第85話 転生者は鰹節を切望するよね

本日は錬金術の研究所で作業をしている。

結婚の指輪だ。


結婚式まではまだ日にちがあるが、指輪は完成し、手元にある。

指輪交換は式で行うので、それまで新郎が保管している。


で、このミスリルの指輪。

折角のミスリルなので、色々と改造してしまおうってことだ。


特にエレノアさんは戦闘力が低いので、防御系の能力を上げておこうと思う。


難しいのが、ミスリルという素材が初めてなのと、指輪という物体の小ささだ。


まあ、ミスリルに魔法陣を刻むのは錬金術ではよく行うことで、錬金術の書物にはその方法・例が沢山載っていた。

それを勉強しながらやっているわけだ。


計画では、エレノアさんのは常時発動型の防御魔法と意識的に発動する防御魔法の両方を入れたい。

常時発動型の防御魔法は、彼女の魔力が少ないので少ない魔力で発動できるレベルのモノ。

防御力はそれほどではない。

意識的に発動する方はもっと強い防御魔法が発動するようにする。

これで少しでも安全になると良い。


彼女に戦闘に出るよなことはさせないけどね。

まあ、保険だ。



そして、リネット。

…攻撃的なものにしようと思う。

魔法の杖と同じように魔法発動を助ける機能。

火の魔法の強化。

それと魔力回復増進機能。


意外にこの魔力回復機能が良い感じになった。

周囲にある魔力を吸収する機能だ。

魔法を放つ場合、魔力がすべて魔法になるわけではない。

魔法にならない魔力が周囲に発散される。

それを取り込むわけだ。

エコだね!

特にこの森は魔力が満ちている。

その自然の魔力からも回復が可能。

これがあると安定した魔法攻撃ができる。

持続戦闘時間がずいぶんと改善されるはず、だ。



まあ、こんなところか……


さて、僕の指輪はどうしようか?



「…ほんと、よくそんな細かい作業ができるな…」


ネルは机に肘をつき、おやつの梨をフォークでつつきながら、僕の作業を見ている。


「もうネルだってできるだろ?」


彼女も日々錬金術の勉強をしていて、剣の強化とかはできるようになっている。

優秀だ。


「細かい作業がイヤだって言ってんだ! …それ、結婚指輪だろ?」


「うん。エレノアさんとリネットのだよ…何? ネルも欲しい?」


「…ッ、バカ! そういうのは軽々しく言うもんじゃないだろが!」


ネルも奴隷を解放されたら…10年後?

ああ、うん。

この世界だと確実な行き遅れ…

たぶん嫁の貰い手はないかな…

まあ、彼女が主婦とかイメージないけど。

旦那が家事をすればよいから、アリか?

錬金術師だし。


ネルは俯いて、梨をイジイジしている。

梨はさ、冷たく冷えたのを、固めのやつをシャクシャクするのが好きだ。

温度が上がった方が甘みは感じるんだけど、冷たいさわやかな感じ。

あれが良い。

温かくなると、甘いだけになるというか…甘ったるくなるというか…

それを好きな人もいるから、否定はしないけど。

ネルも温かくなる前に食べればいいのにね。



「そういやさ。童話執筆の方はどうなったんだい?」


ネルは視線を上げて、ちょっと睨む。

そして唸るように。


「…う、うん…それはちょっとな…」


彼女はちょっと視線を外す。


『私は面白いと思います』


ホムンクルスのレア。

彼女はまだガラス瓶の中…

ごめんなさい。

進展がありません。


「ちょ! お前!」


『まだ文字ではないですが、お話は聞かせてもらっています。私は好きですよ。『アリス』とか『オズ』とか『ナルニア』とか。『アリス』の『チェシャ猫』とかいいですよね。可愛いですよね』


ふーん…

日本の童話ではくて「アリス」とかなんだ。

「桃太郎」とか「浦島」とかではないんだね。

でも、「アリス」とかを語れるんなら、文字にできるんじゃないかなと思う。

あれは世界観の説明が難しいよね。

大きくなったり、小さくなったりするし。

猫は消えるし、茶会しかしない帽子屋とか。

そういえば、帽子屋という職業には何か意味があるのかな?

分からないや…


「ネル、すごい。ストーリーテラーじゃないか」


「…うっせ!…レアも口が軽いんだよ!」


『すみません、ネルさん』


ネルとレアも仲良くなったみたいで良かった。

レアも話し相手がいて退屈しないだろう。

申し訳ないけど、僕は農業とか、剣、魔法の修行とか忙しくて、それほど相手ができていない…

ちょっとね、風呂敷広げすぎた感はあるんだ。

色々手を出しすぎ。



「で、七つの玉を集める、銀河の英雄は?」


「…銀河皇帝になるんじゃなかったんかよ! この文明レベルで宇宙いわれて分かるか? …そいえばこの世界の宙ってどうなってるんだ?」


ネルが上を指さす。


「宙」と書いて「そら」と読む。

「ガンガス」っぽくてカッコいいね!


確かに、夜空に星は輝いているが、それは本当の星なのかは不明だ。

だれも確かめていないだろう。

確かめていないってことは、まだ確定してないってことで…

つまり、もしかしたら、それはただの光の可能性だって残っているということだ。


「もしかしたら、宇宙が無いかもしれないね…」


「異世界だしな…」


「そもそも、地球? 丸いのかな?」


「…あれか? でっけえ象が平たいプレートを支えているってやつか?」


「まあ、そういうこと。その可能性もあるんじゃない?」


「その場合さ、海の水って下に落ちるじゃね? どうやって上に戻すんだ?」


「…そうだね…端っこの方で熱して水蒸気にして、雨にして降らせているとか…あとは、巨人が柄杓ですくっているとか」


「そりゃどんなデッケエ巨人だよ! んなのいたら、ここから見えないのがおかしいだろ! それに24時間労働だ! ストるは!」


うーん…神様と戦って負けた巨人が強制労働とかかもしれないね。



「…なあ…」


「何?」


「…出汁」


「ん?」


「出汁がほしい…肉は飽きた!」


ネルが肉を飽きたと?

ずいぶん贅沢になったものだ。

僕に会う前はロクに食べ物ももらえず、死を望んでいたんじゃなかったか…

よし、よし、だ。

いい方向だと思う。


「トマトだって、野菜だって出汁が出るじゃないか?」


「バカ! 鰹だ、鰹! 昆布、シイタケ! 和風だよ! おでんに、しゃぶしゃぶ、湯豆腐!」


あー、言っちゃった…

僕は考えないようにしていたのに、和食。

無性に食べたくなるじゃないか。

どうしてくれる。


「どっかあるだろ? 召喚者とか沢山いるんだろ? なら、作ってるだろ、誰かが! 絶対!」


うん。

その可能性は高いと思う。

日本人ならあの味を思い出し、再現したいと思っているはずだ。

だいたいの転生ものではそうだ。

僕の場合は、知識不足だ。

どうやって作るのさ、鰹節?

茹でて、干しとけばできるのか?

あれ、カビてなかったっけ、周り…


「醤油! あんだろ、醬油! 味噌もだ、味噌汁が飲みたい!」


醤油なあ…

欲しいよね…

絵里香さんが持っていたけど、もう全部消費しちゃったんだよなあ…

畑で大豆を作る…

醤油、味噌、発酵しないといけないから、難しそうだよね…


「あんだろ! 日本人街みたいな国がさ! 普通、異世界には!」


「で、僕にどうしろと?」


「…行ってこい」


「はい?」


「…そうだな…手始めに港町だ! 行ってこい! 魚だ、魚! 食べたい!」


「港町?」


えー…

僕が行くのか?

そりゃ移動系の魔法を覚えているから、それほど苦じゃないけど…

イベントがさ…


「いやさ、僕は村の農家で、チートじゃない方の転生者だよ? 期待が大きいよ」


「…誰がチートじゃない転生者だよ…たく…」


「大体さ、転生者が歩けばイベントにあたるって…」


「いいだろ、多少のイベントなんて。お前は殺したって死なねえだろ。それにピュンって逃げてくりゃいいだけだろが」


うーんでもなあ…


「いいから、行け!」


奴隷に命令される主人ってどうなのよ…



ということで、僕は港町に行くことになった…

まあ、僕も魚が食べたいってこともある。

この世界でも漁は行われていると思うけど、さすがにこの森の中まで流通していない。

せめて干物が出回ればいいのに。

狩人の皆さんも、川で釣りとかするよりも、魔獣を狩った方が効率的だし。


港町セトリャン。

ここから森を出て、南に下ったところにあるらしい。

どのくらいの距離だろうか?


予定は1週間くらい。

帰りは一瞬。

行きも移動だけならそれほどかからないと思うが、ちょっと息抜きも兼ねている。

平和な世界なら妻を連れて観光したいね。

エレノアさん、リネット、あとネル?

ネルは無理か、引き籠りなので。


農業は父さんにフォローを頼んだ。

エレノアさんとリネットも畑仕事をしてくれる。

土の精霊にお願いしているので大体大丈夫だと思う。

水の精霊にもお願いしたいところだったが、海に行くということで、絶対に付いてくるとのこと。

まあ水やりは水魔法があるから何とかなると思う。



ただ、エレノアさんとリネットを説得するのはなかなか苦労した。

危ないから止してと。

そりゃ、魚が食べたいから行ってくる、じゃね…

目的が弱い。

転生者からしたら食の改善って、希望であり、願望。

それが「ある」か「ない」かで、これからの幸せが変わるくらいの事だ。


珍しくネルも一緒になって説得してくれて、シブシブ了解を得た。


「ルー君、危ないことはしないでね…」

「ルーカス、何度も言うようだけど、浮気はダメよ。港妻とかは絶対許さないからね!」


「港妻」て、よく言葉を知っているね…こんな森の中なのに…

あれか、商人のサイモンさんが街で浮気してたことがあったとか…

…他所の家の変な詮索は止めよう…


「大丈夫じゃね? ルーカスはそれほど度胸ねえし」


ネル。

それは僕に失礼だ!

僕だってヤルときはヤル。

この、ヤルはイベントをちゃんと完了できるといことで、女性系ではない、はず…


「でも、ネルちゃん、外は危ないし…」


「エレノアは心配しすぎ。こいつは殺したって、死ぬようなタマじゃねえって!」


「ま、私もネルの意見に賛成。問題は浮気だけ……」


リネットの僕の評価について一度話し合わないといけない気がする…

どうして浮気キャラなんだろうか?


「じゃあ、行ってきます!」


僕自身は安全面についてはそれほど心配していない。

精霊も付いているしね。

別に戦争に行くわけじゃない。


移動魔法もあるから、逃げ足は世界一ではないかと思っている。

死ななければ、光の回復魔法で全快だ。


という訳で、次は港町セトリャン。

鰹、いるかな……

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