白騎士との戦い ③
「――っ!?
いかん! その液体に触れるな!」
ミニアドの頭上から、突如として降り注いだ雨……。
宇宙空間において決してあり得ぬ現象を前に、ギュンターは本能的な警告を発した。
だが、いかにミニアドのシールド・バインダーが軽快な機動性を発揮するとはいえ、物事には限度というものがある。
勢いよく上昇した各機の内、二機ばかりがこれを浴びる……というよりは、自分から突っ込む形となった。
そんな彼らからの報告によって……。
いや、自機のカメラが捉えた映像によって、降り注いだ液体の正体が判明する。
『これは……装甲が溶かされている!』
『こっちは、頭部がもろに浴びてしまった!
センサー類が死んで、周囲をうかがうことができない!』
「――溶解液か!」
そう……。
白騎士たちへ浴びせかけるべく散布されたのは、強酸だったのだ。
それにしても、なんという腐食性だろうか。
大気圏突入にも耐え得る正規PLの装甲が、見る間に腐食し、溶けていく。
深刻なのは頭部に被った8番機で、バイザーも装甲もグズグズと溶けた頭部は、内部機構が剥き出しの状態となっていた。
判定するならば、これは間違いなく――撃墜。
どう考えても、戦闘行動の継続は不可能だ。
「次から次へと、色々な手を打ってくれる。
しかも、驚くほど大胆不敵だ」
ビームライフルの連続射撃で、撒き散らされた溶解液を蒸発させながらつぶやく。
同時に、ギュンターの高揚はますます高まっており……。
口元には、我知らず笑みが浮かんでいる。
なぜ、笑みなどを浮かべているのか?
それは……。
「各機、索敵を密にせよ。
アーチリッターは、リアクター出力を抑えた上でこちらを狙っているぞ」
……これが理由であった。
最初に張られた結界に関しては、ほぼ間違いなく設置してあったものだ。
だが、続いてこちらの進行方向を塞いだ強酸の雨に関しては、見てから放ったものであるに違いない。
重力のある惑星を下方にしている以上、上側に迂回を試みるのがセオリーとはいえ、それはあくまで定石に過ぎず、ミニアドのパワーを持ってすれば、他の角度から回り込むことも容易なのである。
で、あるから、先読みのセットであるとするなら、それはもはや未来予知の領域へ足を踏み入れていた。
互いの背を庇い合いながら……。
左バインダーの動きを封じられた機体も含む健在なミニアドたちが、全方位に索敵の目を走らせる。
たかが弓、されど弓であり……。
空気抵抗のない宇宙でPLのパワーを用いている以上、アーチリッターの弓矢はかなりの射程を誇るはずだ。
なんの障害物もないとはいえ、下手をすれば豆粒ほどの大きさでしかない相手機を、リアクター反応に頼らず見つけ出すのは、かなりの難度であったが……。
『――発見。
五―三―六の方角です』
それをたやすくこなしてこそ、ラノーグ公爵軍の最精鋭――白騎士。
報じられている情報通り、リアクター出力を調整しての隠密行動が得意なカスタム機は、パイロット自身の目を使った索敵という最も原始的な方法で発見される。
に、してもこれは……。
「ひどく見辛いな。
これでは、動体感知にも引っかかるまい」
ギュンター自身もアーチリッターの姿を認め、そのような感想が漏れた。
もちろん、漆黒の宇宙空間で、ロマーノフ大公家のパーソナルカラーたる黒に塗装された機体だからというのもあるだろう。
だが、ギュンター自身の主観に基づくなら、装甲が周囲の宇宙空間へ溶け込んでいるかのようであり、陽炎のように揺らめいて見えるのである。
「報道によれば、皇星ビルクで起きた事件へ対処した際、機体の表面部分をひどく損壊したのだったか?
修復ついでに、何か工夫をしたか?」
実際、それはあり得そうなことだ。
ついでに、他の可能性にも気付く。
「あるいは、真の手札は公開していなかったか。
こちらの方があり得そうだな」
IDOLの活躍ぶりは、日夜銀河ネットワークを賑わせており……。
中には、カラドボルグやグラムなど、所属しているPLの活躍を収めた映像もあり、そういった中には、司令官たるカミュ・ロマーノフが駆るアーチリッターの映像も存在するのだ。
聞いた話によれば、実在するPLを扱った大人気のゲームにも、早速実装されているらしい。
そういった報道や話に聞くゲーム中の性能を総合すると、アーチリッターの戦い方というものは、プロから見れば首を傾げるものである。
確かに、隠密能力を活かしての不意打ちという戦い方は古来より有効な戦術であるし、それには熱源を持たぬ弓矢の方が適しているだろう。
ただ、やはり所詮は弓矢であり、ビームは当然として、密造された非正規PLが使うような実弾兵器にも、単純な使い勝手では劣るのである。
「それを補うのが、特殊矢……。
報道では対人用の音波矢しか晒していないが、実際はかくも奥深い戦い方が可能だったか」
特殊な樹脂でも使っているのだろう粘着糸を放つ矢に、強烈な酸を撒き散らす矢……。
他にも、まだ見せていない手札があるに違いない。
「目立ちたがり屋のご令嬢が、一風変わったオモチャで遊ぶお遊戯部隊……。
いまだ正体が知れぬ皇帝陛下直属の諜報組織が、隠れ蓑として使っているだけかと思ったが……。
そんなことはない。
こちらこそ、本命ということか。
なるほど……侮っていたことは認めよう。
だが……」
十本の指が、自分と別の意思を持つ生き物であるかのように動いて機体を操り……。
両肩のシールド・バインダーが稼働し、アーチリッターに進行方向を変える。
そのまま、ギュンターの操る1番機は、鋼鉄の弓兵に向けて突貫を開始した。
「正々堂々の勝負ならば、どうかな!?
――各機、私に続け!
ただし、直撃は絶対に与えるな。
パイロットを生け捕ることがかなえば、今後、何かと優位に働く」
これは、強敵を見つけてしまった戦士としての暴走――ではない。
事実として、あのような機体に後背を晒したまま追撃戦を行うのは、あまりにリスクが大きく……。
また、パイロットであるカミュ・ロマーノフ自身が、作戦目標であるアレルと同等か、それ以上に重要な存在なのである。
カトーの乱で
アレルを庇護するカミュの行動は、皇帝直属機関の司令官としては、明らかに逸脱したものであった。
何しろ、当のカルス・ロンバルド皇帝直々に、アレルの抹殺令は発されているのだ。
ゆえに、カミュ・ロマーノフを確保できれば、意思が無視された皇帝陛下の面目を保つことにも繋がる……!
また、仮に追撃が成らずとも、その身を引き換えとすることで、残るIDOL構成員にアレルの引き渡しを要求することも可能であった。
とはいえ、それらの理由が自らの戦意を肯定するための理屈でしかないことも、ギュンターは認めていたが……。
「さあ、次は何をする?」
ギュンターの呼びかけへ応えるように……。
もはやステルス駆動の無意味さを悟ったアーチリッターが、プラネット・リアクターの出力を全開にする。
そして、左腕部一体型のロングボウから、一本の矢が放たれた。
PLの腕力をフルに発揮して放たれる矢は、レールガンなどにも匹敵する速度であり、これをビームなどで撃ち落とすことは不可能。
ゆえに、ギュンターは回避運動を取る――と見せかけて、シールド・バインダーの逆噴射により、機体を急停止させる。
と、同時に、矢の先端部が弾けて幾本ものワイヤーを巡らせた。
ワイヤーから発されるのは、電磁ショックの光……。
ワイヤーのどれか一本でも触れていれば、超高圧電流が機体へ深刻な影響を与えたに違いない。
「ふっふ……やはり面白い」
この敵は、単なる機動兵器にあらず。
ギュンターは、奇術師がごとき姿のカミュ・ロマーノフを幻視していた。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091287360757
そして、お読み頂きありがとうございます。
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