ティアー ⑥

 しん……とした静寂が、ヘルメスのメインストリートを支配する。

 つい先ほどまで、機体同士のアクチュエーター音や、アスファルトを蹴り出す音が、絶え間なく響いていたこともあり……。

 その静寂は、かえって耳に残響するかのようだった。

 だが、それもいつまでもは続かない。


 ――ざわ……。


 ――ざわ、ざわ……。


 周辺の建物へ避難していた人々……。

 それが、獣型PLの撃破を受けて、少しずつ街路に姿を現したのである。

 最も早く飛び出してきたのは、勇敢な帝国警察の皆さんだ。

 倒れる獣型PLと、これに左手を突き刺したまま膝立ちとなっているリッターの周囲へ、五人ばかりの警官が展開した。


「所属不明PLのパイロットに告ぐ!

 ハッチを開けて、ゆっくりと姿を現せ!」


 そして、その内の一人が拳銃を構えたまま宣言すると、獣型PLの後部――お尻とも呼べる部分に備わったコックピットハッチが開く。


「お爺さん?」


 メインモニターに映されたパイロットの姿を見て、俺は思わず目を剥く。

 着ている衣服は、アパレルブランドのカジュアルファッション……。

 背中は丸まっており、髪も真っ白けで顔はしわだらけ……。

 こんな繁華街のストリートより、どこか景色の良い場所でベンチにでも座っている方が、よほど絵になりそうな老人……。

 あれだけ大暴れした怪PLのパイロットは、そのような人物であったのだ。


 これには、包囲した警官たちも驚いていたようだが……。


「よし! ゆっくりと機体を降りてこい!

 ゆっくりとだ!

 何か妙な真似をしたら、撃つ!」


 すぐさま、職務を思い出して宣告する。

 老人は言われるまま、おぼつかない体の動きでストリートに降り立ち……。

 そこを、警官たちが一斉に押さえ込んで、逮捕していた。


「一体、どういう……」


 沈黙する敵機から左手を引き抜き、つぶやく。

 あのお爺さんから、流れ込んできた感情……。

 それは――困惑だ。

 間違いなく、自分の意思でここにいる。

 だが、どうしてそんなことをしたのか、自分でも分からない。

 ……言葉にすると、そんなところであった。


「……考えても、仕方ありませんか」


 流れ込んでくる相手の意識を、断ち切る。

 他者の考えが察せられてしまうこの感覚……。

 それは、少し意識をすれば簡単にオンオフを切り替えられるものであり、俺は必要がなければ、使うことをよしとしていなかった。


「カミュちゃーん!」


「守ってくれてありがとー!」


「大好きだー!」


「PLで戦うニュース映像、フェイクかと思っててごめーん!」


 ……と、そんなことをしている間にだ。

 ストリートへ出てきた人々が、手を振ったりしながら俺に呼びかける。

 それは、どうやら街中に伝播しているようであり……。

 巨大な繁華街が、カミュコールで埋め尽くされるのを感じた。


「……いつの間に、中継していたんでしょう?」


 上空を見れば、ホログラフィック映像……。

 映し出されているのは、全身の装甲を切り刻まれ、右手のマニュピレーターも破壊された状態でストリートに膝立ちとなるアーチリッターの姿だ。


 こうなってしまえば、やることは一つ……。

 俺は、無事なリッターの左手をコックピットの前に添えた状態でハッチを開いた。


 ――プシュリ。


 漏れ出すコックピット内の空気と共に外へ出て、リッターの左手へと降り立つ。

 すると、あれだけ大騒ぎしていた人々が一斉に押し黙り、またしても静寂の支配する時間が訪れる。

 無数の視線を、小さな体に浴びて……。

 果たして、どのように振る舞うのが正解なのかと、ほんの少しだけ考えた。

 その末に出た結論は、こうだ。


「イエイ」


 俺は、にっこりとほほ笑みながら、勝利のサインを指で作り上げたのである。


 ――オッケーイ!


 今日一番のオッケイコールが、繁華街を震わせた。




--




『ロリコンだぜー! ロリコンだぜー! あいつ絶対ロリコンだぜー!』


 電波にして――特定個人への誹謗中傷。


『勝てないぜー! 勝てないぜー! 憎いあいつに勝てないぜー!

 生身で負け、ロボ戦で負け、口喧嘩でも完敗だぜー!』


 ……挙句の果てに、事実と思わしき事柄まで陳列する。

 カミュ・ロマーノフの持ち歌にして、電波ソングと名高い『C.A.彗星はロリコンなのか?』のハードコアテクノミュージックが、901ビル屋上へと鳴り響いていた。


 出場者たちの座っていた椅子などが撤去され、簡易なライブ会場と化したステージ上で舞い踊るのは、当然ながら――カミュ・ロマーノフ。

 操縦の邪魔となるため外していたキツネ尻尾も再装着してのステージだ。


 本来は、アーチリッターに乗りながら大会優勝者を讃えるサプライズライブとなるはずだったらしいが……。

 今は完全にカミュによるテロリスト討伐を記念しての式典と化しており、本来讃えられるはずだった選手たちも、観客の最前線に立ってコール&レスポンスを行っている。


『持ち曲だぜー! 持ち曲だぜー! やっと持ち曲流れたぜー!

 でも俺撃墜寸前だぜー! カッコつけられる状況じゃないんだぜー!』


「……それにしても、一体誰のこと歌ってる曲なんだろーねー。

 なんかもう、ネタじゃ済まされないくらいの悪気を感じるよー」


 コール&レスポンスする観客たちには、混ざらず……。

 最後方でポケットに手を突っ込んだまま、クリッシュはそうつぶやいた。

 周囲では、同じように沈黙を選んだ者たちが、ズラリと並んでおり……。

 皆が皆、一様に腕を組み、時折満足げにうなずいたりしている。

 ゲームセンターでも、よく見かける人種だ。


「にしても、楽しそうだねー。

 カミュちゃん……」


 こちらに視線を向け、ニッコリとほほ笑んでみせるカミュに、そう呼びかけた。

 ハイヒューマンとしての能力は使っていないため、その声はすぐに音楽と歓声でかき消される。


「まー、でも、勝ったら嬉しいし、楽しいよねー?

 わかるわかる……」


 すでに、この場に用はない。

 ……ガン無視しているが、さっきからこちらに向けてあの振りはアドリブだの、あそこのステップはファーストステージで間違って以来、きっちりと仕上げているだのと、思念波で解説してくるヴァンガードもクソうざかった。


「……次は、わたしがそれを味わおうかなー?

 もちろん、お相手はカミュちゃんで、ね」


 くるりと踵を返し、屋上から立ち去る。

 背後で、「「「オッケーイ!」」」という力強い声が鳴り響いていた。




--




「ふうん……そうか。

 いや、分かった。

 引き続き、調査を進めてくれ」


 通話先の相手――ヘルメス警察署長との会話を打ち切り、現皇帝カルス・ロンバルドは携帯端末を懐に仕舞う。

 余談だが、その端末は、Dペックスのキャラクターが描かれたカバーを被せられており……。

 共に商業ビル地下内の従業員区画へ避難していたヒラク・グレア社長は、当然ながらこれが目に留まったようであった。


「先日のパーティーでも、サインをねだられましたが……。

 もしや、陛下も我が社のゲームを遊んでくださっているのですか?」


「ん? おお?

 もちろん、遊んでいるさ。

 いやー、迂闊だったなー。

 ゲームをリリースしている会社の社長がいるところで、グッズを見せちまうのは」


 わざとらしく、ヒラクに向けてそう言い放つ。

 いや、実際問題として、目の前で携帯端末など取り出す予定はなかったため、これは純粋な偶然なのだが……。

 冗談めかしたその言葉が、同じく避難した者たちの緊張を解したようである。


「何しろ、銀河的大ヒットですからな。

 実は、私も遊んでおります」


「ハハ、じつはわしもですよ。

 いや、年甲斐がないとは分かっているのですが、面白いのだから仕方がない」


 こんな堅苦しいおっさんばかり集まった場においては意外なことに、次々とカミングアウトが始まった。


「どうですか?

 我らの命を救った恩人であるご息女は、ちょうどこのようなゲームがお好きな年齢ですが……」


「いや、最近になって遊ぶようになったらしいのだが、どうもおれはそういうものに疎くて、話を合わせられなくてな……」


「ならば、大公閣下も遊んで、愛娘と話題を共有するというのはどうです?

 ついでに、我らともフレンド登録をしましょうぞ」


 会合へ参加した貴族家当主や企業家から、ウォルガフ・ロマーノフがこぞって勧められる。

 そんな人々の姿を、ヒラク社長はひどく興味深そうに眺めていた。



--



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090166526378

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090166572827

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090166612940


 そして、お読み頂きありがとうございます。

 と、いうわけで、次回から新章に入ります。

 文字数的にキリがいいんで、夜くらいにキャラクター表も入れておこうと思います。


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