白騎士との戦い ⑥

「どうなっているのだ、これは……!」


 戦いというものは、冷静さを欠いた側が負けるもの……。

 それをよく知っているのがギュンターという男であり、実際、平時はもとより戦闘中においても、声を荒げることなどこれまでなかった。

 そのように振る舞えるのは、そうであろうとする精神的姿勢以上に、培ってきた実力によるところが大きい。


 ――自分ならば。


 ――いかなる予想外の事態においても、確実に対処できる。


 その確固たる自信が、落ち着きと大局的な視点を与えているのだ。

 だが、ここで遭遇した予測もつかぬ事態……。

 年端もいかぬ少女の操るPLに、攻撃のことごとくを回避され、あるいは無効化されるという状況が、ギュンターから余裕を奪い去りつつあった。


「当たらぬ……!

 攻撃の全てが、読まれている!」


 縦に放ったミニアド1番機の斬撃を、アーチリッターが横に身をひねることで回避する。

 そこへ、肩からの突進を試みるが……。

 逆にその肩へ、リッターの手にした矢が突き立てられた。


「ぬう……!」


 コックピット内にアラートが響く。

 矢が突き刺さった影響により、機動力の源泉と呼べるシールド・バインダーが、その性能を低下させたのだ。


「一撃も入れられないまま、反撃まで許したか……!

 この私が……!」


 驚きながらも、染み付いたスキルがギュンター自身の意思に関わらず手を動かす。

 左越しに背面を撃ったビームライフルの射撃が、隙をうかがうバイデントらへのけん制を果たした。


 これが、通常の反応というもの……。

 だが、アーチリッターの反応は……!


「ちいっ!」


 舌打ちしながら、敵機の右側へ回り込もうとする。

 あえて、破損した左のシールド・バインダーに大きく頼った機動……。

 だが、ギュンターが操縦桿を動かすと同時に、リッターは驚きの動きを見せたのだ。


 先にも見せた電磁ワイヤーが広がる矢……。

 あれを、自身の左側――つまり、ギュンターが移動しようとした軌道上に放り投げたのである。


「――うおおっ!?」


 わずかでも急制動が遅れれば、1番機は放射されたワイヤーへ触れ、そこへ流れた超高圧電流によってスタンしたはずだ。

 これは、これはもう……。


「未来でも視えているのか!?」


 叫びながら、体勢の崩れたミニアドにビームライフルを発射させる。

 もはや、末端部を狙う余裕はない。

 だが、当然のようにアーチリッターはこれを回避した。


 ――距離を取られれば、負ける。


 その確信に従い、リッターへ追いすがる。

 同時に、左手の粒子振動ブレードを背後に回し、機体本体で刃を隠す。

 これは、剣術において時折見られる技……。

 使い手自身の体で得物を隠すことにより、次なる一撃を読めなくする技術だ。

 人間がこれを行う場合、不自然な体勢となるため、斬撃のキレを鈍らせるという欠点があったが……。

 PLのパワーをもってすれば、そのようなデメリットもほぼ存在しない。


 対応可能な近接武器を所持していない以上、完全にこちらの太刀筋を読み切っているのでなければ、背後に飛びのくような……大げさな回避動作を取る他になかった。


 ――さあ。


 ――どう出る!?


 戦闘の決着を付けるためというよりは、自らの疑念を払拭し、敵パイロットが何者であるか確認するため、目を見開く。

 そして、ギュンターは見たのだ。

 背後に回していたブレードで、下からすくい上げるような斬撃……。

 粒子振動ブレードの切れ味と、PLのパワーあってこそ必殺として成立する一撃に対し、アーチリッターは後方宙返りをすることで対処したのである。


 振り上げられたブレードに合わせ……。

 リッターの胸部が、スルリと後ろに逸らされる……。

 さらに、そうすることで前に出た両脚を使い、ブレードの握られた左腕を挟み込んでいたのだ。


 ――なんということだ。


 ――信じられないことだが。


 ――カミュ・ロマーノフという少女は、完全にこちらの意思を読み取っている。


 ――そうとしか考えられない。


 敗北を確信した瞬間、ギュンターの脳裏にそのような言葉が溢れた。

 そうでなければ、無数に存在するこちらの択から、切り上げのみにヤマを張るというギャンブルへ打って出たことになるのである。

 だが、当然ながら敵機は、そんなこちらの思考に付き合うことなどない。


 挟み込んだ左腕を起点に、アーチリッターがまとわりつくヘビのような動作でこちらの両肩へ馬乗りとなった。

 弓を扱う関係で、関節可動域を広げたこの機体だからこそ可能な動作である。

 そして、いつの間にか両手へ握っていたノーマル・アローが、ミニアド1番機の首筋へ突き立てられ……。

 ギュンターの正面にあるメインモニターが……。

 いや、機体そのものが力を失い、ブラックアウトしたのだ。




--




「ハッ……! ハッ……!」


 アーチリッターのコックピット内で……。

 俺は、大きく息を荒げていた。

 頬に流れるのは、大粒の汗。

 散々に飛んで跳ねて動き回ったのは、あくまでも俺を乗せた愛機の方……。

 しかし、これを操っていたこの俺自身もまた、フルマラソンを終えた後のような疲労と虚脱感に襲われていたのである。


 ――カミュ・ロマーノフという少女……。


 ――エスパーなのか?


 首筋に二本の矢を突き立て、死に体となったミニアドのコックピット内から、そのような思念が流れ込んできた。


「くう……あっ……」


 慣れないその感覚に、うめき声を漏らす。


 ――勝った。


 それも、完勝といってよい。

 思えば、アレルとの模擬戦を皮切りに……。

 俺のPL戦歴はといえば、同時に機体をぶっ壊し続けてきた記録でもある。

 相手の意表を突くため、自分からぶっ壊したことも多々あるが、とにかく、機体が無事な状態で戦闘を終えたことはなかったからな。

 そうでなかった戦闘というのは、ドッシリ後方に構えながら、IDOL隊員たちの戦闘を支援してた時だけだ。


 そんな俺が、万全な白騎士団団長と戦い、無傷のままこれを無力化する……。

 大金星といってよいだろう。

 そして、それを成し得たのは、ヴァンガード戦から徐々に扱えるようになっていた力……。

 他者の思考を読み取れる能力あってこそであった。


 この戦い……。

 俺は意識してこの能力を全開に発揮し、ミニアドパイロットの思考を常に先読みし続けたのだ。

 ありとあらゆる攻撃とその意図が、放たれる直前にこちらへ伝わってくる……。

 そこからは、後出しジャンケンに過ぎない。

 結果、敵は攻撃のことごとくを空振りする結果に終わり……。

 傍から見れば、この俺が相手を教導してやっているような……そんな戦いに終わったのである。


 無論、瞬間的に思考を読んでからの対応ができたのは訓練の賜物であり、そこは誇っていいだろう。

 また、どのようにチートじみた力であれど、実戦であるからには全てを駆使すべきであり、そこに引け目を感じてはいなかった。


 ただ、疲れる……。

 三日三晩、寝ずに受験勉強でもし続けたかのような疲労感を脳が覚えているのだ。


『カミュちゃん船長! やりましたね!』


『さっすが、おれたちのカシラでさあ!』


 結果として追い払われ続ける形になったものの、俺の直掩を続けてきたバイデントたちが近寄ってくる。


 ――カミュちゃん、こんな強かったっけか?


 ――訓練の時より、明らかにすごかったよな。


 同時に、彼ら――アットンとベンの思考までもが流れ込んできてしまったので、かぶりを振った。

 オフだ……オフ。

 カミュちゃんムズムズ、オフ……。

 そう念じて集中すると、例の感覚が消え去る。


『お嬢様……さすがです』


『……ケッ。

 一番いいとこ、持っていきやがったか』


 気づけば、ユーリ君とジョグも他の白騎士を片付けたようであり……。

 俺たちIDOLは、バイデント一機の大破と二機の小破という損害こそ出たものの、白騎士団相手に勝利を収めたのであった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091465446099


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