第10話 5歳児と絵里香は海賊と銀河をつまみにする

晩秋。

朝晩はだいぶ寒くなってきたけど、本日の午後は暖かく、のどかな田舎の午後。

そして、いつもの姉とのチャンバラという名のシゴキ…


木の枝を構えて、姉と対する。

姉は自然に構えているようなのに、プレッシャーがすごい…


僕は回復魔法を取得しているんだから、ちょっと怪我したくらいでならすぐに治せる。

ちょっと強気で行ける、はず…


「…行く!」


軽い開始の合図。

直後、姉が動く。

直線的。

一瞬で僕の目の前にいる。

早い!

前より早くなっているんじゃ…

姉の振り下ろしを、木の枝でギリギリ受け止める。


「…うん。よし!」


姉はすぐに次の攻撃を繰り出す。

僕はそれを何とか受け止めるだけいっぱいで、僕の攻撃のターンにはならない。

僕の身体強化も強化しているはずだけど、姉の身体強化も向上している。

その差は縮まっていないようだ…

剣の修行で、体力、筋力、剣術、だいぶ鍛えたと思っていたけれど、残念。

姉はまだ8歳。

日々成長する。

そして、体を動かすのが好きで、剣術狂い。

少々の努力で追いつけはしないか…


姉の強みは魔力による身体強化だ。

この強化という技術、身体だけではなく、武器の強化もできる。

姉ももちろん木の枝を強化していて、だから、僕も木の枝を強化しないといけない。

そうしないと僕の枝が負けて、すぐ折れてしまう。

しかし、この技術が難しい…

自分の体を強化するのは比較的簡単にできたのだけど、自分以外を強化するのはだいぶ難しい。

姉のそれは自然だ。

難なくできているように見える。

すごい才能だ。

羨ましくもある。


徐々に攻撃についていけなくなる。

幾つか攻撃が掠る。

姉は凶悪な笑顔。

戦いが面白くなってきたのだろうね。

戦闘民族か!


魔力量は姉より僕の方が上のはず!

それをうまく身体強化に使えれば、何とかなるはずなんだ。

それがまだできていない。

ちょっと悔しい…


…まずい!

僕の武器強化が切れた。

鍛錬不足。

姉の袈裟懸け!

僕の枝を折り、そのまま肩に攻撃をもらった!


「…まだまだ、だね」


姉が笑う。

ドヤ顔かもしれないが、僕は肩の痛みでそれどこではない!


すぐに回復しなければ。

くそ!

…痛みで集中できず、なかなか回復魔法が使えない。

なんとか堪えて魔法を発動。

…ふう。

…痛みは消えた。



これは改善の余地がある。

自分がダメージを負った場合、痛みで魔法の行使が難しくなる。

他人の回復なら問題ないけど、自分を回復するのが難しい。

練習で何とかなるか?


そして、そもそも、戦闘中にダメージを負ったから回復魔法を使うという流れ。

これも前線で戦う場合は難しい。

戦いに集中しているので、その余裕がないし、その隙がない。

なるべくなら、戦闘前に常時回復効果を発揮するような回復魔法を発動するのが望ましい。

…そんな魔法があるのかな?

絵里香さんに聞いてみようか。

もしかしたら光の精霊も知っているかも?


ちなみに光の精霊は近くで見学している。

風の精霊はいつもどこかに遊びに言っているので、だいぶ違う。

光は結構真面目だ。

どちらも僕と契約しているはずだけどね。

土の精霊は畑から動かないので除外。



「…だいぶ強くなった。続き!」


僕が強くなると姉を喜ばせるらしい…

今日もみっちりシゴカれそうだ…

回復魔法があるので、明日に残らないのがせめてもの救い。



夜、濡らしたタオルで体を拭く。

姉のシゴキの後でもアザがない。

これは、ちょっとうれしい。


この村の不満と一つだけど、お風呂があるといいなあと思う。

今日一日の疲れをゆっくりと溶かす感じ…

ま、贅沢品か…

大人になって、家を持ったら作ろうと思う。



回復魔法を取得し、少しだけ前進したと思う。

ちょっとだけ達成感。

今の暮らしが少しだけ良くなった。

少しの改良だけど、それが積もればきっと幸せに近づけるだろう。

方向は間違っていないと思う。


姉は自室のベットでぐっすり寝ている。

体を動かして気持ちよく夢の中だ。

寝相が悪くて、朝は大概ベットから落ちているんだけどね。

僕は回復魔法のおかげか、疲れもなく、本当は眠気もない。

だけど子供の成長のためにはしっかしとした睡眠が必要だ。

歴史の本を少し読んでから、早めに寝よう。


いつか、姉と互角になれるのだろうか?

寝ているときは可愛い顔をしているんだけどね…



秋は短く、すぐに季節は移ろう。

そう、冬だ。


この森はすぐに冷え込んで、雪が降り、地面は一面真っ白に染まる。

父さんは朝から雪かきをしている。

毎日これをしないと家がつぶれるから、大変だ。

父さんには頭が下がる思いがする。

だけど、父さんは全然疲れた素振りも見せない。

身体強化が得意だからなのかな?

僕ももう少し成長したら手伝うのだろう。

身体強化を鍛えることが必要そうだ。



僕はというと、絵里香さんの家で、お茶を飲みながらクッキーをつまみんでいる。

つまり、まったりとしている。

5歳児はそれほど仕事がない。

畑仕事もないので、暇なのだ。


姉は家で母さんと一緒に編み物をしている。

うん、似合わないよね…

ブーブー言っていたけれど、母さんに言われて、シブシブだ。

結局、母さんには敵わない。

それが正しい家族の形かもしれないね。



この世界でも女性、男性の役割みたいのがあるようで、家事は女性の仕事みたいなところがある。

男性は外で仕事をして、女性は家を守る。

前の世界だと古い価値観だといわれるんだろう。

この世界だとどうなんだろうか?

母さんも父さんもそれが普通だと思っているよう。

これが世界の常識なのだろうか?

たとえば、前の世界みたいに生活に余裕がでてくると、気になりだすかもしれない。

今の状態だと、力の強い男性が畑仕事とか狩りとかで、社会性の強い女性が横のつながりを作って家、村を守っている。

効率を優先してだろう?


…うーん、それも偏見か。

この世界だと魔力による身体強化があるから、筋力の差なんてあってないようなものだよね。


「転生者」、「転移者」が多くいる世界だから、女性の地位向上とかの活動が起きそうなものだけど。

さて……



時間があると、そんなことをフヨフヨ考えたりする。

村人の一人にすぎない僕には何もできないかも、だけどね…



「ね。ルー君はさ。前の世界でどんな漫画・本を読んでいた?」


絵里香さんの声で、浅い思考から戻る。


「…ん。そうだね。漫画だと「海賊王!」とか「死神のオレンジ」、「一撃男」、「鬼切りの斬撃」とか好きだったかな。本は、自己啓発とか…社会人だったし。プログラマーだったからそっち系も読んでいたけど、仕事の延長みたいで趣味じゃないよね。学生のころなら小説をよく読んでいたかな…何を読んでいたっけ…ライトノベルが多かったかも。難しいのは眠くなる」


「プログラマーだったんだ。お仕事大変? 私、高校でこっちに来たから。向こうの仕事は分からないの」


「仕事はどこでも同じだよ。どこの世界でどんな仕事だって大変だと思う。絵里香さんはこっちの世界で仕事してきたんだから、すごいんじゃない」


「んー、勇者のお仕事は殺すか殺されるかだからね…殺伐としたもんよ。この歳になると思い出して懐かしく思うけれど、あの頃に戻りたいとは思わないかな。君はどうなの? プログラマーだって、カッコいいじゃない。戻りたいって思う?」


「僕は考えたことないかな。死んでこっちに来たから。人生やり直しだし。だけど、もし、同じ世界に生まれ変わったとしたら、別の仕事をしたいかな。プログラマーが悪いってわけじゃなくて、別のことをやるのが楽しそうだってことで……うーん、プログラマーも大変だったってのもあるんだろうな…僕の会社は小さくて、下請けだから、仕様をもらって組み込むのが主な仕事で、自社で製品を出しているわけじゃなかったし。依頼者の我儘に振り回されて大変だったから…」


実際、僕はどう思っているのだろう…

あの仕事にこだわりはあったのかな?


大学を卒業して入れる会社があって、それを続けてきて…

仕事に誇りはあったのだろうか?

ただ惰性で続けていただけなのではないか?

…たぶん、ちょっとだけ自尊心はあったのかな。

10年同じ仕事についていたんだ。

底辺ながらそれなりに仕事ができるようになっていたしねえ……


「そう。向こうの世界も色々あるのね…」


絵里香さんは向こうで大人になって、仕事をして、人生の終わりまで普通に暮らしていたかったのだろうか?

「勇者」として召喚されて、戦って、最後はやっぱり向こうの世界に戻れなくって…

親の死に目に会えないし…

それはね、親不孝だよね…


「私は、心残りがあるとすれば、漫画とか小説とか読み残したものがあることかな。ちょっとソッチ系の女の子だったのよ」


「あー、分かる。僕も漫画の続きが気になるね」


あとはあれだ!

僕のPCの中身!

あれは個人情報の塊だ。

人様に見せるようなものではない。

向こうの世界の僕は亡くなっているのだけど、PCはどうなったのだろうか?

ログインにパスワードがかかっているけど、時間をかければ解除できるよなあ…

見られるのは…厳しくない?

あっちでは死んでいるし、どうなったか分からないからいいけど…

いや、考えると恥ずかしい……



「そうそう、『海賊王!』は完結した?」


「いや、僕のいた時点ではまだだったよ。って、絵里香さんはどの時点でこちらに?」


「んーと、どこだったっけな…ずいぶん前だったし……確かラピュタあたりだったと思うよ」


「結構序盤だね。そこから結構続いてるよ。お兄ちゃん亡くなったり、修行したり……」


「えー、お兄ちゃん死亡! それどんななの? 結構な人気な人物じゃない!」


絵里香さんとひとしきり漫画の話をした。

同郷ってこういう会話ができてよいよね。

ちょっと時代が違うけれど。

絵里香さんは、僕より、だいたい5年くらい前から来たのかもしれない。



「でも、僕も結局最後までは知らないんだよね…」


「んー。そうだけど、完結していなくったって、途中までのお話だって、そこまで楽しめたのならいいんじゃない?」


「?」


「物語ってね。終わりを知ることが大事なんじゃなくて、それを読んで自分がどれだけ揺り動かれたかが重要じゃないのかなって思うのよ。小説でも映画でも結論があいまいで終わるのあるじゃない。すっきりしないって評価が低くなることも多いけどね。創作物って、書き手の思いをそのまま受け取るんじゃなくて、どこまで行っても読み手の受け取り方次第だと思うの。例えばね、Aさんが面白いって思った作品をBさんに薦めるでしょ。だけどBさんはそれをツマラナイって思うわけ。それは一人一人、経験とか思い出が違うから。だから、作品の受け止め方が違っちゃう、評価が違うのよ。虐められた経験のある子と無い子とでは、それを題材にした作品をみて、感想なんて全然違うと思わない? どっちがいいとかないんだけどね」


言っていることは分かる気がする。


巨匠とかの小説を読んでも、すべてがササるわけではない。

僕もいくつか、夏目漱石やら、森鴎外やら、川端康成を読んでみたが、面白いと思えたのは少しだけだった。

それを理解する…うん、違うな…多分理解なんて、あの時点の僕にはできなかったんだ。

それが響くような経験とか思いとか、それがなかったんじゃないかな。


「だからね。途中まででも楽しめたのなら、よかったんじゃないかなって思うのよ。でもさ、やっぱり結末って気になっちゃうけどね」


絵里香さんは笑った。

ちょっと女子高生の面影のある笑顔。

きっと若いころは可愛かったんだろうな…

こんなこと言うと怒られちゃうんだろうけど。


「絵里香さんはどんな漫画が好きだったんの」


「えっとね。『銀色のアルケミスト』とか、『名探偵クリスティ』とかかな」


「あー、『アルケミスト』は完結してるけど、『名探偵』は続いていたよ。あれはいつ終わりにするんだろうね。生涯続けるのかな」


「『グインの伝説』みたいに?」


「それ小説でしょ。漫画と違くない? 僕はあれはちょっと手が出せなかった…ずいぶん巻数が出ていたので」


「ダメね。続いているモノには何か価値があるものよ。読まず嫌いはダメ」


「はい。すみません」


「じゃあね。『銀河英傑列伝』は?」


「あ、それは学生時代に小説読んだ」


「そう、ルー君は小説か…私はアニメと漫画だったよ。ねえ、帝国と同盟どっち派?」


「同盟」


「えー帝国でしょ。ハルト様、オスカー様、ビッテン様、オーベル様、素敵じゃない!」


なぜそこにオーベルがいるかが不思議…

嫌われる側じゃ?


「同盟にも薔薇の騎士団がいるでしょ」


「確かにシブおじ様達も捨てがたい!」


同盟は地味だからね。

同盟の主人公ワンは原作だと地味顔だし。

きっとハルトとの対比のためかな。

漫画とかアニメだとそれなりに美形になるのだけれど。

帝国は貴族社会なので華やかなんだよね。

美男美女多いし。


「『常勝』と『不敗』って響きがいいよね! 結局どっちが強いのかな?」


「だめだよ、絵里香さん。その話題は。結論ができないで紛糾するよ」


「えー、でも、同じ戦力・条件で戦ったらどちらが勝つかって、興味あるじゃない」


「そりゃそうだけどさ…ワンは同盟の政治家に足を引っ張られながら、縛りがある中で負けない、勝つのが面白いので…」


「とっとと、独裁になったちゃえばよかったのに」


「それをしないのがワンの良いところで…」


「ハルト様は、皇帝、うーん、倒したわけじゃないか…でも、上り詰めてるから、それに対抗できなくなるじゃない?」


「それでも、同盟という決まりの中で苦しみながらやっているのが良いんだよ!」


その後も、銀河の戦争を話題にお茶を飲んで、夕方に帰宅しました。

ある冬の日の出来事でした。

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