第72話 【ネル視点】いらない転生

【ネル視点】


ルーカスが研究室と呼んだ部屋には棚があり、いろいろな材料が保管されていた。

彼が集めたものではないものが大半で、有効期限が切れているかもしれないと笑った。

しかし、研究室は埃臭くもなく、掃除も行き届いてる。

彼が一人で掃除できるはずもなく、たぶん魔法。

彼に付いてきてやっと剣と魔法の世界に転生したのだと実感した。

これまでの人生、魔物と戦ったこともない。

自分で魔法も使ったこともない。

つまらない人生。


アタシはたぶんここで錬金術の勉強を始める。

アタシに与えられた才能「錬金術」。

この世界に生きて知ることのなかった才能。

もっと早く知っていれば人生が変わったのに。

「不死」もそうだ。


そう「不死」だ。

もう死ねない。


あのクソ神のやつ!

厭味ったらしい。


ガラスの大きな瓶があり、これぞ異世界という美女が浮かんでいる。

ホムンクルス。

錬金術で生まれた生命。

アニメの中の光景が目の前で展開している。

実はちょっと興奮していたりする。


この子は前のここの主に作られたけど、瓶から出るところまではできなかった。

どこかのゲームであったような気がする。

それをルーカスが継いで、なんとか外に出してやろうって話。

こんな狭い瓶に閉じ込められて、きっと辛いだろう。

アタシだったら死にたくなるだろう。

だけど自死はできないらしい。

作られた生命。

自分で死ぬ権利もないわけだ。


「あのとき。前世で死んだとき、ネルはどうしてあんな時間に一人で歩いていたの?」


「…家出。で、自殺の場所を探してた」


前世。

どうしようもない人生。


父が生きていたときは良かった。

でも小学校で父は事故死。

仕事で残業が続き、疲れで居眠り運転。

一生懸命に仕事をしていた父を責めることはできない。

責めるなら貧乏人が早く死ぬようにできている社会システムだ。

どうしようもない。

金持ちはより金持ちになり、貧乏人はすぐに死ぬ。

一度落ちるとどうあがいたって這いあがれない。

どうしようもない社会だ。


母は働き、アタシを育てようとしたが、高校を卒業し、すぐに結婚した人だ。

まともに働いた経験なんてない。

上手くいかず、男を作り、酒に逃げた。

そして暴力。

アイツは嫌いだ。


アイツの男もダメな奴だった。

母がありながら、アタシに手を出した。

結局、より若い女が好きなだけ…

笑える…


それを知りながら黙認する母。

男に逃げられる恐怖の方が強いらしい。

アタシは男を繋ぎとめるための餌…


母も男も死ねばいい。



高校も嫌い。

どうしようもない。

どうしてみんなと同じでないといけない?

グループに入らないといけない?

頭の悪い奴ら。

どうして、勉強しちゃいけない。

化粧と男との付き合い方ばっかうまくなりやがって。

母と同じような人生を送るしかないぞ。

それが分からないバカども。

死ねばいい。


何もできずに、いじめられていた自分も嫌い。

男に組み伏せられるだけの自分が嫌い。

恨んでいるだけの自分が嫌い。

泣いているだけの自分が嫌い。

弱いだけの自分が嫌い。

どうしようもない!


もういい。

この世界に生きている意味なんてない。

つまらない。

アタシなんていても、いなくても世界に影響なんてない。

なら、死ねばいい。

死んでやる。


そう思って、あの時は死に場所を探していた。

そう…

死ねたんだ。

結果死ねた。

だけど、転生した。

望んでもないのに。



「…そうか。大変なんだね。ああ、それで不死か」


彼が妙に納得してる。


そうだ。

こちらの世界に転生しても、自死すれば転生させた意味がないか。


せっかく死ねたのに、転生なんてしやがって。

何でアタシなんだ?

もっといいヤツがいただろう。

バカ神め!


ルーカスは仕事帰りだったらしい。

ぼんやりとした記憶だと、普通の疲れたサラリーマンが二人。

残業で疲れて、帰宅途中。

父と同じような感じか。


彼らと一緒に車にひかれて、異世界転生。

バカみたいな話。

あ、もう一人も転生しているのか?

どうでもいいか。

話が聞こえてこないところから、ソイツもどうでもよい人生を送っているのだろう。


「…で、アタシも村人」


「村人か。でも、なんで奴隷に?」


「…父に売られた」


父は仕事のできないアル中だった。

母は父に愛想をつかして出ていった。

アタシは父に残された。

母は子供がいたら次がうまくいかないと思ったのだろう。

子供がいなければうまくいけば、もっといい男と結婚できるかもしれない。

産んだ子供に責任持てよ!


父はたまにしか仕事をしない。

酒は飲む。

金はなくなる。

金になるものは?

娘しかない。


奴隷商に売られた。


アタシを最初に買ったのは、豪商。

妻子持ちのロリコンだ。

もちろん性的なおもちゃ。

何度死んでやろうと思ったか。

そして実行したことか。

でも、不死、だったんだよな。

死ぬことはできなかった。


結局、その豪商、盗賊に屋敷を襲われて家族、従業員、皆殺しだ。

アタシも殺された。

でも生き返った。


憲兵に奴隷商にもどされた。


次に買ったのが、あの貴族。

ドSの変態。

女を痛めつけて喜ぶ変態。

アタシの前に何人の奴隷を殺したか。


アタシを痛めつけても翌日には傷がない。

気味悪がりだしたころに、あの魔物による襲撃。

アイツ、死ねばよかったのに。

社会のゴミだ。

あれこそ生きていたらマイナスしかない。

運だけは良いヤツ。


まあ、アタシの運も向いてきたのか?

次の主人がルーカス。


同じ転生者。

細身、だけどしっかりと筋肉の着いた体。

ちょっと頼りなさそうな笑顔の男。

顔はまずまず、いや、だいぶタイプ。

しかし、妻持ち。

しかも二人も。

ハーレム系の主人公か!

アタシはそこに入らないぞ!


複数の妻を持つなんて女性をナメている。

女を何だと思っているんだ!

男はバカだ。

精子をバラまければいいと思っている。


「…で、ルーカスはどう生きてきた?」


「ああ、僕はね……」


彼は神様に「少しの才能」のことは教えてもらったらしい。

勇者ではないし、生まれたのがただの村だったので、家業の農家を継いでゆっくりと生きていこうと決めたらしい。

農家なんて儲からないだろう、と言ったら、贅沢しなければそれほどお金は必要ないさと笑った。

精霊! が見えたらしい。

魔法を教わる。

それはずるい!

アタシも精霊が見えれば、人生が違っていたはずだ。

魔法を練習し、学校に通い、剣を学ぶ。

農業の合間に。

農業が無ければ、勇者みたいなラインナップ。

何になりたいんだか。

生き残るためには強さが必要だから、というが、そこまでの強さが必要か?

バカだ。


転移者の絵里香さんに出会う。

すごくズルい。

お菓子を食べて、魔法を勉強する。


闇の魔法を使ったことにより、この研究室に飛ばされる。

強制で錬金術師に。


森で女性を助けて、後に妻にする。

幼馴染はもちろん妻だ。


主人公じゃないか。


だけどバカだ。


森から出て冒険者になれば、英雄になれそうな戦闘力がある。

だけど農家。

森の村から出ない。


この村は、過去に名を残した英雄が最後にゆっくりと人生を終えるのに選んだ地らしい。

だからって若いうちから籠ってどうする?

年齢は若いが、心は初老だ。

老人といわないのは、アタシの優しさだな。


「…アタシも閉じこもるのは得意だ。錬金術、研究してやる」


「ありがとう。本当に困っていたんだ。ネルに会えてよかった!」


こいつは純粋に笑う。

卑怯だ。


「…うっせえ、バカ」


何となく、彼が淹れた紅茶に視線を落とす。

これはこの村で採れるハーブをお茶にしたものらしい。

香りがいい。

男性はダメそうだけどな。



アタシだってわかっている。

コイツだって楽して生きてきたわけじゃない。

村人なんだ。

王族とかじゃない。

アタシよりもずっと楽だっと思うが、イージーモードじゃない。

人間の何倍もある魔獣の出る森に囲まれた村で、強くなることを強要されて、きっと辛いときもあったはず。

だけど笑って、他人に親切にする。

前に「偽善」だと言っていたが、見返りなんて考えてないだろう。


本当にバカだよ…

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