第233話 【小早川秋穂視点】甲冑の修理
【小早川秋穂視点】
「こっちの魔法陣が少し切れてますね。魔力の動きが悪くなっています」
ルーカスが甲冑のお腹あたりの魔法陣を指す。
見ると、なんとなく魔力の流れが滞っているように見える。
「直せるか?」
「はい、大丈夫ですよ」
彼は楽しそうに魔法陣を専用のペンで書き直す。
そのペンさばきは踊るように優雅だ。
なぜ、この国宝を緊張もせずに直せるんだよ?
魔法陣は綺麗に書き直され、魔力の動きがスムーズになった。
ルーカスは毎日ここに来て、甲冑の修理を手伝っている。
彼は自分が壊したのだから、修理の手伝いをしたいと申し出た。
分解は許されないが、直すだけなら良いと許可した。
「やっぱり秋穂さんがメンテナンスしていたんですね」
「ああ、それが俺の能力だよ。なんとなく修理ができるんだよ。理屈まではわからないけどな」
甲冑を直す能力。
俺はそれだけを与えられた。
戦う力はない。
直す力だって中途半端だ。
甲冑が動く理屈もわからなければ、大きく壊れてしまったら直せる力もない。
どうしようもなくイライラする。
なんで春が戦って、俺は直すだけなんだ。
せめて春と一緒に戦えれば。
「なるほど、秋穂さんが春音さんを支えていたんですね。さすがは姉妹ということでしょうか。姉妹だからこの国の勇者として召喚されたんでしょうね」
俺はそれほど春の役に立っているわけじゃない、さ……
そんなこと、そのまま伝えられない。
だから憎まれ口をたたく。
「姉妹だって、仲がいい奴らだけじゃないだろうが」
「じゃあ、小早川姉妹は仲が良いってことじゃないですか。それだけで素晴らしいじゃないですか」
「知るか、勝手に言ってろ! ……それより、こっちの破損を直せるか?」
なんとなくこいつの笑顔が憎らしくて、顔をそらして、作業の指示を出す。
こいつは胡散臭く笑うけど、甲冑を本当に楽しそうに直している。
そこだけは感謝してるんだ。
それに、それほど悪い奴じゃないとも思い始めている。
きっと、ただのバカだと思う。
「了解です、親方。ミスリルですね!」
こいつはなぜかミスリルを大量に持っていた。
個人がこれほどの量を?
やっぱり胡散臭くてしょうがない。
そういえばこいつ転生者らしい。
それで亘理とも仲が良い。
与えられた力は少しだけと言っていたが、どうだかな。
あの力からするとチートだろうと思う。
「ピザまんとか言っていた時点でわかってもらえると思ったんですが、難しいですね」
うるせえよ。
それどころじゃなかっただろうが!
あの状況に唖然として、そんな頭は回んなかったんだよ。
ひっぱたきたくなったが、やめておく。
俺は、思考は過激だが、行動は過激じゃない。
行動は常識的に非暴力だ。
「えと、少し動かせばいいのかな?」
春も動作確認で、甲冑の修理に参加している。
「右腕を挙げてみてください。……はい。まだ、ちょっと鈍いですね」
「うーん。いつもと同じくらい、かも……」
「たぶん、これは古い時代の物なのでしょう。長い間メンテナンスがされていなかった。それで本来の実力を出せていないと思います。この際だから隅々まで修理してみましょう」
「うん。ルーカスさん、お願いします」
春もずいぶんルーカスに慣れたようだ。
春は男性が苦手だからな。
珍しいことだ。
たぶん、物心ついたときから父親がいないからだな。
男という種族に慣れていないんだと思う。
そして母からは父の悪いことばかりを聞いて育ってきた。
確かに父は悪いところが多かったよ。
酒を飲んでは暴れるし、競馬に給料を突っ込むし。
だけど少しは優しいところがあったんだ。
よく俺を競馬場に連れて行ってくれたんだ。
肩車してサラブレットを見ていた。
馬は美しかった。
逞しかった。
興奮して、父親の髪の毛を引っ張って、「禿げるからよせよ!」と怒られたのを覚えている。
公園でキャッチボールしたこともあったっけ。
俺はまだ小さくて、ボールをまともに投げられなかった。
それでも辛抱強く、明後日の方向に行ったボールを拾いに行ってくれた。
きっと男の子が欲しかったのだろうな。
春が生まれて、両親の喧嘩が多くなり、離婚。
「昔はあんな女じゃなかったのにな。女性らしいく可愛かったんだぜ」
父が言ったのを覚えている。
あの頃は不思議な感じで聞いていた。
離婚するとも思わないし、離婚が何かもわからなかった。
だけど離別の予感だけ感じ取って、悲しくなったのだけ覚えている。
人間は変わるんだ。
状況、年齢、色々な要素で変わるさ。
母だって若いころは少女をしていたんだろう。
母親になって子供が三人もできて、大変だったんだろう。
いっぱいいっぱいの中、懸命に生きていただけ。
ただ、父への当たりが少し強かったのかもしれないと思ったりする。
俺は結局、母ともうまくいかなくなった。
あのヒステリーが嫌いだった。
子供に言うことを聞かせようとする態度が嫌いだった。
俺は母の所有物じゃない。
俺は俺だ。
だけど今は少しだけ感謝している。
女手一つで子供三人を育てるのはどれほど大変だっただろう。
必死に仕事を掛け持ちして、ぼろぼろに疲労しながら。
父に対しての対抗心もあったのだろうか?
そりゃあ貧乏だったけどさ。
どちらにせよ、俺にはきっとできないだろう。
俺たちがいなくなって身軽になって楽しく生きているかな?
そんなことはないよなあ。
もう一目だけ会って、「生んでくれて、育ててくれてありがとう」とそれくらいは言ってもいいかなとも思う。
きっと両親の離婚が俺たちに大きな影響を与えたんだと思う。
夏姉は必要以上に優しくなった。
俺はひねくれて、春は大人しくなった。
両親だけの影響じゃないと思うが、しかし比重は大きいだろうな。
夏姉はあれで色々としたたかだから、大丈夫だろう。
春はもう少し男性に慣れて、幸せになってほしい。
俺と違って女の子らしい子だからな。
優しい子だ。
「へえー、これが操作デバイスなんですね」
ルーカスがヘルメットを触ったり、中を見たりしている。
「被っていいですか?」
「……うん、いいけど、起動しないかも」
被ってみるが甲冑はやはり起動しない。
「魔族というのが重要なんでしょうか?」
ルーカスが春をじっと見つめる。
春は居心地が悪そうに身をよじる。
「角、触ってもいいでしょうか?」
「え……角?」
春は素早く自分の角を手で隠す。
とても気にしているみたいなんだ。
人間じゃなくなったことを気にしている。
髪の毛で隠れて、ほとんど目立たないくらいの角なんだが。
「ダメですか?」
「……ううん、いいよ……」
おずおずと手を放す。
あの春が……
ルーカスが春の角を優しく触る。
春はくすぐったそうな顔をしている。
それほど嫌がっていないか。
それならいい、のか?
「うん、可愛い角ですね。なめらかで手触りがいいですね」
サワサワと触っている。
春が恥ずかしそうに身をよじる。
「この角が端末に接触して影響するんでしょうか」
サワサワと触っている。
春が赤面していく……
なんか……イラっとする。
やっぱりダメだろう!
男が春の角を触っているんだ!
傍にあったスパナを手に取る。
「触りすぎだろうが! 死ね!」
ルーカスに投げつける。
父とキャッチボールで鍛えた肩だ。
それなりの速度でスパナが飛んでいく。
「おっと」
ルーカスはスパナを軽く受け止め。
「ごめんね。確かに触りすぎたね。ありがとう、春音さん」
ルーカスは春から離れる。
「……ルーカスさん。魔族。怖くないんですか?」
春がおずおずと尋ねる。
ルーカスは首を傾げ、笑って答える。
「魔族と人間の違いなんて小さいもんですよ。それを言ったら、エルフの方が違いますし、さらに獣人、ドワーフ、みんな違います」
まあ、確かに獣人……
獣人かあ。
それもいいなあ。
狼の男性とか、ライオンとか、悪くない。
「可愛い角ですよ。全然気にしないでいいと思います」
「……そう、かな?」
「そうですよ、春音さん」
すっかり仲良くなって……イラっとする。
良いことなんだが、イラっとする。
ルーカスが悪いんだろう。
ちょっと胡散臭い奴だからだ。
ルーカス、お前は亘理と仲良くやっていれば良いんだよ!
「カプるなら、亘理攻めのルーカス受けか……」
「んー、僕は攻めがいいなあと思うけど」
なに俺の妄想に返事してるんだよ!
「声が漏れてたよ」
「おっふ……」
やべえ。
やっちまった……
「って、普通に答えてんじゃねえ!」
「なるほど、秋穂さんはそっちか」
「わりいか!」
「わりくないよ。BLね。僕も少しだけなら読んだことあるし。『断愛』とか『青銅』とかね」
おい、ずいぶん古典を読んでるな……
「お前、守備範囲広すぎないか?」
「まあ、広く浅くだね」
春が「BL?」と首をかしげている。
まあ、春は小学生の時にこっちにきたから、まだそっちまで知識がないか。
それでいいんだよ。
春はこっちに来るなよ。
泥沼にはまり込んで抜け出せなくなるからな。
「僕の知り合いにエルリックっていうすごいイケメン勇者がいるんだけど。それと亘君もいいかもしれないよ。勇者✕勇者で。今度連れてこようか二人?」
「いらん、いらん! 俺の妄想に付き合う必要はない! もうこの話は止め!」
恥ずかしいだろうが!
もう、殺してくれよ。
この話はこれで切りだ!
続けんじゃねえぞ!
睨みつけてやった。
ルーカスは笑っている。
変な奴!
変な雰囲気になってきたところ、来客があった。
「おー、やっておるな!」
国王が様子を見に来た。
甲冑は国宝だからな。
そりゃ、気になるだろう。
「なかなか仲良くなったようで良いことだ! アキホたちもルーカス殿の村に移住しても良いんだがな!」
と、爆弾発言をぶっ込んできた!
おい!
俺ら、この国の勇者だろうが!
「別に俺が召喚したわけじゃないからな。教会が勝手にやったこと。人間どもとの戦争など、俺がいれば何とかなるだろう。アキホたちは戦うのは嫌いだろう? 行く先があるのなら、そちらのほうが良いと思ってな」
意外に親切な国王だよ。
もう少しずる賢くなればいいと思うが。
「だが、こちらにも恩があるからな。どうだかな」
そう言っておく。
教会の奴らは嫌いだが、国王とその周りは優しいから好きだ。
魔族だが、悪い奴らじゃない。
この何も知らない世界で世話を焼いてくれた恩がある。
確かに召喚したのは教会で、この国だがな。
この戦争は……いつ終わるのだろうか?
戦い続け、春は消耗しないだろうか?
そろそろキビシイのかもとも思う。
「春はどう思う?」
「……ハルは……わからない、かな……」
春は強く言えないからな。
俺が言っておかなきゃいけないと思っている。
しかし、俺だけでは決められない。
これが国王のリップサービスの可能性も……
ないな。
この国王だぞ。
「しょせん我々と人間の戦争よ。異世界人に勝敗を任せるのも筋が違うってもんだ。俺らがやらなきゃいけない仕事なのよ」
国王は笑う。
強がりではなくおそらく本気でそう思っているんだろう。
「それでよ。ルーカスって強い見方も得たしなあ!」
「僕は転生者ですよ」
「こっちで生まれたんなら、こっちの人だろうが。この世界のために仕事をしろ!」
「まあ、そうですね」
ルーカスが苦笑する。
「まあ、うちが危なくなったら助けてくれや」
「そうですね。うちが危なくなったら助けてもらおうとしてるんですから、いくらかは手助けしますよ」
「おう! 十分、十分。帝国ってのをぶっ潰そうぜ!」
「残念ながら、こっちは積極的に帝国を攻撃しようと思っていないですよ」
「がははは! そりゃあ、残念、残念!」
まったく残念ではなさそうに国王が笑った。
ルーカスとボールベリホルム魔王国か……
帝国は何を敵に回したんだろうな。
これが致命的になるかもしれない。
個人が全体にそれほど影響があると思えないんだが。
だけど、漠然とそう思った。
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