ティアー ①
「はーい! 止まってくださーい!
申し訳ないんですけど、今日は通行止めなんですよ」
AI制御による自動運転技術は、人類が宇宙へ飛び出す前の時代に確立されており……。
このように、イベント警備のため駆り出された警察官が車両を停止させるというのは、極めて珍しい事例であった。
しかも、それが俗に八トン車とも呼ばれる大型車両であるのだから、警察官がいぶかしがるのも無理はない。
「もしかして、マニュアル運転してます?
AI制御なら、自動で最適な経路を選んでくれるはずだけど」
交通規制をする柵の前で停車したトラックに近づき、運転席へ向かって呼びかける。
腰の拳銃へ手をかけているのは、条件反射的な動きであった。
何しろ、このトラックは運転席に濃いミラースモークが施されていて、外部から中の状況をうかがうことができないのだ。
「こちら、メインストリート南口。
迷い込んだトラックが停車したため、誘導を行う」
無線機に向けて呼びかけながら、同じく警備のため配置されている同僚たちとうなずき合う。
ストリートに集った歩行者たちは、目的の店なり施設なりへ向かうか、あるいは上空でホログラフィック中継されているDペックス公式大会の映像へ夢中になっており……。
交通規制入り口で起こっている出来事などには、一切の関心を払っていない。
――ちぇ。
――おれもカミュちゃまを生で見たかったぜ。
「すいませーん?
聞こえてますかー?」
脳裏では愚痴をこぼしつつ、運転席の方へと回り込む。
「何積んでるのか知らないけど、見ての通り、今日は歩行者天国なんですよ。
引き返してくださーい!」
そうしつつもトラックの荷台を見上げ、再度呼びかけた。
その、荷台……。
ウィングと呼ばれる開閉機構が備わったコンテナとなっていて、やはり、外部から中身を推察することはかなわない。
高度なAI制御を受けているはずの自動車が、大規模な交通規制をかけられているストリートにやって来て立ち往生する。
その車両は、やけに大型のトラックで、しかも、運転席も積み荷も外部からでは様子をうかがうことができない。
これだけの材料が備わっていながら、なおも牧歌的な呼びかけしか行わなかったことについて、平和ボケとなじることは、あまりにたやすい。
しかしながら、このトラックが何らかの問題を起こしており、運転手も単なる善良な民である可能性を考慮すれば、一概にこの警察官を責めることなどできないだろう。
つまりは、性善説に基づいた警察の対応へつけ込んだ悪党の方が悪いという、ごく当たり前の結論に辿り着くわけだ。
まして、警備する警察官たちには知る由もないものの、トラックの窓ガラスは防弾仕様となっており、どの道、貧弱な拳銃でしか武装していない末端警察官ごときに、どうこうできる事態ではなかったのである。
要するに、だ……。
今日この日、ヘルメスメインストリート南口で起きたのは、平和な日常へ不意打ちで行われる……ごくありふれたテロ行為なのであった。
――ウイ……ン。
と、独特の駆動音と共にコンテナのウィングが持ち上げられる。
「ちょっと、聞こえて――な、なんだこりゃ!?」
トラックへ近づいた警察官が目を剥いたのは、当たり前のことだ。
そこに、収まっていたモノ……。
それは、四足を丸めて鎮座する巨大な獣であった。
ただの獣ではない……。
機械によって構成された獣なのである。
全体的シルエットは四足獣のそれであるが、自然界の生き物と異なり、後ろ足というものが存在しない。
フレームが剥き出しとなった機体下部は、一対の前足と、昆虫めいた補助脚によって構成されているのだ。
どうやら、機体後部をコックピットとした有人式マシーンのようであり……。
機体上部にはスリットめいた砲口のビーム砲と、粒子加速器が備わっている。
さらに、ビーム砲のやや下からはやはり獣めいた頭部ユニットが突き出しており、そのメインカメラに光が点るのを、確かに警察官は目撃した。
機体サイズは六メートル程度であり、世に知られている標準的な規格より遥かに小さい。
また、人型ですらない特異なシルエットである。
だが、これは……このマシーンは……!
「ぴ、PLだあっ……!」
驚き尻餅をつく警察官など意に介さず、荷台のPLが起動し、前足と補助脚で機体を持ち上げた。
さすがに、この段階ともなるとストリートに集まっていた人々も騒ぎ始め、同じく警備に当たっていた同僚警察官たちも、拳銃に手をかけながらトラックへ歩み寄ろうとしていたが……。
獣型のPLは、そのような些事へ構うことはしない。
ただ、恐るべき俊敏さで荷台から飛び出し、ヘルメスのメインストリートへと降り立ったのである。
「おい! ありゃなんだ!?」
「あれも何かのイベントか?」
あくまでも職務へ忠実に動いた警察官と異なり、メインストリートへ集った一般市民たちが見せた反応は、まさに平和ボケの極致といえるだろう。
中には、いち早く危険を察知して避難する者の姿も見受けられたが……。
多くの者はぼう然とその場に立ち尽くすか、あるいは――呆れることに――携帯端末のカメラを獣型PLに向け、のん気にも写真を撮影していたのであった。
「皆さん! 避難してください!」
「こいつは、イベントなんかじゃ!」
慌てた警察官たちが、拡声器も駆使して人々に呼びかける。
それで、ようやく市民たちは避難の兆候を見せ始めたが……。
それより早く、謎のPLは跳躍を果たしていた。
なんという――身の軽さ!
跳躍した獣型PLは、手近な商業ビルの壁面を足場にして三角跳びを披露し、ストリートの上へと再度降り立ったのである。
蹴られた商業ビルの窓ガラスにヒビが入った程度で済んだのは、機体周囲が重力子コントロールによって半無重力化しているからであり、ストリートの人々が踏み潰されなかったのは、操縦するパイロットの良心ということだろう。
ともかく、着地を果たした獣型PLは再度跳躍し……。
ビルの壁面同士で三角跳びを繰り返しながら、ヘルメスのメインストリートを突き進んだのであった。
--
「では、この後の動きは、打ち合わせ通りでお願いします」
再び舞い戻った屋上ステージの端……。
俺は、イベント会社のスタッフさんと打ち合わせしながら、自分の出番を待ち望んでいた。
「もうそろそろ、ゲームも終盤に差し掛かりますから……。
チャンピオンが決まったら、ご自身の乗機を降下させてください。
歌の合間で、優勝チームのプレイヤーたちを讃えるわけですが、名前を間違えないように気を付けて」
「任せてください」
念を押すスタッフさんに、力強く請け負う。
わたしは人の顔と名前を覚えるのが得意なので、その点に関しては間違えない自信がある。
でなければ、とてもじゃないけど、全選手入場とかできないしね。
「にしても、あのクリッシュって女も脱落したか……。
口ほどにもねーぜ」
「例の、ゲーム喫茶で出会ったって子ですか?
いや、別に何か豪語したりはしてなかったけど……。
でも、何か不自然というか、わざとらしい負け方をしてましたね」
俺の傍らに控えていたジョグとユーリ君が、そんなことを言い合う。
そういえば、彼女はどこへ行ったのか……?
警報が鳴り響いたのは、スタッフたちの集うタープテントから顔を出そうとしたその時だ。
『メインストリートに謎のPLが出現!
市民の皆さんは、すぐに手近な建物へ避難してください!
繰り返します!
メインストリートに謎のPLが出現!
これは、イベントではありません!』
「PL?」
我ながらきょとんとした声で、そう漏らした。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089881505780
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089881543783
そして、お読み頂きありがとうございます。
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