第60話 問題は想定外のところから

2日の日程で無事に村に到着した。

一応こっそりとしたイベントのため、隠れて村に入る。

商品を仕入れてきたという建前なので、サイモンさんのお店の倉庫で降りる。


そこに入る途中の女性陣の冷たい視線…

バレバレだよね。


彼女たちの仕事場兼宿だけど、村の外れの屋敷になる。

どうも専用の屋敷らしい。

壁が厚く隣の声が聞こえにくい構造になっている。

部屋は事前に清潔に清掃されている。

窓は小さめ。

開ける放ち、空気の入れ替え。

清々しい風が入ってくる。


彼女たちの仕事はストレスが大変そうだ。

隠れイベントのため、屋敷からでることもできない。

村は狭いので、みんな顔見知り。

知らない人が歩いていたら話題になる。

だから、せめて気持ちの良い屋敷で過ごしてもらいたい。


「じゃあ、始めましょうか」


振り向くと、彼女たちは下着姿で背中を出していた。


「いやあ、そこまで薄着になる必要はないんですが」


「直接触れる方が効くんでしょ?」


「そうですけど…」


からかわれているなあ…


グレタさんの白い背中に掌を当てる。

少しヒンヤリとしていて、滑らかな肌だ。

女性の方が体温が低いことが多い。

温かく、柔らかいと想像しているとちょっと驚く。


さて、水魔法の回復と解毒をかける。


「あっ」


グレタさんは少し声を漏らす。


「大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫。ちょっと強いけど、気持ちいいわ」


魔法の効きが良かったということは、ちょっと疲れとかあるのかもしれない。


僕の仕事というのは彼女たちに回復・解毒魔法を掛けることだ。

彼女たちは仕事柄、病気をもらうことも多いし、体調を崩すことも多い。

彼女たちの街でも娼婦に回復魔法をかける職業がいて、娼館と契約している。

僕はその人たちの代わりということだ。


前任は絵里香さん。

彼女がいなくなったので僕が継いだ。


村には女性で回復魔法使いはいるのだけれど、毎日掛けるのは魔力的に大変だったり、解毒が苦手だったりで、僕がちょうど良いらしい。

ここでもいいように使われているかな…

男性にこの役を与えるのはどうなんだろうか、とも思う。


続けて、シンディーさん、タバサさんを回復する。


タバサさんは村に入って、やっと安心したようだ。

彼女とは森の移動でちょっと仲良くなった。

彼女はまだ街では稼ぎが悪く、先輩に誘われてここの仕事に来たらしい。

なるほどちょっと痩せている背中だ。

村で美味しいものを沢山食べてほしい。

ちょっとふっくらした女性の娼婦さんの方が人気が出るんじゃないだろうか。

抱きしめたときの柔らかさとか、安心感とか、そういうのがいいんじゃないだろうか。



彼女たちは今日一日休んで旅の疲れを癒し、明日から仕事開始だ。


僕の仕事は終わり、帰宅なのだが、母に実家によるように呼ばれていた。

実家に向かいながら考える。


さて、僕は誰のお世話になったらよいだろうか?


タバサさんは友達みたいになっちゃったし、シンディーさんはブライアンさんのお気に入りだから何となくナシで。

となるとグレタさんかな。

一番のお姉さんだ。

ベテランで安心。



相手も決まったところで実家に到着する。


「ただいまー」


久しぶりの実家だ。

懐かしい匂いがする。

実家の匂いというヤツだね。


「ルーカス、おかえり。じゃあ、こっちに座りなさい」


なんだか母さんが強めなんだが…

嫌な予感がする。

父さんは仕事で留守みたいだ。


「どうしたの、母さん?」


「あなた、女性の勉強する歳よね」


…うーん、その件か。

時期的にそうじゃないかと思ったけれど、まだ何もしていないんだよね。

怒られるようなことした覚えはないし、する予定もないけれど…


実の母とそういう話をするのもキツイものがある。


「まだよね」

「まだだよ」


何がだろうか?


「まったうもう…」


母さんはため息をつく。

何か悪いことをして言ったかなあ?


「あなた、エレノアさんと何年一緒に暮らしているの?」


「まあ、ずいぶん経つけど。何で?」


「嫌いなの?」


「エレノアさん? 好きだよ」


「じゃあ、なんで男女の関係にならないの?」


「なんの話だよ!」


僕と、エレノアさんが、男女の関係?

母さんはそれを望んでいるのか?

師匠みたいな思考回路?

まさか母さんが?


「彼女の前職だって知っているでしょ。今回の相手は彼女にしなさい」


今回の相手をエレノアさんにする?

どういうこと?

確かに彼女は元娼婦さんだけれど。

僕の相手を彼女に頼む?


「いやいや、母さん。それは…」

「彼女には頼んでおいたから、しっかりやりなさい」


頼んでおいたって、何を?

…本当ですか?


「なんで?」


「母さん、ルーカスがちゃんと相手を見つけて、家庭をもって落ち着いてくれると安心するんだけどなあ」

「ちょっと待ってよ母さん!」

「待ちません! もう決まったことです。腹をくくって男になりなさい!」


話は決まっているって、エレノアさんが了承したってことか?

どんな顔して彼女に会って、話をすれば?


彼女に相手をしてもらうのは光栄なことだけれど…なんか…

どうする?


…胃が痛くなってきた……


「ほら、何グズグズしているの! 行きなさい!」


ときに母さんは強硬で、話を聞かない。

この家の王様は母さんだ。


家を追い出されて、とぼとぼ歩く。

一応、自宅の方向へ。


我ながら牛歩…

どうしたって帰りたくないサラリーマンっぽい。


…もう夜だ。

それには月が、星が輝く。

月が出ているのに、星が綺麗に見えるなんて、星の光が強いのかな?

あの星は何光年先の恒星なんだろうか。

何年前の光がここに届いているのだろうか。


…と、現実逃避してもしようがない。


あー、どうしようか?…


これってエレノアさんに嫌われないかな?

無理矢理手籠めにって感じじゃないか。

関係悪化したらどうするのさ、母さん!

一緒に暮らせなくなるじゃないか…

それは嫌。


どうやって、エレノアさんに切り出せば?…


あー…

嫌だ…


あー…あーー…

どうする?

どうするよ…

どうすりゃいいのさ…


こういうときはどうしたって結果は同じだ!

考えて行動したって回避できないのなら、そのまま行くしかない。


大概、何とかなるよね…

自分が悩んでいる問題って、他の人からみたら問題じゃなかったみたいな?

そうだと嬉しいけど…


何とかなるといいなあ…

ならないかな…


きっとどうにかなるはず…

素直に話すしかないよなあ…

半ばヤケクソさ!


ああ…

胃が痛い…

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