第61話 エレノアさんと僕

覚悟を決めて家に着く。

…胃が痛い。

帰りたくない。

覚悟なんて簡単に決まるはずがない…


それでも進む。

進まないと終わらない。

終わらないとずっとこの気持ちのままだ。

それもそれで嫌…



「ただいまー…」


なるべく普段の声音を意識するが、少々上ずってしまう。


「おかえりなさい」


…エレノアさんが三つ指ついてお出迎え?

どこからその文化を。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも私…」


その文化もどこから?


「ってね。ルー君も、お母さんから聞いてきたとこでしょ。まったくしようがないわね!」


彼女は顔を赤くして手をパタパタしている。

恥ずかしいのかもしれない。


そうか…

別に嫌われはしないようだ。

ちょっとホッとする。

しかし…エレノアさん、若干乗り気?

何でよ…


「じゃあ、食事して、お風呂に入って、エレノアさんにする」

「な、なに言ってるのさ!」


彼女は真っ赤になって奥に行ってしまった。


とりあえず何とかなりそうだ。

一つ一つ実行していこう。

手を洗って、ご飯を食べる。

まずはそこから。



夕食を食べた…

味は良く分からなかった。

一緒に食器を洗い、僕が先にお風呂に入った。

ちょっと念入りに体を洗った…

今はエレノアさんが入浴中…


しかし、夕食が…

山芋とオクラに卵を入れたもの、ネバネバ系。

ここぞというときのトカゲ肉のステーキ。

滋養のつきそうなものばかり。

エレノアさん結構乗り気なのか…


ベッドに座り考える。


前世では彼女もいなかった僕が女性とこういう日が来るとは。

もちろん、プロのお店でお世話になったことはあるが、最後まではないものなあ…

それは、僕だって男性だ。

ネットでいろいろ見てはいた。

けれども…


村のイベント的なものだとしても、彼女が嫌がっていないし、それは救いだ。

それは良かった。

無理矢理だったらこの先どうやって顔を合わせたものかと思ったよ。

…いや。

無理矢理でなくてもどうやって顔をあわせるの?

気まずくない?…

少なくても僕は気まずい…


…エレノアさん。

助けたときはガリガリでこの村で生きて行けるのかと思った。

元の街に戻ったほうがいいんじゃないかと思うこともあったけど、頑張って村に慣れてくれた。

もう立派な村人だよ。

彼女がいないと僕もすごく困るし、いてくれて良かった。

むしろ彼女が居てくれないと困る。


明日以降、彼女との関係は今まで通りなのだろうか?

いや、そうはならないだろう。

変わった関係はどうなるのだろう、不安はある。

…が、変わることもいいのか?


この不安はきっと、男としての自信のなさからくるものだよなあ…

なるほど、だからこの村のこのイベントか。

少しでも男に自信をつけさせる目的もある。

村で子供が少なくなることは重大な問題だ。

村なので人口が少ない。

気を抜くと、すぐに人が減って、村が消滅してしまう。

そしてこの世界は死と近い。

子供を増やさないといけない。

男に自信をつけて、結婚を早くしてもらい、子供を作ってもらう。

前の世界だと女性は子供を産む機械じゃないとか言われそうな方針だ。

しかし、村が消滅しないための方針か。

僕が口出しできることではないな。



エレノアさんの足音が聞こえる。

ついに…

落ち着け僕…


「ルー君、入るよ…」


エレノアさんは、薄着で、風呂上がりで、ほんのり赤く染まった肌が艶っぽい。

僕の隣に座る。

肩が触れる。

良い匂いがする…


「エレノアさん、よろしくお願いします」


「ふふ、緊張しているのね」


「それはそうですよ」


彼女は年上の経験者。

ちょっと余裕が出てきたみたいだ。


「ルー君は私でよかったのかな? 街の子たちも可愛い子がいたんじゃないの?」


彼女は僕が娼婦さんたちを世話していることを知っている。

ちょっといじられる。

僕は女性にからかわれるのは慣れていないので、素直に返すことしかできない。


「エレノアさんがいいです。一番です」


「そ、そう…」


「こういうことになって、今後どうしたらいいかって悩んだんだけど…」


「今後のこと?」


「僕はエレノアさんとずっと一緒にいたいです。ここで、一緒に、暮らしていきたいです」


…きっと、僕は緊張してテンパっている。

今言うことなのかは分からないけれど、きっと先に伝えておいた方が、僕の気が楽になるってことだろう。

テンパって出た言葉って本心な気がする。

日頃奥底に眠っていた言葉…

きっと、僕はエレノアさんと一緒にいたいんだ。

彼女との、二人の生活が好き…

そう…たぶん…いや、きっと彼女が好きなんだ…


「それって…プロポーズ?」


「そう思ってください。僕はこの気持ちが初めてで、どうなのかわかんないけど、多分これが好きってことだと思う…僕で良かったら結婚してください」


何言っているんだろうね、僕。

さすがに、ここまで関係を進める気はなかったんだけどなあ…

結婚は勢いか…

前世の友達が言っていたっけ。

結婚して子供ができて忙しくなって会わなくなったけど。


もしかしたら将来失敗したと思う?

いや、思わないだろう、きっと。

今、将来のことを考えたってしょうがないじゃないか。

将来なんて分からないんだ。

今の気持ちを正直に生きていくしかないだろう。

そしてきっと幸せになる、幸せにする覚悟はある。


そう、これで良いんだ。


「…うん…うれしい。私をあなたの妻にしてください」


エレノアさんは泣いている…


「どうして泣いているの? 本当は嫌だった?」


「バカ、ルー君。女性は嬉しいときも泣くの。その辺の勉強も必要ね」


笑われた…


そうか、嬉しいのか。

よかった……


それにしても、母さんの掌の上で踊っている気もしないわけでない。

まあ、最終的に僕が決めたこと。

後悔はない。



エレノアさんを抱きしめる。

優しく甘い香り、温かく柔らかい体…


そして、キスをする。



月が綺麗な夜。

僕は一人大切な人を得た。

この幸せが続くように。

僕は頑張ろうと誓う。

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せっかく農家に転生したので勇者は目指しません 月見里 嘉助 @Tsukimi572122

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