシーンなのだ。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087803169540

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087803210627


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