第9話 5歳児は光る何かを捕まえた

週の半分は剣の師匠、もう半分が絵里香さんと訓練している。


絵里香さんとはだいぶ仲良くなった。

同じ世界の記憶があるということは強い。

話題があるというのはよい。

同じ世界を懐かしめる…


絵里香さんはお茶を出して僕を迎えてくれる。

彼女はちょっと裕福なようで、クッキーとかお菓子を作ってくれる。

「召喚者」として活動していたときの貯えがあるみたいだ。

この世界、砂糖が高いので、甘いお菓子は貴重だ。

午後のティータイム。

優しい、ゆっくりした時間。

今では僕の癒しの時間になっている。


魔法の勉強は、今まで学んできたことを共有して、間違いを直すことから始める。

といっても、ほぼ間違いはなかった。

一応エイリアナの言っていたことは正しいらしい。


そして、やはり、詠唱による魔法があるとのこと。

詠唱することで魔法陣が作成されるシステムらしい。

しかし、無詠唱のほうが楽ということで村では使用している人はいない。

特に威力が上がるわけでもない。

例えば、戦闘で魔法を使う場合、詠唱していたら時間がかかり、不利になるから、詠唱魔法が廃れた。

当然だろう。

この世界では無詠唱が基本みたいだ。


中級の魔法書を借りて、魔法を覚えていく。

まずは回復魔法が欲しい。

姉とのじゃれ合いで怪我をした場合の対策だ。

回復魔法は数が少ないようで、水属性の中級からとなる。

しかも、それほど回復力は高くないらしい…


僕の場合、風と土の精霊と契約しているため、その属性は得意。

水はそれに比べて難しく、魔法を覚えるのに苦労する。

水の精霊を探して契約した方が良いかもしれないな…

何と言っても、農業に水は重要。

無駄にはならない。



「ルー君は回復魔法を覚えたいの?」


絵里香さんはいつものように安楽椅子に座り、いつものように編み物をしている。


「うん。この世界は元の世界と比べて医療が進んでいないから。魔法で治せるようになっていないと不安なんだ」


「そうねえ。ちょっとした病気でも、怪我でも怖いわね。前世だと医療が進んで死亡率がだいぶ下がっていたけど。こっちでは薬草か、魔法。魔法での回復はお金が高いから、亡くなる人も多いわね」


金持ちね…

貴族とか、豪商とか。

庶民の犠牲の上で生きていいるくせにね…


「前世の医療と比べて、魔法の方が優れていることもあるのよ」


「魔法の方が?」


「例えば、最高位の魔法だと、手とか足とか無くしても再生できたり、病気も治せるのよ。たぶん、末期の癌とかも治せるんじゃないかな。『奇跡』って呼ばれる魔法だけれど」


「魔法じゃなくて、奇跡?」


「そう」


絵里香さんはいたずらっ子のように笑った。


「『奇跡』って呼ばれているけどね。あれって実は『光魔法』なのよ。『奇跡』を使えるのが『聖女』。神に愛された少女とか呼ばれているのだけれど、本当は『高位の光魔法使い』なの」


「信仰は関係ないの?」


「関係ないのよ。神様への信仰は。だって、召喚された少女がすぐに『聖女』なのよ。この世界の神様への信仰なんてあると思う? 教会が光魔法使いを利用しているだけね」


「聖女を利用して、信仰を集めていると?」


「そう。信仰を集めて、権力とお金を集めているのね。どこの世界もみんな同じなのよ」


うーん。

僕の宗教に対する考えはちょっと違う…

すべての宗教がみんな腐っているわけじゃないと思う。

宗教によって救われている人々もいるんじゃなかろうか?


日本だと、マズイ新興宗教のイメージが強くて宗教についてタブー視する向きがあった。

だけど、世界的には宗教に入っている人の方が大多数で。

大多数が支持するのならば、何かしらそこには良いものがあるのだろうと思っている。

たぶん、僕が知らないだけなんだろう。

日本のそれほど信仰の強くない家庭で育ったから。


神のいない世界でも宗教が広まっているのだから、神のいるこの世界ではより宗教が強くてあたり前な気がする。

ただ、絵里香さんが言うように、その宗教が腐っているのなら、元の世界より酷いことになりそうな気もする。

危ない感じはする。


幸い、村ではそのような様子はない。


村には様々な神を信仰しているような気配がある。

まだ、子供の僕はあまり他の家のことは分からないけど。

うちでは毎年の豊作を祈願して「農業神」に祈っている。

また、村では秋に豊作をお祝いする祭りがある。

これも「農業神」関係だ。

他には「商売の神様」とか、「戦いの神様」というのがいるらしいけれど詳しいことは分からない。


そもそも僕が会った、あの「神様」は何の神様だったのだろう?

あの神様しかいないのか、他の神様も実在するのだろうか?


あの神様に少しの感謝はある。

転生させてくれたこと。

だから、拝んでもいいかなと思っているけど、姿かたちが難しい…

保留中だ。



それよりも、今は光魔法のほうが興味がある。


「光魔法って僕も使える?」


「うーん、どうかしら。ほとんど使える人がいないのよ。多くは『召喚者』、『転生者』になるのかな。だとすると神様からの祝福が必要かもで、神様からの寵愛を受けているってことで、結局『聖人』ってことなのかな?」


「じゃあダメかも。僕、神様からちょっとだけ才能をもらっただけだから…」


光魔法を使う人は、生まれつき使えるのかもしれない。

あとは突然神様から啓示を受けてとか。

僕はどちらもない。

難しいかな?



「ルー君、精霊使いでしょう」


それもバレているか…

やっぱり精霊が言っていた通り、精霊も感じるみたい。


「うん。風と土の精霊と契約しているよ」


「じゃあ、もし光の精霊と契約できれば、光魔法も使えるようになるかもしれないわね」


「前例があるの?」


「精霊使い自体が少ないから、ちょっと分からないなあ。でも光の精霊がいるってことは広く知られているのよ。精霊は、地水火風、それに光、闇、基本6属性。すべての自然現象は精霊がかかわっているって言われているわ」


「じゃあ、光のあるところには光の精霊がいるってこと?」


「たぶんね。私はまだ見たことないけど」


光、つまり日中、または、蝋燭とかの火が放つ光とか、そのすべてに光の精霊がいるのだろうか?

でもそれは小さい精霊で、僕の目にみえないようなものかもしれない?

僕と契約している風のエイリアナ、土のハーマリーは中級精霊って言っていたっけ。

だとすると、光の中級精霊を探さないといけない。

そして契約する。

ちょっとハードルが高いかも…


光の魔法はだいぶ魅力的だ。

「神の奇跡」とも称されるほどの回復魔法。

たぶん死んでいなければ回復できたりするのだろう。

この危険な世界ではぜひ欲しい魔法だ。



ちょっと風の精霊に聞いてみよう。


「エイリアナいる?」


呼びかけてみると、すぐに窓から風が吹いて、目の前に精霊が飛んできた。


『なに。なんか用? 私も忙しいんだけど!』


すぐに飛んでくるあたり、ずいぶん暇ではないだろうか…


「いつもその辺りをフラフラ飛んでいるだけじゃないの?」


『意味もなく飛び回っているんじゃないの! この辺の偵察とか警備をしてあげているのよ!』


最近僕の周りに結構いる感じがするけど。

まあ、普通契約してれば周りにいるのが普通だと思う…

土のハーマリーも畑で埋まって動かないし…

うちの精霊って何だろう……


「そうなんだ。ごめん。面白いことをさがして飛び回っているだけかと思っていたよ」


『分かればいいのよ……まあ、面白いことも目的の2割くらいはあるかもだけど』


2割ね…多分半分くらいは面白いこと探しと見た。


「ねえ、光の精霊って知ってる?」


『知ってるけど、嫌い! アイツらお高くとまって、こっちから話しかけても、すぐにいなくなるし。嫌なヤツよ!』


女王様系の性格なのかな?


「すぐいなくなるって、光だから、移動速度が速いのかもしれないね。風より光のほうが早いよね。」


『風のほうが早いわよ! あんなの余裕でブッチギリよ!』


ブッチギリって表現が古い…

年齢はいくつだ?

やっぱり精霊って長生きなのかな…


『人間より長く生きているけど、中身は少女よ!』


おっと、心の声が伝わってしまった。

念話はON/OFFが難しい…


エイリアナの話を聞く限り、光の精霊と契約をするのは難しそうだ。

一旦諦めよう。

縁があれば契約できるし、なければ契約できないってことで。

当面は水魔法の習得に力を入れたい。



「エイリアナ、水の精霊はいないの?」


『川とか雨とか、自然の流れる水があるところに多くいるわよ……何よアンタ、精霊増やす気? 私と土のヤツと契約しているってのに?』


「うん。できれば。水の魔法が、回復魔法が覚えたいんだよね」


『アンタ、水魔法の素質もあるじゃないの。努力して覚えなさいよ! 精霊と契約して簡単にやろうなんて、軟弱な考えしてんじゃないわよ!』


「もしかして…水の精霊も嫌い?」


『当り前じゃない! あんなすました顔して、『私、いい女です』なんて思っているようなヤツ!』


偏見では?

水の精霊って優しそうなイメージがあるけど。

これも偏見か…


どうも、エイリアナに水の精霊との契約を手伝ってもらうのは難しそうだ。

土の精霊に聞いてもダメだろうな…

日がな一日、畑で日光浴しているだけだしなあ…



「どう、風の精霊さんに協力してもらえそう?」


それまで黙って、待っていてくれたらしい絵里香さん。


「無理そう。話したこともないって。これ以上精霊を増やすなって怒られた」


「あらあら、嫉妬かしらね」


笑う絵里香さんの周りを、怒った風の精霊が飛び回っている。

風で棚のものが落ちたりしないかちょっと心配。


「まあ、そう簡単にいかないわよね」


「うん。地道に水魔法を覚えようと思うよ」


「そうね。キミはまだ若いから、じっくりやるのがいいよ。まだまだ時間はあるわ」


ということで、当面は水魔法を習得することにした。



というのが、一昨日のことで、今日には光の精霊を見つけてしまったりする。

見つけようとしないと意外に見つかるものだねえ…

井下さんの「夢の中の方へ」の歌詞みたいな。


本日は快晴。

暖かな日差しが降り注ぐ午後のこと。

天気が良いので、絵里香さんの家の庭で魔法書を読んでいた。


ちょっと眠くなる。

本から視線を上げて、伸びをする。

庭を眺める…


バラの花のあたりを、ふよふよ、と光る虫のようなものが飛んでいる。

花の香りに虫が寄ってきたみたいだ。

何の気なしに、捕まえてみようと思った。

剣の訓練のおかげか、思ったよりもスムーズに体が動き、虫を捕まえることに成功!

つぶすと気持ち悪いで気を付ける。

虫が想像よりも柔らかい感触でびっくり!


『無礼者! 我を捕まえるんじゃない!』


虫がしゃべった?


『虫ではない! 我は精霊だ!』


逃がさないように、ゆっくりと手を開いてみると、確かに小さい少女型の生物?がいた。

光り輝く少女。

すごく美人。

…あれか、光の精霊?


『その通り。我が光の精霊だ!』


ちょっと偉そうだ。

風の精霊なんかは口が悪いし、自由だけど、かわいげもあるよなあ。

エイリアナの言葉を思い出す。

この子はちょっと苦手かも。


『何を言うか! 我ほど可愛らしい生き物はおらんぞ!』


おっと念話が漏れている。


『光の精霊であるが故に、我は尊いのだ!』


捕まえたのはいいのだけれど、もう少し性格のまともな精霊がよかったなあ…

このくらい簡単に捕まえられるのなら、キャッチ&リリースで次の子に期待するのが良いだろうか?


『何を言う! 光の精霊として、人に捕まってしまったのなら、それと契約をするのが決まりだ! 契約してやるから感謝するがよい!』


痛い…

なんで、唇を蹴る?

精霊は僕の手をスルリと抜け、僕の唇に蹴りを入れた。


『我が足にキスをする。それが契約となる。喜べ人の子よ。光の精霊、エルミリーとの契約はなった!』


だ、か、ら!

それはキスじゃない!

キックだ!


精霊、エルミリーが胸を張り、高らかに宣言する。

やはり、貧乳…

そして契約の押し売り。

ドクン。

いつもの感覚があり、ステータスを確認すると魔力が1000増えている。


『人の子よ。契約したからには、其方がこの世から消えるまで、力を貸そう。困りごとがあれば、我を呼ぶが良い!』


光の精霊に手伝ってもらうこと?

回復魔法。

他は何かあっただろうか?


「あ、そうだ。野菜の日照不足とかのとき手伝ってくれる?」


うん。

良い考えだと思う。


『我を農業に使うというのか!』


「農業とは、すなわち命の根幹にかかわる重要な産業。これを最優先することに何か問題があるか? いや、ない!」


『なるほど、農業か…よくわからんが、熱量はだけは伝わった。 いや、いや、しかし…思ったよりも平和な村なのだな』


光の精霊が多少呆れている気がするが、問題はない。

農業を手伝ってもらえ、回復魔法も使えるようになるかもしれない。

なかなか良いのではないだろうか。

性格にさえ、目をつぶれば、だが。


『人が離婚をする原因の一番が性格の不一致ではなかったかな?』


案外、人の生活に詳しいんですね。

というか、あなたが言って良いことじゃないと思う。



光魔法というものは、魔法書には載っていない。

では、どのように魔法を覚えるのかというと、ある日突然に頭に浮かんでくるらしい。

これを「神の祝福」というらしい。

そして神様に不敬ということで、魔法陣は書き残さないとのこと。

もしくは魔法に詳しくないものが突然に魔法使いになるため、知識がなく、書き残せない。

ただ、教会関連には光魔法の魔法書があるのではとの噂が絶えない、らしい…

やっぱり教会は胡散臭いか……



では、僕は光魔法を使えるようになれないのか?

そこは、光の精霊が魔法陣を知っていた。

性格はあれだけど、有能な精霊だった。

有難い!


紙に魔法陣を書いてもらう。

精霊は小さいので書くのに苦労していた。

数枚の失敗を経て、まあまあな魔法陣を書いてくれた。

完璧ではないらしい。

小さな体で書くので大変だ。

僕が清書をする。

かなりの数の魔法陣を見て、覚えてきたので、何となく魔法陣というものが分かってきたかなと思う。

数枚のNGを出した後、精霊の合格が出た。

そして、それを覚えた。

最近魔法を覚えるのが早くなってきた気がする。

こちらも慣れてきたみたいだ。



では、早速実験してみる。

ちょっと怖いけど、ナイフで指をちょっと切ってみる。

血がでる。

回復魔法を掛ける。

傷がふさがり、痛みも消えた!

成功だ!


「すごいじゃない!」


絵里香さんが褒めてくれた。


「それ、たぶん、聖女が使っていた回復魔法と同じものよ。熟練度を上げれば、大抵の怪我と病気も治せるようになるはずよ」


なかなかに優秀な魔法のようだ。

優先して訓練していこう。


「これで君もチートになったわけね!」


やはり聖女と同じ、光魔法は「チート」みたい…

光魔法が使えることがバレて、聖人として王都に連れていかれて、勇者と一緒に魔王と戦うことになったりするのだろうか?


…うん、バレたらまずい。

この村では光魔法を見たことがある人は絵里香さん以外いないかもしれない。

だとすれば見られても大丈夫か?

いや、慎重に、極力バレないようにしたい。

皆に分からないように、こっそり使えるように、発動時間を短縮する訓練をしよう。


数日、この魔法を使って分かったこと。

体力の回復にも使える。

体力が回復するからか、眠気もすっきり。

若干肌のツヤ、髪のツヤも出てきたような気もする。

まあ、5歳児なので元々肌とかプルプルモチモチなんだけど。


とくかく万能!

さすが聖女の回復魔法だ。

たぶん、水魔法の回復魔法はここまで万能ではないはず。

良い魔法を手に入れた。


これで僕は一層死から遠ざかった、はず…?

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