ティアー ③
まるで、樹上生活する肉食獣が、樹から樹へと跳び移るかのように……。
ヘルメスメインストリートへと出現した怪PLは、向かい合う商業ビルの壁面を足場とした三角跳びを繰り返していた。
その動きは、マシーンと思えぬほど軽やかで自然なものであり、また、足場とされたビルの窓ガラスなどへ与えられるダメージも、驚くほど軽微なものだ。
これは、機体周囲の重力子をコントロールすることにより、限りなく衝撃を少なくしているからであり……。
また、機体を操るパイロットが、明らかに無用な犠牲を避けようとしているからである。
とはいえ、通常のPLに比べれば遥かに小型とはいえ、全長六メートルもの機械がそんな動きをしているのだ。
頭上で曲芸めいた動きを披露されるストリートの市民としては、たまったものではない。
「押すな! 押すな!」
「そんなこと言ったって!」
「とにかく逃げるんだ!」
「逃げるって、どこへよ!?」
「放送で言ってただろ! 手近な建物だよ!」
そんなことを言い合った人々が、慌てて近くのビル内へと駆け込んでいく。
その様は、まさにパニックという四文字がふさわしく、ドミノ倒しによる群衆事故が発生していないのは、奇跡という他にないだろう。
そうこうしていると、次第にストリート上の人間は数を減らしていき……。
小型の怪PLにとっては、着地にちょうどよい空間が出来上がる。
――ズズンッ!
六メートルサイズの機械が着地したのだと思えば、小さく……。
しかし、絶対的には、やはり十分なほど大きい着地音と衝撃が、周囲へ響き渡った。
アクチュエーターの音を鳴らしながら、獣型PLが頭部を巡らす。
おそらく、搭乗者にとっては、なんの意図もない状況確認に過ぎないのだろう。
だが、居合わせた生身の人間からすれば、それは恐竜めいた怪物が獲物を探しているかのような挙動であり……。
アクチュエーターのいかにも機械じみた作動音は、猛獣が歯を鳴らす音のように聞こえたのである。
もはや、悲鳴を上げることすらなく……。
ストリートに取り残されていた人々が、さらに逃げ惑う。
獣型のPLはそんな彼らに構うことなく、さらなる前進を行おうとしたが……。
その頭部カメラが、ふと上に向けられた。
果たして、機械の眼が捉えたものは、何か……?
それは、上空からヘルメスのシンボルたる901ビルへと舞い降りたPLだったのである。
--
「お嬢様! 気をつけて!」
「無茶すんじゃねーぞ!」
「あの方の避難を確認できたら、すぐに通信します!」
ビルの屋上付近に滞空したリッターが、手を差し出し……。
意を決してその上に跳び乗った俺へ、エリナたちが次々に告げる。
ユーリ君が皇帝の名を伏せたのは、いまだ避難しきれていない観客が、さらに混乱するのを危惧してのことだろう。
「やるよ、リッター……」
呼びかけると、物言わぬ愛機がカメラアイに光をみなぎらせた。
そのまま、コックピットへと俺の体が運ばれる。
「――邪魔!」
機内へ乗り移るなり、真っ先に行ったのは、パラシュートでもあるキツネ尻尾を放り捨てることだ。
これでお尻が空いたので、問題なくシートへと座った。
「皇帝陛下たちがいるのは、このわたしの背後……。
抜かせるわけにはいかない」
操縦桿を操り、アーチリッターをストリートへと降下させる。
すでに、街路の人々はおおよそ避難を完了しており……。
どうにか、リッターが動き回ることは可能な状況となっていた。
「こんな街中で弓を使うわけにはいかない……。
素手でやるしかないか」
通常矢やグレネード矢は当然として、他の特殊矢もビルなどへ命中すれば、内部の人間に被害をもたらす恐れがある。
ならば、格闘戦で対応するしかなかった。
着地したリッターに、格闘戦の構えを取らせる。
左手は握り拳にし、脇を締め……。
右手は手刀のようにし、大きく突き出したポーズだ。
これは、相手の動きに合わせ、対応するためのスタイルであった。
対する獣型PLは、野生の肉食獣がそうするように、フレームが剥き出しとなった機体下部へ力を溜め込んだ。
「――くるっ!」
うなじの辺りで、チリリと弾けるような感覚がする。
これが伝えているのは、敵パイロットの思考であり……。
攻撃的な意思は、ハッキリとリッターの喉元へ向けられていた。
――バキイッ!
……破砕音が、内部フレームを通じてコックピット内に響き渡る。
カメラアイが映し出したのは、腕部一体型のロングボウを破壊された左腕部……。
喉元へ飛びかかってきた敵PLの攻撃を、左腕で防いだ結果であった。
「……粒子振動クローというところですか」
リッターに攻撃した際の反動を利用し、クルリと空中回転しながら着地した敵機の姿を見て、つぶやく。
敵PLが、首の真下辺りに備えている昆虫じみた補助脚……。
それは単に、走行や跳躍を司るだけの機構ではなかった。
先端部に振動粒子の光を宿しており、それが、リッターの複合装甲を紙のようにたやすく切り裂いたのだ。
「他の武装は、背部のビーム砲……。
使わないのは、向こうも必要以上の犠牲を恐れているから……」
油断なくリッターに身構えさせたまま、敵戦力の評価を続ける。
敵機から立ち昇る意思……。
それは、言葉にするならば、障害を取り除くか、あるいは避けて進もうというものだった。
これとビーム砲の不使用を合わせて考えるならば、やはり、狙いはカルス帝たちが集ったビルということだろう。
「――いかせないよ」
こちらの宣言が、聞こえたわけでもないだろうが……。
獣型のPLが、再び跳躍を行う。
自然界の獣ではありえぬ脚部構成から繰り出されるその動きは――速い。
――ガキィッ!
今度、削り取られたのは右脚の脛だ。
アーチリッターの腰部――おそらくはオートバランサーに向けての一撃を、上げた右脚で受け止めたのである。
ただ、切り裂かれたのは表面装甲だけであり、内部のフレームにはダメージが及んでいない。
六メートルサイズの悲しさか、敵機が備えたクローは刃渡りが短く、機体内部にまで到達できないのだ。
ゆえに、俺は落ち着いて対処する。
「……相手の意思を先読みしても、防ぐのがやっとか。
――なら!」
再び反動を利用して着地した敵機に向かい、リッターを躍動させた。
後手に回っても、防ぐのが手一杯……。
だったら、こちらから攻めるのみである。
アロー・ラックから通常矢を引き抜いたリッターが、それをナイフよろしく振り下ろす。
だが……。
――ザギイッ!
「マニュピレーターが!」
破砕音を響かせたのは、リッターの方……。
しかも、矢を握った右手は、粒子振動クローによって切り裂かれ、握っていた矢も取り落としていた。
素早く身を翻すことで矢の一撃を回避した敵機が、そのまま逆襲してこちらの指を破壊してきたのだ。
しかも、敵PLが見せてきた動きは、それだけではない……。
動揺したこちらの頭上を跳び越すべく、大きく跳躍したのである。
「――させるか!」
そうはさせまいと、アーチリッターの方も飛び立つ。
スラスター噴射も利用した跳躍により、相手を抜かせないことには成功したが……。
「――ぐっ!?」
今度は補助脚に備わったクローではなく、獣の前足じみた主脚で蹴りが繰り出された。
それは、交差させた両腕で防いだが……。
「ちいい……っ!」
半ば叩き落とされる形で、ストリートへと着地を果たす。
逆に、敵PLが見せた着地は、なんとも軽やかなものだ。
「徐々に削り取られていくっていうのは、気分がいいものじゃないですね……」
再びリッターに構えさせながら、つぶやく。
くやしいが、これは……翻弄されていると言う他にない。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089984711483
そして、お読み頂きありがとうございます。
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