第141話 【レティーシャ視点】手を伸ばす先

【レティーシャ視点】


辺境伯軍との戦闘は早々に終結した。

戦闘とは呼べないもの。

そもそもこの村に到達出来る兵士がほとんどいなかった。

漆黒の森を侮りすぎだ。

兵士たちは今は保護中。

完全に戦闘が終了したあと、街に送るとのこと。

彼らだけで森を抜けるのは難しいだろう。

戦いは集結した。

幾ばくかの無念を残して…


ルーカス殿は村の任務と言うことで外出中。

おそらく、街に移動し、情報収集といったところだろうか。


さて、私は…

父との剣術の訓練。

手合わせをしている…



「ぬるい! ぬるすぎじゃ! レティ! どうした、剣聖を倒した腕はこんなもんか!」


父上の鋭い攻撃に防戦一方になる。

反撃の機会を見いだせない。


それ以前に…

…体が重い。

反応が鈍い。

自分でも分かっているが…

集中できていない。


父に木刀をのど元に突き付けられ、訓練は終わる。



「…レティや、休憩じゃ」


父上は椅子に座り、水を飲む。


…情けない。

剣聖に勝ち、一つ階段を上ったかのように思っていたが…

これは…ひどい…

ああ…私は弱いままだ…


「のう…剣に身が入っていないようじゃの…」


そう…

集中が足りない。

頭に靄がかかったようだ。

あの時の…

剣聖と戦った時のクリアな世界はない。


「剣聖に勝ったことで、目標を失ったかの…燃え尽きかの」


そう…なのだろうか?

燃え尽きたのだろうか?

確かに次の目標は見いだせていない。

どこへ向かう?

剣術を向上し、剣術だけで剣聖を倒せるまでか?


「剣聖を見て、倒し。失望したか?」


いや…

彼の剣。

それまでの精進を思えば、尊敬だけだ。

失望はない。

性格的、人間的にはどうかと思うが、剣には真摯だった。

そこに偽りはないはず。

しかし…


「…私は、どこへ向かえばいいのでしょう? 父上は…何を目指しているのか」


「おう、儂か」


父上はニヤリと笑う。


「何もじゃ! 何も考えとらん! ただ、強く、強くなりたい! 自分の限界まで。いや、限界を超えて強くじゃ!」


…単純な剣への、強さへの渇望か。

わが父ながら子供の考えかと思う。

だが、羨ましい…

それに一生をかけれられる、情熱。

それを持ち続けられる強さ。


「ただのう…それゆえに、リナにもレティにも迷惑をかけたがの。儂はこの生き方しか出来んからの」


意外にも、父上にも、家族に対しての後悔、後ろめたさはあるらしい。

だが、きっと何度生まれ変わろうとも、家族を置いて、剣を取るのだろう。

それが父上の強さか…


目標の喪失…

それが今の私の状態なのだろうか。


「…一度、剣を置いても良いのじゃぞ。儂の真似をする必要はない。剣以外にも生きる道もある」


…剣以外の道。

…そこに私のやりたいことがあるのだろうか?

それに私は満足できるのだろうか?

剣を置いて、何か別なことを目指して…

逃げ出したと後悔しないのだろうか。


「…分かりません。父上。どうしたらよいのか…」


「そうじゃの。お主から剣を取り上げたら、何が残るんじゃってことじゃ」


「…意地悪ではないでしょうか」


「儂の娘じゃからの! 多少は、いじる!」


カカカ、と笑う。

からかわれただけ?


「バカにしないでいただきたい!」


「そうじゃのお…ならばルーカスか」


心臓が跳ね上がる。

どうしてここでルーカス殿がでる?


「関係ありません!」


「ふむ…そうか、そうか」


父上は楽しそうに笑う。

娘が悩んでいるのに何を笑うか?

一度殺しておいた方が良いのではないか。

やはり、父上は好かん!


「のう、レティよ。期待した反応が得られなんだか。結果が想像と違うてたか」


父上は打って変わって、優し気な声…


「私は…望んでいません」


…いや。

どうか。

もしかして…


望んでいたのか。

彼が優しく微笑んで…

迎え入れて…

「レティーシャさん、あなたをずっと待ってました」

と抱きしめてくれるのを。

彼の隣に立つのを。


どうして…

どうして私ではないのか?


私の帰る場所は彼の横だと思った…

だけど、彼の帰る場所は他にあった…

それは私ではないんだ…



「のう…泣くほど恋しいのならば、戦えばよいじゃろう」


…泣いていた?

私が?

それほど彼を…


「…しかし…彼の横には素晴らしい女性たちが…」


私など太刀打ちできないような女性たちがいる。

エレノアさん、リネットさん、フィオナさん、ティーレさん…

みな、素晴らしい女性たちだ。

私には無い、女性らしさを持っている。

そして、強い。

彼を導いていける強さがある。

隣を歩ける強さを。


私はどうだ?

ただ、ただ剣を振ってきただけの私は…


「儂はお主が彼女たちに負けてるとは思えんのじゃよ」


剣しかできない私が?

彼女たちと…


「ルーカスの嫁に取って代われとは言っとらん。ルーカスの横で戦えと言っているのじゃ」


横で…戦う…


「あ奴は正にこの村の子供なのじゃよ。英雄の子孫。いずれ大きな問題に対峙する運命じゃ。世界を決めるような、の」


彼は、そう、きっと英雄の道を歩む…

本人が望まなくとも…


「そのときに、レティはどのにいたいのじゃ? 外でそれを眺めるのか、もしくはルーカスの隣で共に戦うのか」


…それは…


「私は見てるだけは嫌だ…せめて、隣で戦いたい…」


「もちろんそうじゃろう。レティはまだ若い。まだまだ強くなれるのじゃ。そしてルーカスの横にいるのはレティ、そなたじゃ」


…彼の妻に、剣士はいない。

それは私の役目?


「ルーカスの妻の一人ではダメかの。近くで支え、そして、あ奴の子供を産んで育てるという未来は、レティの中にないのかのう?」


…子供。

私に子供か…

愛する人の子を産むこと。

女性だけが持ち得る権利。



日のあたる庭…

花が咲き、その間を風の精霊が飛び回る

椅子にはルーカス殿が座っている。

その手は皺が刻まれ、生きてきた年輪を刻んでいる。

まだ手にはタコがある。

もう、あの頃のように体は動かない。

だが、剣術の技術は彼の頂点に達している。

今だ剣聖と呼ばれて、その座を退かない。

庭に…

子供たちが走り回る。

風の精霊を追いかけて。

エルフの子供達。

まだ小さい。

人間と時間が違うからだ。

ときよりこちらを見て呼ぶ。

「パパ、ママ! 精霊捕まえた!」

トトト、こちらに来る。

塞いだ手を開く。

そこに精霊はいない。

「あれえ?」

「残念。逃げられちゃったね。もう一回行く?」

彼の声は優しい。

生きてきた経験が、歳月が深く優しい声になる。

「うん。今度は絶対捕まえる!」

トトト、子供は走り、また精霊を追いかける。

ルーカス殿は微笑む。

顔には優しい皺が作られる。

ゆっくりとした時間が流れている。

私は…

彼の手をそっと握る。

優しい気持ちが溢れる。

この人と一緒に生きてきた時を思う。

この時間を大事に…

本当に、ゆっくりと、時間が流れてくれますように…

どうかもう少しだけ…

そう願いながら…



…私が望む、未来か。


「レティは…」


父上が見つめる。


「剣を志して、あのエルフの里を出たのじゃろう? 平和が約束された里じゃ。そのときの意気はどうしたのじゃ? 今度は戦わないのか? 逃げるのか?」


あの頃…

何も知らなかった頃とは違う。

負ける苦しみも、失敗の屈辱も知っている…

動けなくなっている…


「別にのお…いいじゃないか。戦わないなら、負けもない、が、勝ちは永遠にないのじゃよ。自分が望む場所があるのならやってみてはどうかの? 勝率は高いと儂は見とるがのお」


…私は…


「ルーカス殿の隣にいたい…」


そう、それが私の望み。

なら、一度、手を伸ばしてみよう。

叶うかどうか分からない。

でも…


『ラナ、ルーカス好き! レティは?』


『ああ、私もルーカス殿が好きだ』


そう…

ただ、それだけなんだ。



父上は優しく笑う。

たまには父親らしいことをするものだ。

少しは見直してやろうと思う。

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