第43話 12歳、今年最初の雪…

冬の入り口。

肌寒くなってきたころ。

そろそろ雪も降るかもしれない。


だけど、今日は良く晴れて、透き通った青空が眩しい。



そんなさわやかな日に、絵里香さんは亡くなったんだ。



前日の夕食時。


「エリカさん、今日はどうですか?」


エレノアさんが優しく絵里香さんに聞く。


絵里香さんの調子がこの頃良くない。

食欲が少なく、食べないことも多くなってきた…


今日はエレノアさんが消化にいいようにパン粥を作ってくれた。

それには数口つけただけで手が止まっている…


「ええ。もういいわ。ごめんね…」


…ずいぶん痩せた。

手もだいぶ細くなってきたように思える。

心配だ…


絵里香さんはステータスの魔法が使えるので、自分の状態を確認ができる。

病気ではないとのこと。

しかし、確実に体力は落ちている。


「光の回復魔法を掛けようか?」


最近、日に一度、回復魔法をかけている。。

その一瞬は元気が出るが、すぐに元に戻る。

今日も朝にかけはした。


「ルー君も、ありがと。でも、いいわ。ちょっと眠いのよ…」


「ベッドに行きますか。お手伝いします」


絵里香さんはエレノアさんに手伝われて自室に行った。


老衰かもしれない…

なら、回復魔法は効かないだろう。

ひと月前にはまだまだ元気だったのに、急に体調を崩した。


絵里香さんは大丈夫だからと笑うが、家の火が消えたよう…

だいぶ活気が亡くなった。


うちの母さんも心配して時々様子を見に来てくれる。

村の中にも絵里香さんの世話になって人たちが沢山いて、心配している。


元気になってほしいと思う。

まだまだ老いるには早いだろう……



僕も自室で魔法書を読んで、早めに就寝した。

明日もいい日になったらいい…



…っ!


何だ?

魔力の爆発?

この魔力は…絵里香さん!


周りはまだ暗い。

夜明け前か?


ベッドから飛び起き、絵里香さんの部屋に行く。

何か起きた!

あんな魔力の発動は初めてだ。


ドアを叩く。


「絵里香さん、どうしました。何かありましたか?」


返事はない。


「絵里香さん。開けますよ」


ドアを開けて部屋に入る。


ベッドに絵里香さんが寝ている。

静かに目を閉じて、幸せそうに少し微笑んでいるように見える…


だけど…

生命力を感じない、いつも感じる魔力が無い!


「絵里香さん!」


彼女の口に耳を当てる。

呼吸音がしない。


彼女の胸に耳を当てる。

心臓の音が聞こえない。


「アルベルタ!」


闇の精霊を呼ぶ。

精霊はすぐにスッと現れる。


「絵里香さんは!」


「…そう…彼女は行ったのね。ここには居ないわ」


「もう!……だめ、なのか?」


「ルーカス。彼女は生きたわ。静かに寝かせてあげましょう」


…そっか…

そんな予感はしていたんだ。

絵里香さんは病気でもなく体調を崩していた。

生命力が全体的に落ちていた。

たぶん、「老い」。

それは誰も避けられない、絶対の決まり事。

生きているものは必ず死ぬんだ。


彼女の頬に触る。

まだ、ほんのりと温かい。

生きているように見える。

だけど…もう、目を開けない、話さない、笑わない…


ねえ、絵里香さん…早すぎるよ…



「どうしました! エリカさん、ルーカスさん!」


エレノアさんが入ってきた。


「…うん。絵里香さんが、亡くなったよ…」


「え! う、そ…ですよ、ね…」


「嘘だったらよかったんだけど…」


「そんな…エリカさん…サラだって…」


エレノアさんは顔を覆って、崩れ落ちる。

そっか、そうだよね。

最近親友のサラさんを亡くして、そしてこの村で後見人のようになってくれた絵里香さんを亡くして…

精神的にキツイよなあ…


そしてまた、僕は女性が泣いているときにどうしてよいか分からない…


エレノアさんの頭を抱くようにして撫でる。


彼女は…僕にしがみついて声を上げて泣いている。

僕は彼女を撫で続けた。



そして……

絵里香さんの葬式になった。

とても気持ちの良い冬の日。

彼女らしいと言えばらしいような気もする。


葬式には本当に多くの人が参列していた。

彼女がどれだけこの村の人たちとかかわってきたかが分かる。

みんな寂しそうな顔をしていたり、泣いたり…


彼女は棺の中で優しそうに笑っている。

本当に優しい人、素敵な人だった。


この世界に召喚されて、勇者として戦い、そしてこの世界で亡くなった…

どれだけ苦しい日があったのだろうか。

僕には想像もつかない。

だけど、最後は笑って静かに目を閉じている。


幸せだったのかな? とも思う。


だけどさ、僕はもう少しあなたと話していたかった、笑っていたかったな…

たぶん、僕の我儘なんだろうけど。



「ルーカス、大丈夫?」


母さんが心配している。

僕と絵里香さんが仲が良かったのを知っているから。


「僕は大丈夫だよ。それよりもエレノアさんが心配」


エレノアさんは青い顔で黙って立っている。

崩れ落ちそうな…

たぶんこの会話も聞こえていないと思う。


「…そう。だけど、ルーカスも無理しないでね」


「うん。大丈夫…」


僕がしっかりしないと…

絵里香さんがいないのだから…



棺は蓋を閉められて、薪の上に置かれた。

そして、火がつけられる。


火がすべてを包んで、浄化していく。

…そう、死は穢れなんかじゃない。

生きて、死んで…過程なんじゃないかな。

その先に何もなかったとしても、それはゴールではなくて、まだ途中。

よく分からないけれど、そんなことを思った…


火は高々と燃えあがり、青い空を焦がしていた。



粉になった絵里香さんを森にまいて、葬儀はつつがなく終わった…



家に帰る。

絵里香さんがいなくなった、絵里香さんの家に。


静かな家。

人が一人いなくなってずいぶん活気がなくなった。


玄関にはまだ絵里香んさんのコートが掛かっている。

午前中は良くこれを羽織って散歩をしていた。

散歩が好きだった。

足が悪くなったので、ゆっくりと歩いて。

村の子供に話しかけながら、ゆっくりと、ゆっくりと。


居間に入る。

テーブルには絵里香さんが編んだレースのテーブルクロスが掛かっている。

彼女は良く編み物をしていた。

お茶を飲みながら。

世間話とか、ときには僕とくだらない話をしながら。

彼女の周りにはゆっくりとした時間が流れていた。

それが心地よかった。


居間から庭に出る。

冬の入り口、まだ秋の花が咲き残り、目を楽しませる…

彼女が育ててきた花たち。

しっかりと花を咲かせている。


一脚の椅子が置いてある。

彼女はよくその椅子に座って、庭を眺めていた。

彼女は花が好きだった。

「私が花が好きなんて似合わないかしら?」彼女は笑ったが、そんなことはない、とても素敵なことだと思っていた。

だけど、その椅子に座る人はもういない…



僕は…

僕は、この家が好きだった。

絵里香さんががいて、エレノアさんがいて、そのなかで僕は自由にさせてもらって…

優しい人たちに囲まれて、美味しいものを食べて、話して、寝て。

朝起きて、「おはよう」って言って。

安心できて…


…僕は、最大の理解者を亡くした。

この世界に転生した僕を受け入れてくれる人。

召喚者で同じ国の人で、同じ話ができて…

僕を許して、見守ってくれていた人。

もういない。

前世の、異世界の世界を共有して、笑いあった人…


僕は…

僕は…



「ルーカス君、いいんだよ。もう、泣いて、いいんだよ」


…エレノアさんに抱きしめられていた。


そうか、僕は泣いてたんだ…


「ごめんね、ルーカス君。私が先に泣いちゃったから…ルーカス君のほうがエリカさんと一緒にいたのに…」


「ち、ちがう、…」


違うんだ、エレノアさんが悪いんじゃない。


「いいの。悲しいときは泣いていいの。大丈夫、私がいるよ。ルーカス君には私がいるから大丈夫」


エレノアさんが温かくて、柔らかくて…

涙が止まらない…


こんな泣いちゃだけめだと思う。

でも、泣かなきゃだめだと思う。

よく分からない。


そうか…きっと、僕は悲しいんだ、泣きたいんだ…

きっと、泣いていいんだ。


エレノアさんは温かくて、柔らかくて、優しくて、彼女も泣いていて…

僕も泣いていて…



いつの間に…

空から雪が落ちてくる。

今年の初雪。

静かに、ゆっくりと…

庭を少しだけ、白く染めて。


ちょっとだけ、その冷たさが気持ちよくて。

だけど、寂しさがこみ上げる。


そう…絵里香さんが亡くなったんだ…

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