アイドル

 大気圏外から姿を現したそれは、地上から見上げてみれば、巨大なUFOのようであったが……。

 いざ、地上に降り立ってみると、その実は異なることが分かる。

 正体は――ドーム型のスタジアム。

 円盤上部中央が直系180メートルほどのドームとなっていて、さらにこれを、スペースコロニーにも用いられる強化ガラスが覆っているのだ。


 これは、貴族が使う遊興船の一種であった。

 ワープドライブがあるとはいえ、銀河はあまりに広大であり、惑星間の移動には、相応の日数を要する。

 となると、問題となるのは、星間スポーツなどの日程だ。


 居住空間が限られた通常の船舶で、アスリートがパフォーマンスを維持したまま移動するというのは、土台無理な話であった。

 そこで活躍するのが、このスタジアム船だ。

 内部空間は各種スポーツを始めとした興行に特化しており、サッカー、野球、フットボールからアイススケートに至るまで、様々な競技へ対応することが可能となっている。

 星間競技で活躍するアスリートたちは、このスタジアム船を利用してパフォーマンスの維持を図りながら移動するか、さもなくば、そもそもこういった船を惑星間の試合会場とすることで、移動にかかるロスを減らしているのだ。


 そして、二十世紀地球のドームスタジアムがそうであったように……。

 この遊興船が対応可能なのは、何も、スポーツのみではない。

 コンサート会場としても最高峰の力を発揮可能であり、いざ、ステージを設置したならば、音響ドローンによる重厚かつ立体的なサウンドや、ホログラフィック技術を駆使して生み出されるアーティストの世界観へ、三万人近くの人々が酔いしれることも可能なのであった。


 そんな遊興船の一隻が、今、惑星オロッソの首都近くに存在する高原へ停泊している。

 単なるエンターテイメントシップではない。

 船体そのものは百年近く前に就役した老朽船であるが、見る者が見れば、最新技術による近代化改修がされていると分かった。

 しかも、船体各所には堂々とロンバルド皇室の紋章がペイントされており、この船が皇帝の所有物であることを、高らかに喧伝しているのだ。


「こ、これは一体……?」


 ――皇帝直属を名乗る組織が現れ、決戦地帯となった廃工業地帯の戦力を瞬く間に無力化。


 ――のみならず、同組織はターブ騎士爵の腐敗した統治に関する動かぬ証拠を握っている。


 戦場からの一報を聞き、慌てて逃げ出そうとしたものの、それぞれパトロール、セキュリティー、ゲノムを名乗るとても礼儀正しいニンジャたちに捕らえられ、ここに連れてこられたターブ騎士爵は、目にした光景へがく然としていた。

 そこで、繰り広げられていたもの……。

 それは、紛れもない――お祭り騒ぎであったのだ。


「さーさー! よってらっしゃい! 見てらっしゃい!

 自慢の焼きそばだよ!」


「おっとお! こっちを忘れてもらっちゃあ困るなあ!

 解散した宇宙一の海賊をモチーフにした、スカベンジャーズバーガーを食べていっておくれよ!」


「食い物ばっかりじゃあ、味気ない!

 ビール! ワイン! ハイボール! サケ!

 色んな種類を揃えてあるから、好きなの選んでくんな!」


「ただ、用心してほしいのは、ここで腹一杯になっちまうことだ。

 こうして、外に出ているのは船内に入り切らなかった出店に過ぎねえ!

 スタジアム内にも店はたくさんあるから、余力は残しておきな!」


 遊興船の船外には、古式ゆかしい野外式の屋台がズラリと並んでおり……。

 そこでは、「つい先日までならず者やってました」と言わんばかりのいかめしい男たちが、様々な屋台料理を売っていたのである。

 いや、売っている、という言い方は適切ではない。

 なぜならば……。


「本当に!?

 ……本当に、お金はいらないんですか!?」


「こんなにおいしそうなものが食べられるなんて、夢みたい!」


「おうともよ!

 事前の調査によって、騎士爵が不当に蓄えていた財産はおおよそ把握されてらあ!

 今日の食べ物代にはその一部が当てられるから、遠慮なく食ってくんな!」


 いかにもホームレス然とした母と娘に、屋台の兄ちゃんが豪快に告げた通り……。

 訪れた市民たちは金など払っておらず、無償で料理を受け取っているのであった。


「な……あ……。

 ワシの……ワシの金を、こんなことに注ぎ込む、だと……?」


 ターブ騎士爵――もはや貴族ではないか――としては、ただ、縄を打たれた姿のまま、膝をつくしかない。

 まだまだ、やりたいことはいくらでもあったのである。

 いや、むしろこれからこそが、本番であったといえるだろう。


 ターブが本番として、見据えていた行為……。

 それは、他でもない――猟官運動であった。


 そもそも、ターブ騎士爵領には、隣接してユトーセ騎士爵領が存在しており、両家は隣り合った騎士爵家同士として、ライバル関係を続けてきたものだ。

 だが、その関係が十年前――崩壊したのである。


 何があったかといえば、ユトーセ家の昇格だ。

 カルス皇帝はユトーセ家当主の功績――海賊を減らしただの、領内経済を上向かせただの、些末なものだ――を讃え、加増と共に男爵への昇格を認めたのであった。

 しかも、ユトーセ家現当主は自分より三歳年下であり、ターブとしてはこれを許せるはずがない。

 だから、なりふり構わず金をかき集め、猟官運動に打って出ようとしていたのである。


「貴様の金ではあるまい。

 民たちが納めた税金は、貴様を肥え太らせるのではなく、彼らの生活を豊かにするためにこそ使われねばならなかった」


 でっぷりとしたターブの腹に、パトロールが軽蔑の視線をメンポ越しに注ぐ。

 それは、他二人のニンジャたちも同じであり……。


「貴様は今日、この場所よりドーム内の騒ぎを聞きながら、民たちがいかに抑圧されていたか知るがいい」


「そして、帰路へつく民たちから侮蔑と怒りの視線を向けられ、己がいかなる存在であるのかを自覚するがいい」


「それこそが、貴様に与えられる最初の仕置き……。

 安心せよ。危害が加わらぬよう、我らが守ってやる。

 貴様には、ハイクを詠む資格すらない」


 三人のニンジャから次々と宣言され、豚のように肥え太ったかつての騎士爵は、その場で力なくくずおれ続けたのであった。


「最後に……」


 それでも、ポツリと漏らせたのは、銀河帝国貴族としての意地が成せる業か。


「最後に教えてくれ。

 あそこでライブを行っている人物……。

 それは、一体何者なのだ?」


「ご存知ないのですか?」


 ターブの言葉へ、パトロールなるニンジャが意外そうな声で、なぜか言葉遣いも変えながら問いかける。


「彼女こそ、IDOLのリーダーであり、スターの座を駆け上がること間違いなしな超時空シンデレラ、カミュ=チャンです」


「知るわけねえだろ、タコ」


 どうにか、憎まれ口だけは叩いておいた。




--




「それじゃ、次の曲いっくよー!

 『C.A.彗星はロリコンなのか?』」


 ――ウオオオオオオオオオオッ!


 俺の言葉を受けて、観客席のオロッソ人たちが、拳とサイリウムを突き上げる。

 今夜、この場に呼ばれているのは、レジスタンスのメンバーたちや、あるいは、不当な搾取によって最もダメージを受けていた低所得層やホームレスたちであった。

 そこは、腐った騎士爵領のそれといえど、銀河帝国時代のお役所パワーというやつで、データベースを基にAI選定し、所持端末へ招待状を送ったりスラムから直接連れてくるなりすることは、さほど難しくもなかったのである。


 たくさん食い、たらふく飲んだ結果か、彼らのテンションは最高潮に達しており……。

 歌唱力と体のキレには自信があっても、アイドルの歌、アイドルのダンスとしてはまだまだな俺のライブへ、熱心にコール&レスポンスを送ってくれていた。


 ――成功だ!


 白基調のアイドル衣装を着用し、客席に向かって手でハートマークを作っていた俺は、笑顔の裏でそう確信する。

 記念すべき最初の任務は――大成功。

 そして今、わたしは――輝いているのだ!


 観客席を埋め尽くすサイリウムの光が、銀河の星々よりも輝いているように感じられた。

 間違いない……今、このスタジアムシップ――ティーガーには、小宇宙が生まれている!




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088772753287

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088772793935


 そして、お読み頂きありがとうございます。

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