第73話 【ネル視点】シンディーとどうでもいい話

【ネル視点】


シンディーとはたまに会っている。

彼女はこの村に知り合いは少ない。

娼婦をやっていたらしいので、男性の客は知っているが、女性の友達がいない。


私とはここへの移動のときに知り合いになったので、たまに彼女の家へ呼ばれる。

彼女の夫は狩人のブライアン。

狩りの間、家に一人のときが多い。

少し話相手になってやろうということだ。


私も丸くなったものだ。


まあ、友達が少ないのはアタシも同じだがな。

友達なんて、数がいたら面倒なだけだ。

人間は集まれば集まっただけ問題が起きるからな。



「茶菓子が焼き芋か?」


「しょうがないじゃない。私料理あまりできないよの」


サツマイモを焼いただけのもの。

水分が持っていかれるので、お茶を飲みながら、ちびりちびり。


なるほど、エレノアさんが優秀。

シンディーが普通と思っておこう。

ルーカス宅よりお茶も菓子もレベルが下がる。

タダでもらっているので文句はない。


そして、この村のイモはうまい。


「ネルちゃん、ルーカス君とうまくいっている?」


「ん、問題ないぞ」


「奴隷なんかなっちゃって、まあ、ルーカス君だから心配していないけど、ネルちゃん口悪いから」


ほっとけ。

口は悪いわけじゃない。

コミュニケーションが苦手なだけだ。


「この村慣れた?」


「シンディーは?」


「うーん、私は初めてじゃないから何となくね。だけどまだ若い女性陣からは距離があるかな。奥様達は優しいけどね」


「旦那、帰ってこないんだろ?」


「狩りで空けてる日があるから、暇で、暇で。なんか私も仕事ないかなって思ってるとこ」


余裕がある旦那と結婚したのに、仕事を辞めたのに、仕事を始めたいとは珍しい。

私なら家に籠っていたい。

…この世界、アニメも漫画も小説もないから、確かに暇か……

前の世界も少しは良いところがあったんだな…


「…何かできるのか?」


「娼婦しかやってこなかったからねー。まあ、まずは家事ができるようにならないと。掃除と洗濯は好きなんだけど、料理は知らないのよねー」


「…エレノアに教われば?」


「ルーカス君の奥さん? 料理うまいの?」


「うまい」


この村への道中にルーカスが簡単な料理をして、味に驚愕したが、エレノアのはそれを上回る。

素材の味がありつつ、その組み合わせ、ソース、前世で食べたものよりうまい。

貧乏だったからまともなウマイものなんて食べてなかったが。


「そっか。それもいいな。ブライアンには美味しいもの食べてほしいし」


そう言って左の薬指の赤い紐を見つめて笑う。

なんだか幸せそうだ。


「それって…結婚の」


結婚指が紐なのか?


「そう。結婚指輪は秋の結婚式ではめるの。それまでの仮の指輪」


「仮でも嬉しいのか?」


「それはそうよ。結婚よ、新妻よ」


結婚が幸せか?

そうじゃないと思う。

独身だって楽しく暮らしている人がいるし。

一緒に暮らす人数が増えればそれだけ摩擦が増える。

ずっと同じ人と一緒にいる?

考えられないな…


「新妻はどうでもいい」


「可愛い新妻よ。旦那さんはさぞかし鼻が高いでしょう? まあ、それはそうとして。やっぱり娼婦を辞められたからってのも大きいわ」


「娼婦は大変?」


「大変よお。色々な男の人がいるしね。金で買ったからって自分のものだって高圧的な人も結構いるのよね。人間同士の商売だってのに。本気で恋してシツコイのもいるわ。ま、今の私の旦那だけどね」


しつこくて嫌だったら何で結婚したんだ?

結婚は謎。


「病気の心配とかもあるし、年齢の問題もあるわ。やっぱりお客さんも若い子が好きだから。だんだんお客さんの数も少なくなって、分かってはいるけどちょっと惨めに思っちゃうから」


客もせっかく買うのなら良い商品か。

常連が他の若い子に移っていって…そのときの気持ちはどうだ。


「ちょうど良かったってことよ。あんたもルー君を狙ってみたら?」


彼女が悪い顔。

何で、ルーカス…

メンドくさい。


「…別にあいつとはそういうことにならない。奴隷だし」


「奴隷だから、十年は一緒にいるでしょ」


奴隷は買われてから、主人に十年仕える義務がある。

それを越えると、金で自分を買うか、主人がその働きを認め開放するか。

最低十年は奴隷。


「十年後はあんたも結婚適齢期を過ぎてるじゃない。なら、チャンスはルー君くらいじゃない?」


「……なんであいつ?」


「いい物件よ。若いし、稼ぎはあるし、顔もいいし、身長も平均。なにより優しいじゃない。娼婦の子も狙ってたのが結構多いんだけどね。まさか今年結婚とはね」


「あんたも?」


「そう。ま、今はブライアンでいいかな、って思うけど」


ルーカスが優良物件ね…

まあ、平均よりは良いか。


「娼婦を口説く男なんて大した男はいないのよ。いい男ってのは大概彼女がいて、結婚しちゃんだから。あとは、結婚していても女遊びしているヤツとかになるよね。私もまあまあ口説かれたけど、所詮、普通の娼館の娼婦よ。たいした男はいない。高級娼館の娼婦なら貴族に口説かれるけど、正妻にはなれなくて、妾がせいぜいだろうし。私はいいほうだと思うわ」


なるほど、それでブライアンね。


「私には優しいからね」


「はい、はい。惚気はけっこう」


「あんたも十年もルー君と一緒にいるんだから、結婚しちゃえばいいのよ。あれ? 奴隷って主人と結婚したらどうなるんだっけ?」


「…たしか、奴隷のままのはず。奴隷から解放されたら、それ目当てで結婚する奴隷が増えるから。で、すぐに離婚と」


「ああ、そうね。奴隷のままで妻っていうのも夫の言いなりになりそうで嫌だけど、ルー君なら大丈夫でしょ」


「…ルーカス…ねえ…」


シンディーはずいぶんルーカスを押してくるな…

元々狙っていたくらいだから気に入ってるんだろうけど。


まあ、優しいし、私が口が悪くても大丈夫みたいだし、食べるに困らないし……

顔もまあまあ好みだけど…


しかし、結婚しているしな。

結婚したとして3番目だよ!

有り得ないだろう。


それにリネットが怖い…

あれはヤル女だ。


ルーカス…

前のヤツから救ってくれたのは感謝はしている。

まあ、悪くはないが、せめてソロなら…ね…


…結婚の何がいいのだろう。

ただ、一緒に暮らしているのに、形を与えただけだろう。

赤の他人が制度のよってゆるくくっ付いただけだろう。


…エレノアもリネットも幸せそうな顔をしている。

なんだろな…


「まあ、ちょっと不安があるとすれば、ルー君、胸がおっきい方が好きなところかな」


「…なんで知ってる?」


「だって、グレタさんおっぱいとかたまに見てたよね。むっつりさんだよね」


「…あ、そ」


「ネルちゃんは胸小っちゃいじゃない。そこが心配」


「…ほっとけよ」


チチに女の価値を置くとはな。

所詮は男。

しょうもない。



…まあ、少し様子見だ。

とりあえず、研究室に通って、錬金術の基礎を学んで。

手に職をつけないと、奴隷から解放されたって生きていけない。

私は不死なんだ。

死ねない。

だから生きていかないといけない。


長い人生になる。

隣に誰か必要か?

別に結婚という制度でなくてもよくないか?


まあ、私もたいがいバカだから、考えてもしょうがない。

とりあえず生きる。

出たとこ勝負。

そんなところだ。

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