第19話 7歳、父さんの好物に出会った

時刻は昼に近いのだろう。

森の中で昼食を食べる。

周囲に十分注意しつつになる。

お腹はあまり空いていない。

緊張のためだろう。


サンドウィッチと飲み物をマジックバッグから取り出す。

サンドウィッチの具は猪の肉と野菜だ。

マジックバッグの時間遅延効果のため、まだ野菜はシャキシャキしている。


…うん、いつも通り、おいしい。

食事が美味しく食べられるのなら、まだ大丈夫。


肉も食材になれば大丈夫だ。

解体されて肉になれば大丈夫なんだ。

スーパーで並んでいるような。


前世ではよく豚の薄切りを買っていた。

焼き肉のたれで焼いただけのを、ご飯に乗せて食べてたっけ。

あれは味が濃い、ご飯が進む。

途中、マヨネーズか一味で味変をする。

野菜不足にならないようにキャベツの千切りを食べて、みそ汁はレトルト。

大根と油揚げのみそ汁が好きだった。

梅干しを途中つまんでもいい…

ばあちゃん、懐かしい。

ばあちゃんの漬けてくれた梅干しは昔ながらのショッパイヤツだ。

ちょびりとカジッただけで、ご飯を掻きこむ…



『ねえ、ルーカス、大丈夫?』

『おい、ルーカス、集中してないぞ』


肩の精霊たち、水、風がそっと僕の頬に触れる。


「…ああ、大丈夫。ありがとう。だいぶ落ち着いた」


僕が生きているのは前世ではない。

この世界。

肩には精霊が心配そうにしている。


ゆっくりと周囲を見る。

夏の森。

木々は青々と輝き、空気は澄み、微かに花の匂いが混じっている。

どこかで花が咲いているんだね。

ここは、人間からしたらとても危険な森だが、暮らしている魔獣たちからしたら普通の森なのだろう。

前世の森のように、普通に動物が暮らしている。

ただ、彼らが僕らからしたら、彼らはとても大きく、危険なだけ。


なんだか小人になった気分。


父さんと姉は昼食を食べ終わり、お茶を飲んでいる。

僕も急いでサンドウィッチの残りを口に放り込み、お茶で流す。

バーブティーが猪肉の脂をさっぱりさせてくれる。



では、午後の狩りを開始だ…



午後の狩りも順調だった。

猪を1匹。

兎1匹。

鼠3匹。

僕は鼠を1匹仕留めた!


鼠の大きさはウサギと同じくらいだが、動きは遅い。

気を付けるのは歯と爪。

攻撃範囲が狭いため、外からの魔法攻撃で仕留められる。

だけど、それだと食べるところが少なくなる可能性が高い。

食料としてみるなら、首を一撃で落とすのが良い。

父さんががやったみたいに。

僕もやってみた。

すばやく横に回り込み、首を切る。

剣だけで仕留めたけど、3撃必要だった…

…間合いと踏み込みのタイミングが悪い。

改善の必要がある。


前回の兎のときのような躊躇は、すこしだけ、少なくなった…

慣れたのだろう。

殺すのにというより、狩りにと思いたい。

…結果は同じなんだけどね。



さて、今日の目的を思い出そう。

今日の目的は僕の訓練、および試験だ。

森の歩き方、索敵、魔獣との戦い方。

…父さんはそれを十分学んだと判断し、帰宅を判断した。


一応、合格みたいだ。

これで、一人で森に入れる。

だけど、過信してはダメ。

僕の実力だと複数の魔獣に囲まれたら終わりだ。

索敵して、数が多ければ、逃げる!

これが重要。



遠足は、家に帰るまでが遠足だっていうよね…

帰り道、気を抜いてはいけない。


つまり、こういうことだ…


『ルーカス、デカブツだ!』


エイリアナが警告を出す。

彼女が示す方向へ、探索の魔法を広げる。

確かに大きな魔獣らしいもの。

猪の倍以上ある!

何だ?


「パパ! 左手、大きな魔獣!」

「…ああ… アイツか!」


父さんの警戒が一気に上がり、身体が強化され、臨戦態勢になる。


魔獣の方向から木が倒れる音が聞こえる。

森の木はとても頑丈だ。

森の魔獣でもそう簡単に倒せるものじゃない。

それだけ強力な魔獣が来るということ…


巨大なトカゲだった。

高さが約3メートル。

なら体長は10メートルはあるのだろうか…

体表は鱗で覆われているようだ。

あれ、トカゲって鱗があったか?

地面を這い、こちらに向かってくる。

かなりの速度。

尻尾を木に叩きつけると、落雷のような音がし、木が折れた。



「はは! トカゲだ!」


父さんが笑ったように見える…


「…俺がメインで戦う。援護を!」


父さんが身体強化の出力を更に上げて前に出る。


トカゲが父さんに嚙みつこうとする。

巨体の癖に動きが速い。

父さんは横にかわし、鍬を叩きつける。

鱗を数枚はがし、肉を抉った。

しかし、傷は浅い。


トカゲは怒り、吠え、父さんを殺そうとする。

父さんはそれを冷静にかわしていく。

かわしざまに鍬、鎌でトカゲにダメージを与えていく。

父さん顔には笑みが浮かんでいる…

とても楽しそう…


僕は風の精霊の力を借りた風の槍で攻撃する。

槍は突き刺さるが、深さは20センチ程度だろうか。

威力が足りない…

姉も隙をみて攻撃を加えているが、父さんのようにはいかない。

鱗を傷つけるだけだ。


父さんの攻撃が頼りだ。

それを援護する。

幸いにも僕たち子供はトカゲに脅威とみなされていないようで、攻撃対象になっていない。

安全ではあるが、ちょっと悔しい…


トカゲが動きを止めた…

頭付近に魔力が集中する。

…何だ?

あれは、魔法!


トカゲの口の前に魔法陣が発生し、光線のような炎が発射される。

父さんは跳んでそれを回避。

炎は地面にあたり、ジュッと音を立て、地面が溶ける。


トカゲは炎を吐きながら頭を振り回し…炎がこちらに来る!

精霊メーリーアの力を借りた水の盾を展開。

クソ!

ダメだ!

貫通する!


『ナロ! なめんじゃないわよ!』


メーリーアの気合一発、魔法をさらに強化で、何とか耐えた。

危ない…あれ、人間の体なんか簡単に炭化するぞ…


「ルーカス、大丈夫!」

「うん、お姉ちゃん、怪我無し!」


父さんはトカゲの魔法撃ち終わりの隙をついて攻撃を与えている。

もうトカゲの体は傷だらけだ。

だいぶ弱ってきた。


トカゲの噛みつき、ひっかき、尻尾攻撃、すべてを見切ったように父さんはかわしていく。

そのたびにカウンターで攻撃が入りトカゲに傷が増える。

トカゲが鳴いた。

その声に悲壮感がある。

魔力がまた頭に集中する。

最後の攻撃か?


「パパ、トカゲの魔法だ!」


父さんはトカゲを睨みつける。

左手に魔力を集中する。

鎌が薄く金色に輝き出す。


「ふん!」


それをトカゲに投擲。

鎌は回転しながら飛び、トカゲの口、集中した魔力が球状になっている、に衝突。

魔力は暴走し、爆発した。

トカゲの頭はひどいダメージを負ったようで、気絶したのだろう、地面に倒れる。


父さんは更に気合を入れる。

全身が金色に輝きだす。

スーパー戦闘民族でしょうか…

爆発的に身体強化の強度が上がる。

一瞬で地面にうつぶせるトカゲに接近、首に鍬を叩きつける。

一回では切り落とせなかった。

鍬を抜いてもう一回、もう一回…

3回目で首は落ちた。


それでも魔獣の体は意思もなくバタバタと暴れていた。

…しばらくして大人しくなった。

ようやく、トカゲは死んだ。



「…よし! トカゲを狩ったぞ! 今夜はトカゲ祭りだ!」


珍しく父さんの言葉が多い。

相当興奮しているよう。


そういえば以前、父さんの好物がトカゲ肉って言ってたような。

これがそんなに美味しいのだろうか?

爬虫類だよ…


僕はまだ食べたことがない。

トカゲが捕れるのは珍しいらしい。

小物なら、家族で食べて、他の人には回ってこない。

狩人家族だけで食べてしまう。

それほどの味ということか…


今日は運がよかったということかな。

いや、僕は際どい戦いを望んでいなかっから、運は悪いほうだと思う。

なるべく命の危険がないほうがよかった…

あのトカゲの攻撃を、僕が一発でも食らえば死んでいただろう。

倒せたのは父さんが強いからだ。

僕との差がだいぶある。

姉でさえ全然届いていない…


この村の大人はだいぶ強い。

僕は父さんと同じ年齢になったときに、あの強さに届くのかな?

この世界ではあの強さが必要だ。

たかがトカゲに負けるようではダメだ。

爬虫類に負けてはいけない。


しかし…あの無口の父さんの口を開かせるほどのトカゲ肉って、どんななのか…

楽しみだ。


後は帰宅のみ。

帰って肉を食べる。

肉だ、肉!



その後は、何事もなく、村に帰還。

今回のトカゲは大物だったようだ。

村のみんなに振る舞われる。

トカゲ肉パーティだ!


ステーキ、煮込み、串焼き!

肉野菜炒めでもいいし、スープの具にしても良い!

今まで食べた肉とは別物だった…

味付けは塩とハーブのみだが、前世を含めて一番美味しい肉だった。


まあ、前世ではお金がなかったので、高級な肉と言えば、一度だけA4の米沢牛をすき焼きで食べただけだった。

あれは、世間の景気が良く、ボーナスが少しばかり多く出た年で、東北に一人旅をした時だった。

一人小さな白いレンタカーで高速を走り、宮城(仙台城)、岩手(中尊寺)、山形(上杉神社)と回った。

ナビを入れればどこへでも行ける。

知らない土地でも地図を読めなくても。

とても便利な時代になったものだと思った。

やってみさえすれば、一人旅など簡単なものだと思った記憶がある。

「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」だったか、鷹山の言葉は。

いや…懐かしい…



今世では村中でみんない一緒にトカゲ肉を食べている。

父さんも母さんも、姉も。

クリフ君も、リネット、スージーも。

剣の師匠も、絵里香さんも。

同じ肉を食べている。

絵里香さんもあの年齢なのに、結構食べるんだね。


あ、師匠が商店のお嫁さんのお尻を触ろうとして怒られている。

まったく…懲りないなあ…

剣の達人なんだから、気配無く触れるんじゃないかと思うけど、ああいうときに限って気配駄々洩れ…

煩悩が先に勝つ。

修行が足りないんだね…


父さんはトカゲ狩りのヒーローとして、中心でもてなされている。

隣でママが父さんがお酒を飲まないように見張っている。

姉はただただ肉を食べている。

どこにあれだけの量が入るのだか…

うらやましい。



…そうだね。

一人旅もまたいいものだけれど、これもまたいいものだ…


残念なのは体が小さいので量を食べられないこと。

大人になったら、またトカゲを狩りたい。

今度は自分の力で狩ったトカゲを食べる。

たらふく食すのだ!

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