ティアー ②

「やはり、経済活動が中央部へ一極集中化していることに関して、地方からの反発が大きいのではありませんかな?

 為替を見ても、地方の独自通貨は圧倒的な劣勢に立たされておりますし……。

 ここは一つ、中央保護の姿勢を捨て、胸襟を開いてみせてこそ、陛下への忠誠が強まるのでは?」


「オイオイオイオイオイ。

 そいつはつまり、帝室の力がさらに弱まるってことだろうが?

 俺は何も、地方へ意地悪がしたくて中央保護政策を打ち出しているわけじゃねえ。

 お前たちが暮らしているのは銀河帝国であり、その中心にあるのが帝室だ。

 なら、まずお膝元を固めて力付けなきゃ、何するにしても話にならねえじゃねえか?

 こいつは、悪徳貴族が私腹を肥やすっていうのとは、次元が違う話だぜ。

 独裁国家における大前提の話だ」


 さる起業家――生産拠点を地方の惑星に有している人物だ――が告げた言葉を、カルスはそう言って一蹴した。


「カイザーファースト。カイザーファーストだ。

 俺の目が黒い間は、この前提を決して覆さねえ。

 地方を活性化させるっていうのは、それを満たした上での話だ」


「ですが、ある程度は歩み寄りの姿勢も必要では?」


「しかしながら、皇帝陛下の言葉には利があります。

 実際、独立自尊の色を強めた結果、海賊の跳梁などへ繋がっているわけですから……」


 繁華街のビルに似つかわしくないアンティークな調度品で満たされた円卓の間に、集った者たちの議論が響き渡る。

 カルスにとって、これはなんとも……退屈な時間だ。

 つまるところ、彼らが優先しているのは自己の利益であり、大局的な視点から帝国全体をよくしようとは思っていないのであった。

 その証拠に、たった今、援護射撃を飛ばしたのは、まさにその海賊へ悩まされている銀河通販の代表取締役なのである。


 ――これなら、ジョグの憎まれ口でも聞いてやった方がまだ有意義だぜ。


 ヒラク社長が立ち上がったのは、カルスがそんなことを考えた時のことであった。


「いかがですか? この辺りで、ティータイムにでもしては?

 せんえつながら、僕の方で手配をしてあります」


「おー、いーねー。

 どうせなら、俺としてはスコッチをたしなみたいところだね」


「さすがに、陛下の目にかなうスコッチは用意していませんね」


 苦笑しながら答えたヒラク社長が、貸し会議室のインターホンを手に取ろうとする。

 外からSPたちが駆け込んできたのは、その時だ。


「会談の最中、失礼します。

 皆様、我々の指示に従って、落ち着いて避難して下さい」


「どうした?

 タダ事じゃなさそうだな?」


 その剣幕に顔を引き締めて問いかけると、SPの一人が意を決するように告げた。


「所属不明の、PL……と思わしき機体がメインストリートに出現。

 そのまま進行しており、目的地をこことしている可能性もあります」


「よし、逃げよう」


 内容の咀嚼もしないまま、即座に立ち上がる。

 このような場面では、すぐに逃げるのが吉なのだ。

 ただ、対処できる存在がいるとすれば……。


「カミュちゃんのがんばり次第で、街の被害も減るかね」


 周囲をSPに固められながら、そう独りごちた。




--




「これ、PLなのかよ?」


「明らかに特注品ですね。

 フレームも剥き出しですし、今だけ動かせればいい使い捨てでしょう」


 警察から送られてきたという映像をタブレット端末に映しながら、ジョグとユーリ君が言い合う。

 そこに映されていたPLは、サイズといい四足獣めいたシルエットといい、明らかに通常のPLからかけ離れた設計思想のマシーンであった。

 ただ、その目的は推測することができる……。


「テロリズムを行うためだけの機械です。

 そのために、トラックでも運び込めるようなサイズで、獣型にした……!」


「ただ、明らかに重力子をコントロールした挙動です。

 このサイズで、これだけの重力コントロール装置を搭載できるなんて……」


「いやいや、今は設計がどうとか言ってる場合じゃねーだろ。

 すげえ勢いで中心部に向かってるんだろ?

 目的はなんだ?」


 ジョグに言われ、俺は即座に獣型PLの狙いを察する。

 それが狙いということは、いずこからか情報が漏れているということだが……。

 それこそ、今は考えるべきでないことなのだ。


「……すぐ近くの商業ビルで、皇帝陛下やお父様が会談中です。

 これだけのモノを持ち出して狙うとするなら、他には考えられません」


「マジか!?

 そんなことしてたのかよ!?」


「ジョグ君は口が軽そうなので、教えてませんでしたから」


「んなっ……!?」


 ショックを受けるジョグはよそに、会場内を見回す。

 さすがに、ゲーム大会なんぞしているわけにはいかず……。

 選手も客も、皆、スタッフの指示に従い建物内への避難を行っているところであった。


 ふと、遠くから響いているのは、何か強い衝撃が建物へ加えられる音……。

 問題の獣型が、恐るべき勢いでこちらに迫っているのだ。

 そんなものに襲われたら、皇帝もお父様もひとたまりもない……!

 それ以前に、この繁華街へ集った人々へどれだけの被害が出るか、知れたものではないのである。


「――ユーリ君!

 アーチリッターの降下を!

 わたしが迎撃します!」


 もはや考えるよりも先に、言葉が口をついて出た。




--




 ――なかなか面白い機体だねー。


 人々が慌てて逃げ惑い、中には転んで将棋倒しにもなろうとしたりしている中……。

 一人、屋上の隅で高みの見物を決め込んでいたクリッシュは、そう思念波で漏らした。

 通常、ハイヒューマンの思念干渉というものは、表層的な感情と思考を拾うだけだが……。

 意図して互いの思念波を結び合わせれば、言語を伴う会話としても成立するのである。

 とはいえ、これを同じハイヒューマンであるカミュやお付きの少年に悟られぬよう行えているのは、クリッシュとヴァンガードの実力あってこそだ。


 ――ひねりも何もない名だが、ティアーと名付けた。


 ――火力こそ低いが、運動性に関してはこちらの機体で追随できるものはあるまい。


 ――慌てずに歩いて避難してください。走らないで。


 ……バイトの一人として避難誘導しているからか、余計な言葉まで思念波に乗せてしまっているが、ともかく、それにうなずく。


 ――いいねえ。パイロットは、どんなのを選んだの?


 ――そこはヒラク社長に任せたが、何、現状なら選び放題だ。どこぞの馬の骨とも知れん輩は使っていまいよ。


「このフィールドでは圧倒的に有利な立ち回りをできる機体と、相応の腕を備えたパイロットか……」


 これは思念波に乗せず、誰にも聞こえないようつぶやく。

 上空を見れば、以前、ヴァンガードを痛い目にあわせたという漆黒のカスタムPL――アーチリッターが、自動操縦でこちらに降下してきていた。


「お手並み拝見といこうかー。

 カミュちゃん……」


 ハイヒューマンの少女が浮かべた笑みは、ひどく酷薄で……見ようによっては、残虐な代物だったのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089929953751

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089929990276


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