第225話 ネルとの約束、一つ
帝国での仕事を終え、帰宅。
夕食を食べて、寝る。
本日はティーレと……なわけなのだけど、彼女は実家に帰っている。
ということで今夜はフリーだ。
順番を詰めるという案もあったが、ティーレが拒否。
自分の番が詰められ、無くなるのは納得がいかないらしい。
難しいものだ。
ということで多少の時間がある。
久しぶりに錬金術研究所で、アダマンタイトのナイフをいじくりまわした。
楽しかった。
そしてもう深夜。
楽しいことをしていると時間を忘れるよね。
前世、ゲームをしていたときにそれは顕著だった。
あ、もう十二時だ、もう少しで寝ようとか思うじゃない。
でも、ここだけ終わったらと、少しだけゲームを続ける。
すると、あら不思議。
時計はもう午前2時。
時間が溶けている。
なんだろうね、あの時間感覚。
時間て一定のスピードで過ぎないよね。
それを痛恨する、誰もが経験するエピソードでした。
うん。
一人暮らし。
だらしなく遊んだね。
自由でした。
だけど、深夜2時に一人。
寂しさも感じたよ。
自由と寂しさは友達なのだろうか?
そんなこともないと思うんだけどね。
そして、一人暮らしでの楽しみのもう一つ。
夜食だ。
深夜のカップラーメン。
あれが最高だ。
深夜にダメだと思って食べる。
その背徳感。
それがまた良い。
残念なことに、この世界、カップラーメンが無いんだよね。
思い出したら、あの昔ながらのカップラーメンが無性に食べたくなった。
だけど無い。
誰か、ネットショッピングの能力を持っている召喚者がいないだろうか?
ああ、お腹が減った。
せめて何か食べよう……
キッチンに行く。
人がいる。
「おい、ネル。何してんだよ」
「ルーカス、お前こそ、こんな時間に何だよ!」
ネルの手には食べかけのパン。
夜食か。
考えることは同じだね。
「夜食にパンとはね。そりゃあナシだろう」
「仕方ねえだろ。アタシは料理ができないんだ」
「威張ることじゃないだろうに。しょうがないなあ。僕が作ってやろう」
さてさて。
何がいいだろうかね。
夜食の定番といえばお茶漬け、おにぎり、うどん……
よし、チャーハンだ!
具はシンプルでいいだろう。
マジックバッグから、ご飯、ネギ、卵、生姜を取り出す。
夜だからニンニク、肉類は無し。
中華鍋を取り出し、加熱する。
油は少し大目。
生姜を入れる。
良い匂いが立つ。
卵を投入。
今回は少し卵を大目に。
卵の甘みが主張するチャーハンを目指す。
固まり切る前にご飯を入れる。
素早く、卵と混ぜる。
固まった卵と、ご飯に絡まる卵。
二つの食感があるのが良い。
家庭ではパラパラチャーハンは難しいので、しっとりなチャーハンの方向で。
パラパラを目指す必要はない。
別物と考えればいいだけだ。
ネギを加え、塩胡椒。
鍋肌から醤油で香りづけ。
味付けは薄目。
卵の風味を生かすためだ。
夜食なら、このくらいで良いだろう。
「ネル。できたぞ」
「ルーカスの食への姿勢には感心させられる……」
「褒めても何も出ないぞ」
「褒めてもないんだけどな。むしろ皮肉だ」
ネルの馬鹿め。
食が幸せの重要な部分を占めるんだ。
これを蔑ろにして幸せはない。
「まあ、食ってみろ」
「……食わないとは言ってない」
素直じゃないネルがスプーンをチャーハンに入れ、口に運ぶ。
「どうだ?」
「……文句はない」
旨いらしい。
やはり、素直じゃないね。
深夜のキッチン。
ネルと二人、カチャカチャとチャーハンをスプーンで食べる。
うーん。
スープがあった方が良かったか。
中華スープのストックを作っておいて、マジックバッグに入れておいた方がいいな。
このシンプルなチャーハンを中華スープに浸して食べれば、また味が変わって美味しいだろう。
「……なあ、ルーカス」
「んあ。中華スープは残念ながら無いぞ」
「アホか。ちげーよ! ……そうじゃない」
ネルは言い難そうに下を向く。
何か言いたいことがあるけれど、言葉にならない。
もしくは言うべきかどうか悩んでいる。
かな。
とにかく僕は待つ。
言いたくないなら言わないでもいいだろう。
「……アタシさあ……不死じゃねえか……」
「うん」
「それって、どういうことなんかな……」
「ああ」
ネルは不死者の称号を持つ。
あのドS貴族にやられても怪我は回復した。
しかしその回復力はどこまでなのだろう。
そして、不老でもない。
年老いても死なずか。
どこまで生き続ける……?
「お前が老衰で死んでさ、アタシも動けなくなって。でも、アタシは死なないんだろ?」
「どうだろうか。そこまで酷いことを神様がするかな」
「どうだかな。あの神様だぜ。きっと、なあ。残るんだよ、アタシは。動けなくなって、ベッドの上で生きている」
筋力は衰え、動けなくなり、寝たきりになる。
たぶん、僕には子供ができるだろうから、彼らがネルの面倒を見てくれるかもしれない。
だけど、ネルはそれを望んでない。
「なあ、ルーカス。アタシを殺してくれよ」
ネルの瞳が僕を突き刺す。
切実な彼女の望み。
「ネルを、殺すか」
「ああ。お前の手でアタシを殺してくれよ。その時が来たらさあ。きっとお前ならできるだろう」
「今は、わからないなあ」
ネルが真剣だから、僕も素直に答える。
「神の称号だからね。一筋縄ではいかないと思う」
「そうだよな。だけど、考えておいてくれよ。お前は『少しだけの可能性』をもらったんだろ。なら、その少しの可能性をアタシにくれよ。アタシが死ぬ未来を見せてくれよ」
僕の可能性か……
それをネルを殺すことにか。
ネルは泣いている。
久しぶりに彼女の涙を見た。
死ねないことへの恐怖。
将来への恐怖。
もし、僕が彼女より先に死んだとしたら。
きっと一縷の望みも無くなる。
前世のあの時。
暗い目で歩いていた女子高生。
あの時の彼女に戻るのだろうか?
いや、この世界で色々な人に会い、色々な経験をした。
なら、違う道を歩いていくと思いたい。
「わかった」
確証はない。
正直、できるかわからない。
でも、彼女を助けたい。
「僕がネルを殺す。君が望むとき、必ず僕が君を殺すよ」
「ああ……よかった。お願いだからな。約束だぞ」
「約束する。ネルは僕の大切な人だ。必ず」
「……うるせーよ、ルーカス。お前はいつも一言多いんだ。いい男ってのは、言葉少なく、行動で語るんだ」
「僕はいい男じゃないからね。いいじゃないか」
「……だから、バカだ。バカルーカスだ」
彼女は涙を流し、だが、笑顔だった。
僕は一つ重い約束をした。
一人の女性の願いを叶える約束。
たぶん遠い将来だけど、確実に予定されている将来。
僕は彼女を殺す。
神からの称号。
それを上回る力、もしくは称号を引き剥がすか。
どちらにせよとても難しい事だろう。
ああ……
神に近い力がいる。
神の力を斬り割くような力。
神に届く力。
そうか、あの神に願うってのも手か。
叶わないなら、殺してみるか、あの神を。
神殺し。
ゴッドスレーヤー。
あのバカ神は深い考えがあってネルに不死を付けたのかな?
いや、ネルが死にたがっているから、死なないようにしただけに思う。
適当な、考えの浅い神だ。
自分のしたことの責任くらい取れよな!
もしかしたら、不死が必要じゃないと思ったら、あの神が称号を消す可能性も……
無いな。
面倒くさがってやらないだろう。
迷惑な神様だよ。
僕がやるしかないね。
まったく、農家には重い仕事だ。
かといって勇者の仕事でもないな。
強いて言うなら、ネルの主人である僕の仕事だ。
残ったチャーハン。
ああ、冷えて、美味しさは半減している。
「なあ、ネル」
「ん、なんだ?」
「チャーハンにお茶をかけてみるか。お茶漬けみたいに美味しくならないかな?」
「……ルーカス」
「なんだよ。梅干しを乗せて、緑茶をかけたらさっぱりすると思うんだよ」
「まあ、ルーカスらしいか」
ネルは溜息をつく。
別に変なこと言ってないよね、僕。
冷めたチャーハンをどのように美味しく食べるか。
ただ、それだけなんだけど。
「チャーシューを小間切れにして乗せたらどうだ? 紅ショウガでもいいんじゃないか」
「お、いいね。ネル。乗ってきたね。やってみよう! 食は探求。終わりのない冒険だ。そして僕らは悠久の旅人だ」
「良い様に言うな! 食の放浪者が!」
ただね。
美味しいものを食べる。
それって生きることの基本だと思う。
僕たちは生きているからね。
ただ、そう思ったんだよ。
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