第11話 5歳児と迷う子供達

冬の空気はとても澄んでいる。

昨日の降雪で空気中の汚れを全て落としてくれているようだ。

冷たい空気が肺に入ってきて体が冷えるが、それがまた気持ち良い…


ちょっと道を外れて、足跡のない雪の上を歩いてみる。

サクッ、サクッっと良い音がする。

なんか、嬉しい。

僕の足跡だけが続く。

冬が好きだ、寒いのが好きだったりする。



さて、本日は、リネット(村長の娘)に遊ぼうと誘われて、村長宅に向かっている。


彼女とスージーとは友達になって、時々遊んでいる。

リネットとスージーは僕の一つ年下で、二人とも可愛い女の子。

僕のお嫁さんになる可能性がある女の子。

まあ、それは半分冗談として、こんな狭い村なので子供同士で仲よくしたい。



もう少しでリネットの家というところ、彼女の兄とその友達がいた。

ジェフリーとビリーだね。

外に遊びに行くようだ。

寒いのに子供は元気だ。


「よう。ルーカスじゃないか。リネットと遊ぶのか? たまには俺たちに付いてくるか?」


リネットの兄、ジェフリーがちょっと生意気な顔をしている。

まあ、僕が3歳年下なので、力関係はそんなところか…

この年代の3年は大きい。

彼とも仲よくしたいとは思っているのだけど、リネットとの約束があるし、それを破ってというのはちょっとね…


「どこ行くの?」


「ちょっとな」


ジェフリーとビリーが顔を合わせて笑い合う。

何だろうね…

少し気になるけど。


「リネットと約束だから」


「女の子の遊びをして何が楽しいんだか…ふーん、ま、いっか。行こうぜ、ビリー!」


二人が歩いていくのをちょっとだけ見送った。

悪戯とかしなければいいけどね…

いや、この年代は悪戯してナンボか。

僕が人生2回目なので、ハシャゲないだけかも。

子供の遊びで楽しめないのはちょっと悲しい…



ああ。

案の定、リネット達との遊びはおママゴトだった。

まあ定番だし…

冬だし、外で遊ぶのは寒いし…


「あなた! 何故この女がここにいるんですの?」


リネットが僕に問う。

リネットと僕は夫婦の設定になっている。


「えっと…」


僕は言いよどむ…

後ろめたいことがあるからだ。


「奥様。ベットメイクしていただけですわ」


僕の横にはスージー。

彼女は僕の家のメイドの役だ。


「リネット。今日は女子会で遅くなるはずでは…」


「あら、早く帰ってきたら迷惑かしら?」


「いや、そういうことは…」


「奥様。いつも遅くまで飲んでいらっしゃるのに、今日はどうなさいましたか? お友達と喧嘩でもなさいましたか?」


そして、僕とメイドのスージーは不倫しているという設定…

普通に僕とリネットが夫婦だとして、スージーはその子供の設定で良いのではないかと思うのだけど…

こっちの世界に昼ドラとかないはずなのだけど、どこでそんな知識を得るのかなあ…

女の子は不思議だ。

まあ、あれだ、不倫役が、妻の妹とかじゃないのが、まだ救いかもしれない。

姉妹だとドロドロがヘドロ級になるからね…


「ちょっとどこかの女狐がおいたをしているんじゃないかと思いましてね」

「狐ですか。きっと可愛らしいんでしょうね」

「そんな可愛いものじゃないわよ。きっと豚のような顔をしているのよ」


リネットとスージーがにらみ合う。

いや、いや、これ何が楽しいの?

僕には付いていけない…

…前世で女性と付き合ったこともない僕には、不倫した夫の役は重すぎるって。

女性経験があったとして、普通は浮気・不倫経験はないか?


「あなた! 何とか言ったらどうです! ここでこの女と何をしていたのですか?」


「…いや、スージーが言ったように、彼女がベットメイクをしていて……暇だったのでちょっと世間話をしていただけだよ」

「世間話をしていただけにしては距離が近かったように思いますけど?」


うーん。

コトをしていた時に踏み込まれたんじゃないから、まだマシで…まあ、まだ逃げ切れる状態?

彼女は権力者の娘ってことになっており、僕は婿養子。

浮気がバレて、離婚されるのは避けたいということらしい。

そんな微妙な立場なら浮気しなければよいと思うのだけど、しないとお話として面白くないとのこと。

複雑だ…


「奥様は旦那様を置いて、奥様方との交流が大切なのだと理解しておりました。旦那様はがお寂しいのではと思いまして、少しだけ慰めさせていただいておりました」


スージーはツンとした表情で、シレっとしている。

リネットはちょっと青筋。


「コンコンコンコンと、最近の狐は良く吠えること。ルーカス様は私の明るく、交友が広いことも素敵だと言ってくれましたのよ。ねえ、あなた?」


「ああ…」


「奥様、失礼ですが、自由気ままな雌猫よりも、近くで寄り添ってくれる女狐に心が動くこともありましょう」


何でこのメイドさんは宣戦布告のようなことをしてくれるのかな?

火に油を注がなくてもいいじゃないか。

あれか、女のプライドってやつか。

旦那様に愛されているのは自分だって、優越感か?

自分のほうが上だってことを自慢しているのか?


「育ちの悪い女狐よりも、上品な雌猫のほうが好きですわよね、あなた」

「殿方は、年老いた雌猫よりも、年若い女狐のほうがお好きでしょう」


リネットは姉さん女房で、スージーは年下の設定、ということだ…

いやあ、バチバチで、空気が痛いです…


どうしてこうなった…

僕は何に付き合わされているのだろう。

女性と仲良くなるのがこんなに大変だったとは…

想像の上を行く…


いやいや、浮気しなければ良いだけの話だ。

僕はただの農民。

ハーレムルートはなし!

妻一筋だ!

未来の妻が、居ればだが…


二人の女の子と遊んだ。

そして、神経をすり減らし、家へ帰った……


針の筵、無限の牢獄か……



その夜、来客があった。

猟師のおじさんだ。

どうも、ジェフリーとビリーが帰っていないらしい…


村長の家の前で僕が二人に会った後、姉も会ったようだ。

森に入ると言っていたとのこと。

姉も誘われたが、子供だけで森に入ることは禁じられていたため、断ったらしい。

まさか本当に森に入るとは思っていなかったので、大人に伝えなかったとのこと。


村中を探しても、いなかったので、二人は森に入ったことが濃厚。


この冬に、夜に、森…

しかも魔獣が出る森…

まずいね…



父さんは子供捜索に加わるために出ていった。


母さんと僕たちは留守番。


…僕に何かできることはないだろうか?

子供の僕では捜索には加われない。


もう少し大きければ、父さんと一緒に捜索に加われたのに!

いや、昼間のあの時に二人に行き先を聞いていれば、そして止めていれば、二人が僕の言うことを聞くはずはないけれど、大人に伝えていれば……


違う、過去のことを言っても今を変えられない。

今重要なのは彼らを探して保護すること。

でも、僕は5歳の子供だ…

何ができる?


分からない。

考えがまとまらない…


ダメだ。

深呼吸をする。

ゆっくりと…

体に力が入っていないか、体は強張っていないか?

焦ってもどうしようもないんだ。

落ち着こう…


…ああ、そうだよ。

僕じゃなくていいんだ。

僕が助けなくていいんだ。

僕には友達がいるじゃないか。

夜だって、冬だって、森に自由に入れる友達が!



窓を開ける。

冬の夜の冷たい凍える風が入ってくる。

小さな友達を呼んでみる。


「エイリアナ、いるかい?」


『呼んだ? こんな夜中になんか用? 眠いんだけど』


ちょっと不機嫌な顔。

だけど、すぐに駆けて付けてくれる、優しい友達。


「うん。ごめんね。ちょっと非常事態なんだ。力を貸してくれないかな」


『ふーん、ま、いいわよ。で、何?』


「男の子が二人、森に入って帰ってないらしいんだ。探せないかな?」


『面倒くさっ! でも、まあ、あんたの頼み事じゃ、聞かないわけにはいかないわね。私の契約者だしね!』


「うん。お願い。助かるよ」


風の精霊は僕の上を一回転すると窓から飛び出していった。

彼女ならうまくやってくれるはず。

風は森を吹き抜ける。

彼女ほど森を知っている人もいないはずだ。


ああ、どれくらい待っただろうか…

多分、数分だったはず。

体感はその十倍くらいだった。

待つのはキツイ…


そして、やっと、風が帰ってきた!


『ただいま。イタ、イタ! 森の中。ちょうどあの星の方角2キロってところ。大きな木の洞の中ね!』


「ありがとう、エイリアナ」


『もっと褒めていいんだぞ!』


「うん。すごい。頼りになる。愛してる!」


『そっか、ちょっと照れる…』


グルグル飛び回っている風の精霊は置いておいて。

急がないといけない。

つむじ風が起きていても、今は関係ない。


早速、ママに情報を伝える。

風の精霊に探してもらったとは言えないので、そちらの方向に行くと言っていたことを思い出したということにした。

ママはうなずくと、家を出ていった。

たぶん、村長のところだろう。


そして、エイリアナに二人が無事なように見守ってもらう。



これで何とかなるか…

助かるはず…

僕には祈ることしかできない…


僕がもう少し大きかったら、もう少し魔法を使えたら…

彼らを自分で救えたかもしれない。

友達の兄とその友達。

彼らは、友達ではなく、知り合い程度だけど、しかし、それが亡くなるという可能性。

この世界では前の世界より死が近くにある。

それは頭では理解しているつもりだったけど、いざとなると体が震える…

情けない…


「…泣いちゃダメ!」


姉が優しく抱きしめてくれた。

柔らかくて、温かい。

ちょっと意外。

もっと筋肉質で硬いと思っていた。

そんなこと言ったら怒られるだろうね。

そして、ちょっとだけ甘い匂いがする。

安心する匂いがする。


「…パパが行った。大丈夫。心配ない」


そんなに優しくしないで…

ちょっと泣けてくる。

知人を心配して泣いているのか、死の恐怖に泣いているのか、自分の情けなさに泣いているのか、優しさに泣いているのか…

分からないけれど。

まあ、これはこれで良いんだ…

所詮、僕は5歳の子供。

子供はすぐに感情がオーバーヒートする。

たまには姉に抱かれて泣いてもいいよね…

すぐに大人になって泣けなくなるんだから。

今はこれでいいんだ…

子供の特権だよ。



そのうち、僕も優しくできる側になれたらよいと思う。

たぶん、もう少し。

だけど、近い未来かな。



不安な心と、冬の寒さと、姉の温かさと…

泣き疲れて僕はいつしか眠り。


翌朝、二人が無事発見されたことを知る。

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