白騎士との戦い ②

 例えるなら、そう、まるで雲の上にいるかのような。

 ふわふわとして、足元が定まらず……。

 宙に浮いているかのような感覚を、白騎士団団長ギュンター大尉は味わっていた。


 いや、実際のところ、宙に浮いてはいるのだ。

 高度は実に――七十キロメートル。

 惑星ネルサスの大気圏を離脱する寸前のところにまで、愛機ミニアド1番機は達していた。

 ただ、それを肉体的な感覚で実感できるかというと、そうではない。

 あくまで、計器に表示されたデータとメインモニターに映し出された映像を基に判断してのことである。


 これは、重力コントロールシステムの恩恵であると同時に、デメリットとも取れる現象で、コックピット内のGが打ち消されてしまっているがために、機体外部の情報が映像と数値でしか取得できないのだ。

 そのため、今のギュンターが陥っているような浮遊感とも感覚の喪失とも取れる体験は、パイロットが時折陥るものであり……。

 パイロットの中には、それを嫌って重力子のコントロールを弱める者も存在した。

 ただ、今のギュンターが落ち着かぬ心持ちであるのは、それと無関係のところに原因があるだろう。

 何しろ、今の自分たちは……。


 ――まさか。


 ――ミニアドのライフルを、アレル様に向ける日がこようとは。


 そんなことを考えているところで、部下の一人たる白騎士が口を開く。


『この任務……あまりに、不可解じゃないか?』


『不可解って、なんだよ?』


『だって、おれたち白騎士が、よりにもよってアレル様を追うだなんてよ。

 ラノーグ公爵家の誇りにして、最大の忠臣がおれたちだったはずだろう?

 それに、イライアスのやつだっておかしいぞ。

 ニール司令は、どうして奴だけを先行させたんだ?

 整備員たちから聞いた話だと、3番機に乗り込んでいくイライアスの様子は、明らかに普通じゃなかったって――』


「――そこまでだ」


 他の白騎士に聞かれ、自分の考えを告げ続ける部下に、待ったをかけた。

 今、述べられたような事柄は、ギュンター自身も自問自答していたことである。

 その上で、出した結論は一つだけなのだ。


「確かに、我々は騎士団を名乗っている。

 だが、その実態は軍人であり、指揮系統から逸脱した行動は決して認められない。

 しかも、ただの軍人ではない。

 ――帝国軍人だ。

 公爵軍人である以上に、銀河帝国へ帰属する軍属であることを忘れてはならない」


 そこで一度、言葉を区切った。

 言葉の意味が、深く皆に浸透するのを待つためである。

 その間にも、自分を中心として鶴翼の陣を取った十一機のミニアドは、さらに高度を上げて事実上――その定義はややこしいものだ――の大気圏外へと突破を果たす。


 PLの搭載数よりも砲塔数を重視しているのが特徴的なIDOL旗艦と、随伴のスタジアムシップは、十分に捕捉可能な距離だ。

 宇宙空間における機動力というものは、パワー・ウェイト・レシオによって変わってくるもの……。

 それに優れたPLという機動兵器からすれば、戦艦というものは鈍重な巨象に過ぎず、しかも、元より戦闘など想定していないスタジアムシップなど従えていれば、なおのことであった。


 ――間違いなく、敵は迎撃に打って出るだろう。


 つまりは、アレルを庇護するということ……。

 自分たち白騎士と皇帝直属の治安維持機構……。

 両者の立ち位置が入れ替わっているという事実に、またも足元がぐらつくような感覚を覚える。

 が、それはこらえて先に続く言葉を発した。


「よろしい。自分たちが帝国軍人であることは、理解したな?

 その上で、ニール司令は皇帝暗殺の首謀者を抹殺せよと命じられた。

 聞けば、皇帝陛下直属の憲兵たちによって、アレル様が加担した動かぬ証拠も見つかっているという……。

 これは、何も考えず指揮系統に従うだけの選択ではない。

 確かな義が存在する道である。

 よって諸君、全力をもってIDOL所属PLを撃墜せよ」


 ギュンターの言葉に、心から納得したということはあるまい。

 ましてや、敵PLには子供も搭乗しているのである。

 だが、積み重ねたロジックがギュンターにあることは、全員が認め……。


『了解』


『了解しました』


『了解です』


 次々と、命令に従う意思が言葉で返された。

 そして、最後の一人もそれに加わろうとしたが……。


『了――うわっ!?』


 彼の言葉は、最後まで言い終わることができなかったのである。


「どうした!?」


 聞きながら、1番機の首を巡らせた。

 ミニアドの高額なメインカメラが捉えた映像……。

 それは……。


「クモの糸……?」


 驚きの声を上げた機体……。

 その左肩に装着されたシールド・バインダーへ、そうとしか形容できない粘着質な糸が絡み付いていた。

 それは、バインダーの可動部にまで入り込んでおり、ミニアドにとって機動力の源泉たるバインダーが、動作不良を起こしていたのである。

 そして、異変が起こったのは一機だけではなかった。


『――おおっ!?』


『これは……っ!?』


 鶴翼を構成する両端部で、次々と驚愕の声が上がったのだ。

 見れば、何もないように見えた空間で次々と粘着質の糸が弾け、膨らみ、クモの巣めいた結界を張り巡らせている……。

 弾け散ったクモ糸の放射範囲はかなりの広範囲に渡っており、敵艦船に追いつくべく全力加速をしていたミニアドの内、さらに二機ばかりがこれに取り込まれた。


 内、一機は片脚にこれがへばり付く程度で済んだが……。

 残る一機の状態は、深刻だ。

 真正面からクモの巣へ飛び込んでしまった結果、肩も腕も脚も糸が絡み付き、関節部をまともに動かせなくなってしまったのである。

 まさに、クモの巣へ飛び込んだ羽虫。

 こうなってしまうと、人型機動兵器としては死に体であり、事実上、撃墜されたに等しい。


『どういうことだ、これは』


『待て、待て待て待て』


 足を止めたミニアドの内、一機がこれを発見した。

 その機体が拾い上げたもの……。

 それは、虚空に漂っていた一本の――矢!


『矢だと!?』


『だが、矢じりが付いてない。

 代わりに、空のグレネードみたいなものが装着されている』


「特殊矢……アーチリッターか」


 部下たちの報告を受け、結論付ける。

 同時に、舌打ちした。

 これは、不意のこととはいえまんまと糸に絡み取られた部下への怒りでも、仕掛けてきたカミュ・ロマーノフに対する怒りでもない。

 侮っていた自分への怒りである。


「弓矢を使った時代錯誤な趣味のカスタマイズ……。

 そう思っていたが、こういう使い方があるか」


『感心するのは結構ですが、問題はどこから放たれたかです』


「放ってきたとは、限らんぞ。

 いつでも起爆できるようにして、機雷のように漂わせていたのかもしれん。

 敵艦船に追い付こうとするこちらの最短ルートを計算した上で、な」


 疑問を投げかける部下に、ギュンターは答えた。

 おそらく、これはほぼ正解といっていい。

 ただ二つ、相手側に誤算があったとすれば……。

 広大な宇宙空間において、限られた特殊矢で結界を敷ける範囲などたかが知れており……。

 ミニアドの機動性を持ってすれば、迂回した上で追い付くことなど造作もないということである。


『落ち着いて迂回し、追撃を再開する。

 絡め取られた6番機は、そのまま離脱せよ』


 クモの巣を張り巡らせ、堂々と立ち塞がるカミュ・ロマーノフの姿を幻視しながら、命じた。

 気付けば、ふわふわとした居心地の悪さは消え去っており……。

 代わりに、湧き上がる高揚感がある。

 これは、パイロットという人種の生理的な反応だ。

 真のパイロットというものは、戦う相手が強ければ強いほど、燃え上がるのである。


『了解!』


『迂回を開始します』


 崩れた陣形のまま、惑星を下方に据える状況のセオリーに従って、ミニアド各機が上方からの迂回を試みた。


『……雨?』


 そして、彼らは見たのだ。

 宇宙空間において、決して降り注ぐはずがない雨を……。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091222469943


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